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出会い編
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残酷な表現を含む話となっております。苦手な方はこのまま閉じてください。
*~*~*~*~*
「これはなんだ」
「え、あ」
いつついたのかもわからないほどの小さな傷を、少女の左手小指の付け根側面に見つけた少年は、掴んだ手に力を込める。華奢な少女の手は、少年の握力で握り潰されてしまいそうだ。申し訳ありません、と震える声で謝罪を口にする少女の目には涙が溜まり始めていた。こぼれそうな涙を、少年はベロリと舌で舐め取った。少女の喉が、ヒッと引きつる。
「勝手に傷を作るな」
わかったな、と少年は耳元で囁くと、するりと少女の頬を撫でて離れていった。恐怖で顔色を無くした少女はその場に座り込み、動けなかった。
少年はこの国の最高位、公爵家の嫡男だった。美しい銀色の髪は、光を反射してキラキラ輝き、ダイヤモンドのようだ。アクアマリンのような淡い水色の瞳は優しい印象ではなく、なぜか冬の凍てつく海に見える。恐ろしいまでに整った容姿の少年は、どこまでも酷薄な印象しかない。それでも公爵家。上位貴族の令嬢たちの釣書が山と積まれる。
しかし少年は誰にも興味を示さなかった。
それなのに。
「いつまでそうしている」
凍えそうな冷たい声に、少女はビクリと肩を揺らす。
「も、申し訳」
「謝罪はいらん」
少女の言葉に被せて否定する。冷たい目が少女を見ている。少女は恐る恐る立ち上がった。それを見ると、ソファに座って本を開いていた少年は再び本に目を落とした。少女はどうしていいかわからずそのまま立ち尽くす。
話をするわけでもない、何かをさせるでもない、ただ同じ部屋にいるだけ。一体何だというのだろう、と少女は泣きそうだった。虐めたいのだろうか、辱めたいのだろうか、嗤いたいのだろうか。同じ貴族でも相手は公爵家。それも筆頭だ。たかだか伯爵家でしかない家、呼ばれれば応じないわけにはいかない。
視線を下に落とし、おなかの辺りに手を重ねて待機する。本当はドレスを握りしめてしまいたいけれど、矜持がそれを許さない。唇を強く結んで耐える。
「本当に何をしている」
少年は声に怒気を滲ませる。何を失敗してしまったのか、少女は顔を青くさせた。
「ここだ。それとも私の隣には座れないとでも言うつもりか」
読んでいた本で隣を指し示しながら、不機嫌な少年はそう続けた。少女は戸惑う。異性の隣に座るのは、夫婦や家族を除いて婚約者だけだ。そう考え躊躇っていると、少年の不機嫌なオーラがどんどん強くなる。だが少女が躊躇うのはそれだけが理由ではない。先程まで確かに隣に座っていたが、大人三人が余裕で座れるソファであった上に、少年から隣に座ってきたため動けなかったというものだが、今少年が座るソファは、一人掛け。大人用のため、子どもの体であれば二人は座れる。体が密着してしまうが。
「あ、の」
「なんだ」
少女の喉が、コキュ、と音を立てた。
「そちらは、わたくしと、公爵令息様の距離では、ないかと」
少年の眉がピクリと上がった。少女の肩が揺れる。部屋の温度が下がったような錯覚を起こす。本当に自分はなぜここにいるのかわからない。少女は俯いて泣くまいと唇を噛みしめる。
ふと、空気が動いた。少年が目の前に立っている。思わず少女の足が一歩下がりかけた瞬間、少年が少女の顎を掴んだ。
「噛むな。傷を作るなと言っただろう」
少年は躊躇いもなく少女の唇を舐めた。
「甘いな、アリス」
そう言うと、アリスの唇を何度も舐める。アリスは、何をされたかわからなかった。繰り返される内、自分が何をされているか理解し、羞恥に顔を染める。
「公しゃ」
「名を呼べ」
いつの間にか腰に手を回され、体が密着している。アリスはその腕から、行為から逃れようと体を捩る。しかし、逃さないというように腰に回された腕に力が入り、顎を掴む手は両頬を掴んだ。
「聞こえなかったか」
苛立つ声が耳に落とされる。アリスは震える唇を動かす。
「エリアスト、カ」
「エル」
アリスは目を見開く。愛称で呼べというのか。恐れ多いと辞退しようとするが、
「エル」
アリスの考えを許さないというように繰り返す。チラリとエリアストに視線を向けると、冷たい目が見下ろしている。アリスは恐る恐る小さく、エル様、と言うと、今度は唇を塞がれた。他でもない、エリアストの唇で。噛みつくような激しさで、碌に息もつけない。苦しい声を上げるも一向に止める気配がない。いよいよ酸欠になったアリスは体の力が抜けた。そこでようやくエリアストの唇が離れた。
意識が朦朧としているアリスの体をしっかり支え、そのまま先程のソファに座る。アリスを自分の足の間に座らせると、後ろから抱きしめるように腕を回す。まだデビュタント前だ。この程度のドレスであれば、邪魔ではあるが問題ない。くたりと力の抜けたアリスの体が、エリアストに全幅の信頼を寄せるようにもたれ掛かり、肩口辺りの小さな頭がエリアストの呼吸に合わせてゆるく動く様がたまらない。
「アリス」
美しく整えられたアリスの黒髪をほどくと、星空が広がったように錯覚する。
「アリス。リズ。リジィ、リサ」
いくつかの愛称候補を口にする。
「ああ、エルシィ」
声に喜色が混じった。
「エルシィだ」
私の愛称と似ている。それに気付くと嬉しくなった。
「なあ、エルシィ」
愛称を呼ぶと、アリスはピクリと体を動かした。
「おまえは私のものだ」
ゆっくりとエリアストの手がアリスの胸へ伸びる。心臓の上に手を置くと、まるで抉り出そうとするかのように爪を立てた。アリスの喉がくぐもった音を出す。その首筋に顔をうずめ、ベロリと舌を這わせる。
「忘れるな」
壊してしまうほど強い力で抱きしめる。
「忘れるな」
アリスは無意識の内に、はい、と返事をした。
*つづく*
*~*~*~*~*
「これはなんだ」
「え、あ」
いつついたのかもわからないほどの小さな傷を、少女の左手小指の付け根側面に見つけた少年は、掴んだ手に力を込める。華奢な少女の手は、少年の握力で握り潰されてしまいそうだ。申し訳ありません、と震える声で謝罪を口にする少女の目には涙が溜まり始めていた。こぼれそうな涙を、少年はベロリと舌で舐め取った。少女の喉が、ヒッと引きつる。
「勝手に傷を作るな」
わかったな、と少年は耳元で囁くと、するりと少女の頬を撫でて離れていった。恐怖で顔色を無くした少女はその場に座り込み、動けなかった。
少年はこの国の最高位、公爵家の嫡男だった。美しい銀色の髪は、光を反射してキラキラ輝き、ダイヤモンドのようだ。アクアマリンのような淡い水色の瞳は優しい印象ではなく、なぜか冬の凍てつく海に見える。恐ろしいまでに整った容姿の少年は、どこまでも酷薄な印象しかない。それでも公爵家。上位貴族の令嬢たちの釣書が山と積まれる。
しかし少年は誰にも興味を示さなかった。
それなのに。
「いつまでそうしている」
凍えそうな冷たい声に、少女はビクリと肩を揺らす。
「も、申し訳」
「謝罪はいらん」
少女の言葉に被せて否定する。冷たい目が少女を見ている。少女は恐る恐る立ち上がった。それを見ると、ソファに座って本を開いていた少年は再び本に目を落とした。少女はどうしていいかわからずそのまま立ち尽くす。
話をするわけでもない、何かをさせるでもない、ただ同じ部屋にいるだけ。一体何だというのだろう、と少女は泣きそうだった。虐めたいのだろうか、辱めたいのだろうか、嗤いたいのだろうか。同じ貴族でも相手は公爵家。それも筆頭だ。たかだか伯爵家でしかない家、呼ばれれば応じないわけにはいかない。
視線を下に落とし、おなかの辺りに手を重ねて待機する。本当はドレスを握りしめてしまいたいけれど、矜持がそれを許さない。唇を強く結んで耐える。
「本当に何をしている」
少年は声に怒気を滲ませる。何を失敗してしまったのか、少女は顔を青くさせた。
「ここだ。それとも私の隣には座れないとでも言うつもりか」
読んでいた本で隣を指し示しながら、不機嫌な少年はそう続けた。少女は戸惑う。異性の隣に座るのは、夫婦や家族を除いて婚約者だけだ。そう考え躊躇っていると、少年の不機嫌なオーラがどんどん強くなる。だが少女が躊躇うのはそれだけが理由ではない。先程まで確かに隣に座っていたが、大人三人が余裕で座れるソファであった上に、少年から隣に座ってきたため動けなかったというものだが、今少年が座るソファは、一人掛け。大人用のため、子どもの体であれば二人は座れる。体が密着してしまうが。
「あ、の」
「なんだ」
少女の喉が、コキュ、と音を立てた。
「そちらは、わたくしと、公爵令息様の距離では、ないかと」
少年の眉がピクリと上がった。少女の肩が揺れる。部屋の温度が下がったような錯覚を起こす。本当に自分はなぜここにいるのかわからない。少女は俯いて泣くまいと唇を噛みしめる。
ふと、空気が動いた。少年が目の前に立っている。思わず少女の足が一歩下がりかけた瞬間、少年が少女の顎を掴んだ。
「噛むな。傷を作るなと言っただろう」
少年は躊躇いもなく少女の唇を舐めた。
「甘いな、アリス」
そう言うと、アリスの唇を何度も舐める。アリスは、何をされたかわからなかった。繰り返される内、自分が何をされているか理解し、羞恥に顔を染める。
「公しゃ」
「名を呼べ」
いつの間にか腰に手を回され、体が密着している。アリスはその腕から、行為から逃れようと体を捩る。しかし、逃さないというように腰に回された腕に力が入り、顎を掴む手は両頬を掴んだ。
「聞こえなかったか」
苛立つ声が耳に落とされる。アリスは震える唇を動かす。
「エリアスト、カ」
「エル」
アリスは目を見開く。愛称で呼べというのか。恐れ多いと辞退しようとするが、
「エル」
アリスの考えを許さないというように繰り返す。チラリとエリアストに視線を向けると、冷たい目が見下ろしている。アリスは恐る恐る小さく、エル様、と言うと、今度は唇を塞がれた。他でもない、エリアストの唇で。噛みつくような激しさで、碌に息もつけない。苦しい声を上げるも一向に止める気配がない。いよいよ酸欠になったアリスは体の力が抜けた。そこでようやくエリアストの唇が離れた。
意識が朦朧としているアリスの体をしっかり支え、そのまま先程のソファに座る。アリスを自分の足の間に座らせると、後ろから抱きしめるように腕を回す。まだデビュタント前だ。この程度のドレスであれば、邪魔ではあるが問題ない。くたりと力の抜けたアリスの体が、エリアストに全幅の信頼を寄せるようにもたれ掛かり、肩口辺りの小さな頭がエリアストの呼吸に合わせてゆるく動く様がたまらない。
「アリス」
美しく整えられたアリスの黒髪をほどくと、星空が広がったように錯覚する。
「アリス。リズ。リジィ、リサ」
いくつかの愛称候補を口にする。
「ああ、エルシィ」
声に喜色が混じった。
「エルシィだ」
私の愛称と似ている。それに気付くと嬉しくなった。
「なあ、エルシィ」
愛称を呼ぶと、アリスはピクリと体を動かした。
「おまえは私のものだ」
ゆっくりとエリアストの手がアリスの胸へ伸びる。心臓の上に手を置くと、まるで抉り出そうとするかのように爪を立てた。アリスの喉がくぐもった音を出す。その首筋に顔をうずめ、ベロリと舌を這わせる。
「忘れるな」
壊してしまうほど強い力で抱きしめる。
「忘れるな」
アリスは無意識の内に、はい、と返事をした。
*つづく*
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