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出会い編
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名前を知らない、小さな白い花が、時折風に揺れながら一面に咲いている。空は、見たこともないほどたくさんの星が瞬いていた。体は羽が生えたように軽く、どこまでも飛んでいけそうだ。
とてもとても、夢のように美しい場所。
それなのに。
なぜ、あなたはいないのだろう。
エリアストはハッとした。一瞬眠りに落ちたようだ。ひどく物悲しい夢を見た気がする。視線を落とすと、腕の中にはきちんとアリスがいた。胸に安堵が広がる。それと共に、アリスがゆっくり目を開けた。美しい、黎明の瞳がエリアストを捕らえる。アリスの目が驚きに開かれ、そっと手を伸ばしてきた。華奢な指先が、エリアストの頬に触れた。
「どこか、痛いのですか」
アリスの問いがわからなくて、エリアストは首を傾げた。
「泣いて、いらっしゃいます」
「私が?」
アリスの言葉が信じられなかった。未だかつて泣いた記憶がないからだ。頬に触れるアリスの手に自分の手を重ね、そのまま離す。アリスの指先は濡れていた。
「どこか、痛いのですか」
もう一度、アリスは尋ねた。エリアストはそのままアリスの手を握りしめると、いや、とゆるく首を振った。そしてアリスを抱えて立ち上がると、ベッドにそっと下ろす。エリアストは床に膝をつくと、じっとアリスの瞳を覗き込んだ。
「エルシィ」
「はい」
ぽつりと名前を呼ぶと、アリスは、どうしたのですか、と言うように返事をした。
「名を」
「エル様」
アリスの手を取り、薬指にくちづけた。唇を離さないままアリスを見つめると、白い頬が朱に染まる。エリアストはその指を口に含み、躊躇いなく噛んだ。突然の痛みにアリスの喉が引きつる。エリアストの歯形が指輪のように見える。ぷくりと膨らんだ血が宝石のようだ。水音を立てて血を舐めるエリアストに、痛みよりも羞恥で涙が滲む。
十三歳の少女に、エリアストの愛は難解すぎた。いや、大人でさえ理解出来ないだろう。それでもアリスは理解しようとした。エリアストを理解しなくてはならないと思った。
美しい公爵令息。酷薄な公爵令息。
孤独な、公爵令息。
哀れ、な
公爵令息。
こんなに酷い人だというのに。アリスは胸が締めつけられる。
難解な愛に、囚われたのかもしれない。
*~*~*~*~*
自分の世界は「いる」か「いらない」かしかない。いらなくなった途端、容赦なく切り捨てる。アリスに出会うまでは、ただ生きていた。言われたことを淡々と熟す毎日。そんな空虚な日々の中、アリスに出会った。
見つけた、と思った。
初対面であるにもかかわらず、そう思ったのだ。
アリスと添い遂げるためなら何でも使う。金も、権力も、人も。反対に、公爵の位でさえ、邪魔になれば躊躇いもなく捨てる。
そう思っているのに。
なぜ怯える。なぜ泣く。
なぜ
なぜ
笑ってくれない。
何が悪いのか。どうすれば良いのか。
わからない。
わからないんだ。
エルシィ、お願いだ。
エルシィ
笑ってくれ。
*つづく*
とてもとても、夢のように美しい場所。
それなのに。
なぜ、あなたはいないのだろう。
エリアストはハッとした。一瞬眠りに落ちたようだ。ひどく物悲しい夢を見た気がする。視線を落とすと、腕の中にはきちんとアリスがいた。胸に安堵が広がる。それと共に、アリスがゆっくり目を開けた。美しい、黎明の瞳がエリアストを捕らえる。アリスの目が驚きに開かれ、そっと手を伸ばしてきた。華奢な指先が、エリアストの頬に触れた。
「どこか、痛いのですか」
アリスの問いがわからなくて、エリアストは首を傾げた。
「泣いて、いらっしゃいます」
「私が?」
アリスの言葉が信じられなかった。未だかつて泣いた記憶がないからだ。頬に触れるアリスの手に自分の手を重ね、そのまま離す。アリスの指先は濡れていた。
「どこか、痛いのですか」
もう一度、アリスは尋ねた。エリアストはそのままアリスの手を握りしめると、いや、とゆるく首を振った。そしてアリスを抱えて立ち上がると、ベッドにそっと下ろす。エリアストは床に膝をつくと、じっとアリスの瞳を覗き込んだ。
「エルシィ」
「はい」
ぽつりと名前を呼ぶと、アリスは、どうしたのですか、と言うように返事をした。
「名を」
「エル様」
アリスの手を取り、薬指にくちづけた。唇を離さないままアリスを見つめると、白い頬が朱に染まる。エリアストはその指を口に含み、躊躇いなく噛んだ。突然の痛みにアリスの喉が引きつる。エリアストの歯形が指輪のように見える。ぷくりと膨らんだ血が宝石のようだ。水音を立てて血を舐めるエリアストに、痛みよりも羞恥で涙が滲む。
十三歳の少女に、エリアストの愛は難解すぎた。いや、大人でさえ理解出来ないだろう。それでもアリスは理解しようとした。エリアストを理解しなくてはならないと思った。
美しい公爵令息。酷薄な公爵令息。
孤独な、公爵令息。
哀れ、な
公爵令息。
こんなに酷い人だというのに。アリスは胸が締めつけられる。
難解な愛に、囚われたのかもしれない。
*~*~*~*~*
自分の世界は「いる」か「いらない」かしかない。いらなくなった途端、容赦なく切り捨てる。アリスに出会うまでは、ただ生きていた。言われたことを淡々と熟す毎日。そんな空虚な日々の中、アリスに出会った。
見つけた、と思った。
初対面であるにもかかわらず、そう思ったのだ。
アリスと添い遂げるためなら何でも使う。金も、権力も、人も。反対に、公爵の位でさえ、邪魔になれば躊躇いもなく捨てる。
そう思っているのに。
なぜ怯える。なぜ泣く。
なぜ
なぜ
笑ってくれない。
何が悪いのか。どうすれば良いのか。
わからない。
わからないんだ。
エルシィ、お願いだ。
エルシィ
笑ってくれ。
*つづく*
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