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出会い編

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 王立の学園は、十五になる歳から通うことが出来る。貴族は義務だが、平民は選択制だ。金銭的な理由から通えない平民も多くいるが、それでも学園の半分以上は平民だ。クラスこそ別だが互いに切磋琢磨して成長していく。貴族に気後きおくれする平民も多いが、貴族すら気後きおくれする存在が、今年は入学してきた。
 筆頭公爵家嫡男、エリアスト・カーサ・ディレイガルド。
 ダイヤモンドのような銀色の髪に、アクアマリンのような淡い水色の瞳、神憑り的なパーツの配置により、彫刻のように整った顔。しかし、その雰囲気は絶対零度、誰も近寄ることが出来ない存在だった。
 入学して半年が経った九月、学園生徒の家族を招いて催される学園祭でのことだった。
 エリアストは、一人の少女とぶつかった。
 「大変申し訳ありません、人を探してよそ見をしておりました。どこかお怪我はございませんでしょうか」
 星空のように輝く黒髪に、夜明け前のような紫の瞳、雪のように白い頬はほんのり桜色に色づいている。愁いを帯びた声はどこまでも優しくて、心配そうに覗き込む少女から、エリアストは目が離せなかった。
 「あの、」
 少女が声を出した時、少し離れたところから男の声が上がった。
 「リズ!」
 「お兄様」
 リズと呼ばれた少女は、探し人の姿に安堵の息を漏らした。
 しかし、少女の兄はぎくりと体を強ばらせた。
 「こ、これは、ディレイガルド公爵令息様。妹が何か失礼を?」
  ディレイガルドの名に、少女は慌てて頭を下げる。
 「知らぬこととは言え、重ね重ね失礼いたしました」
 「よい。名は何と言う」
 エリアストの言葉に、少女の兄はギョッとする。何にも興味を示すことのない公爵令息が、自ら名前を聞くなんて。いや、興味を示さないだけならまだ良かった。酷薄なのだ。まるで容赦がない。帯剣が許されていたら、何人も首が刎ねられていただろう。
 一番酷かったのは、その容姿に惹かれた平民の女子生徒の話だ。恋人の座を狙ったのかもしれない。あわよくば愛人にでもしてもらえれば、一生困らない、と考えたのだろうか。なるほど、平民とは言え貴族でもなかなかお目にかかれないほどの容姿の持ち主ではあった。あれほどの美貌だ、どんな貴族でも籠絡ろうらくできると思っても仕方がない。
 ただ、何にでも例外はある。選択を間違えた。他の貴族であれば良かった。
 女子生徒はエリアストに馴れ馴れしく声をかけ、腕を絡めてみせたのだ。周りは勇気ある行動にざわついていた。そして少し期待した。公爵令息はその女子生徒を自分のものにするべく動くのか、女子生徒はその絶対零度の氷を溶かす人物なのか、と。
 しかしエリアストは無言で女子生徒の髪を掴むと、躊躇ためらいもなく女子生徒を窓に叩きつけようとしたのだ。そう、すぐ側にいた男子生徒が窓と女子生徒の間に入り込み、間一髪最悪の事態を防いだため、未遂に終わったのだが。更にその後、女子生徒を掴んだ手袋を脱ぎ捨て、新しい手袋に取り替えていた。掴まれた上着も躊躇ためらいなくゴミ箱に捨てた。その一連の行動を、眉一つ動かさずに。
 そんな男に興味を持たれるなんてとんでもない、と焦るが、相手は貴族の中の貴族。口を挟めるはずもない。
 「ファナトラタ伯爵が長女、アリス・コーサ・ファナトラタにございます」
 ああ、可愛い可愛い私の妹が、魔王の手に堕ちようとしている。



 「カリス・コーサ・ファナトラタ」
 学園祭の翌日、エリアストは三年の教室を訪れた。美貌の公爵令息の登場に、カリスの教室は色めき立つ。恐ろしい噂だらけだが、鑑賞用としてはこれ以上ないほどだ。
 「これは、ディレイガルド公爵令息様。昨日は妹が失礼いたしました。本日はいかがされましたか」
 引きつりそうになる顔を何とか隠す。昨日の今日だ、こちらに良い話ではないだろう、とカリスは内心舌打ちをした。アリスに対しての何かであろうことは察しがつく。溺愛する妹を、カリスは何としてでも守ってやりたい。そう思うのに。
「これをファナトラタ伯爵に」
 一通の封筒が渡された。ディレイガルド公爵家の家紋入り封蝋ふうろうがされていた。
 エリアストから自分宛であればやりようはあったというのに。
 愛する妹が、魔王の毒牙にかかろうとしている。


 *つづく*
 
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