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学園編

余談

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 こちらは読み飛ばしていただいても本編に影響はありません。
 物語にちょっとだけ厚みを持たせるためのお話ですので、興味がある方は読んでいただけると嬉しいです。


*~*~*~*~*


~帰り道~
 三男のやらかしの日、一緒に馬車に乗り込む頃、手袋も制服も汚いものに触れたままのものでアリスに触れていたことに気付いたエリアスト。手袋もジャケットも脱ぎ捨てたが(さすがに下まで脱ぐことはなかった)、アリスの服の替えがないことに気付いた。馬車に乗り込むと、自分のシャツのボタンを外し始めたエリアストに、驚いて声も出ないアリスは、とりあえずエリアストから目を逸らす。
 「エルシィ、服脱いで」
 「ふぇ?」
 とんでもないことを言うエリアストに、間抜けな返事を返してしまう。
 「ほら早く」
 上半身裸のエリアストに、とんでもない発言が重なって、まったく頭が働かない。そんなアリスに構わず立ち上がらせると、ワンピースを持ち上げ、一気に頭から引き抜く。ちなみにそんな脱がせ方をするものではない。よく脱げたなとも思う。
 驚きと羞恥で真っ赤になりながら何も言えないアリス。だがエリアストは自分が何をしているか気付かない。せっせと自分が脱いだシャツを着せている。体格の差から、手はすっぽり袖の中に隠れ、裾は膝の辺りまできている。だが、膝下まであるドロワーズが隠れていない。
 恥ずかしすぎて意識が飛んでいたらしい。気付けば公爵家に到着していた。
 扉を開けた御者は、扉に頭をぶつけた。何かを言おうと口をパクパクさせているが、音は出ない。エリアストはアリスを横抱きにしながら馬車を降りた。
 出迎えた使用人たちは一瞬固まったが、さすが公爵家に仕える者。帰宅の挨拶と共に頭を下げて出迎えた。
 「何があったか、聞いてもいいのかしら、ねぇ、エリアスト」
 ひくつく頬をなだめながら、公爵夫人が出迎える。学園でのことは既に耳に入っている。当然、今の状態のことを聞いている。
 上半身裸の息子が、自分のシャツを着せただけで下着を衆目に晒す羽目になり死んだ魚のような目になっている憐れな婚約者をお姫様抱っこしている状態のことだ。
 「ああ、汚れたままでは可哀相でしょう」
 それだけ言って、エリアストはアリスを連れて自室に行ってしまった。
 後からメイドが馬車から持ってきた手袋と制服とアリスのワンピースを見て、夫人はなんとなく事情を察した。
 アリスちゃん、ごめんなさいね。


*~*~*~*~*


~アリスの独白~
 一言で言うなら博愛主義。
 それが、エル様、筆頭公爵家嫡男エリアスト・カーサ・ディレイガルド様と出会うまでのわたくしでした。
 根本は変わってはいないと思います。ただ、わたくしの中で、一番が出来たということが、変わったように見えるのかもしれません。すべてが平等から、エル様以外のすべてが平等となったことが。
 怪我人を助けるよりも、エル様のお心をお支えすることが優先されます。エル様の行動に異を唱えるよりも、お心の憂いを晴らさせて差し上げることが優先されます。その時その時のエル様を見て、わたくしは行動を決めております。諫めた方が良いと思えば母のように。慎んだ方が良いと思えば姉のように。寄り添った方が良いと思えば婚約者の立場のままに。
 エル様の婚約者となって一年半ほど経ちました。婚約者としての役割が大部分を占めていることを、嬉しく思っております。エル様の過激な行動は、わたくしへの愛。それをわかっておりますので、今や恐ろしいだなんて思いませんわ。愛しさが募るばかりでございます。
 わたくしを甘やかしてくださるエル様も、わたくしの言葉を実行しようと努力してくださるエル様も、触れる手に溢れる優しさも、見つめる目に宿る熱も、愛故に見せる狂気さえ、すべてが嬉しくて仕方がないのでございます。


*~*~*~*~*


~ディレイガルド~
 公爵家は冷酷な面だけでは駄目だ。表の顔は穏やかでなくてはならない。エリアストは裏の顔しか持っていないことが問題だった。だから両親は嘆いた。裏の顔は、自分たちでさえたじろぐほど素晴らしい。護衛という名の影たちさえも後退らせる。だがそれだけでは駄目なのだ。表と裏をうまく使い分けなければ、いずれ公爵家は沈む。何事にも落差が必要である。そうしてうまくコントロールしていく。民も国も。
 伊達にこの国唯一のカーサを冠していないのだ。
 家名にカーサを入れることが出来るのは、五百年以上の歴史と、国にどれだけ貢献出来たかで決まる。ディレイガルドは建国当時から王家に仕え、実に八百年以上の歴史を持つ最古の貴族だ。貴族の最高位になって五百年、筆頭になって三百年以上という、とてつもない歴史を持つ。国への貢献は、代々、宰相・法相・外相・騎士団長・王族護衛のいずれかに必ず就き、時には兼任する者もいた。領地は代を重ねるごとに発展し、税収もどの領地よりも多かった。
 ちなみにコーサを名乗れるのは、三百年以上の歴史が必要だ。ディレイガルドほどの貢献を求められはしない、というより、そこまで貢献できる貴族はいないので、国に貢献していると認められれば、コーサを賜れる。現在コーサを名乗る貴族は五つある。
 表を飾るのに、アリスは素晴らしく適性があった。アリスさえ隣にいれば、エリアストが穏やかになる。人になれる。動機は不純だろうが、人間関係なんて損得抜きには考えられない。筆頭公爵家存続のために、今のところ、アリスの庇護は絶対だ。アリス教の筆頭信者になるのは当然だ。
 それに、アリスは幸運の女神だと思う。アリスが婚約者になって、公爵家の権力ちからはますます強大になった。伯爵家に落とした元公爵家の領地の五分の一は、ディレイガルドのものになった。もらい受けた地は養蚕と酪農が盛んな地域で、元公爵家の大きな収入源のひとつだった。おかげで財政がなんと九%も潤う。収入源を増やすことは容易ではない。これだけでも非常に稀に見る収入源の手に入れ方だが、もう一つ。国有数の商会を手に入れた。ディレイガルド公爵家が直接運営するわけではないが、公爵家直轄の貴族を送り込んだ。売上げの二割は公爵家に入る。元公爵家の九%分と併せて、年間収入が十七%増となる。通常では考えられない増額だ。筆頭公爵家の年間収入は凄まじい。その収入を、たった二年弱で二割近く押し上げるなんて、考えられないことなのだ。
 まあなんだかんだ言っても、結局公爵家の皆はアリスが好きであることに変わりはない。例えエリアストのストッパーとしての役目が果たせなくなっても、幸運の女神パワーがなくなったとしても、養子に迎えてもいいかな、と思うくらいには気に入っている。
 害成すものに、容赦はしない。


 *本編7へつづく*

 現公爵がどの地位に就いているかは、必要があれば作中で明かされると思います。この章ではないと思います。
 さらに余談ではありますが、作中に、子息子女と表記したり、令息令嬢と表記したりしていますが、間違いではありません。状況と立場などから使い分けています。絶対に間違えていないかと言われると、そんなことはないのですが、念のため。御者と馭者は、漢字が違うだけで意味は同じようですが、作者の中で、一応使い分けています。こちらも同じく絶対に間違えていないかと言われると、そんなことはないです。
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