結果、王太子の英断

らがまふぃん

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 完璧すぎるシュリアーネ王国の跡継ぎ。
 間違った選択をしない。常に最善の道を進む。
 国はますます豊かに。ますます強く。ますます繁栄していくだろう。
 ロヴィス・シュリアーネが国王になったなら。
 「シンシア様を手放さないってことはぁ、国民を見捨てるってことですよねぇ」
 現実を突きつけるスイの言葉に、ロヴィスは固く目を瞑る。そして意を決したように、スイを睨むように見つめた。
 「その通りだ。を優先する私は、王としての、王太子としての資格がない」
 「女一人と国を天秤にかけて、女を取る、か」
 クツクツと笑うスイが、いつもと違う気がしてならない。実際、スイはこんな言い方はしない。怒りよりも戸惑いが強い二人は、怪訝な顔をする。しかし、護衛騎士は声を上げた。
 「貴様、不敬だぞ!黙って聞いていれば」
 スイは騎士の前に手をかざす。
 「では、王太子を降りる、ということで間違いないかな」
 スイの声は風魔法を使っているわけではないのに、妙に響く。校内の者たちにもすべて聞かれているだろう。
 「あ、ああ」
 頷くロヴィスに、スイはニッコリと笑った。
 「そうか。では問題ないな」
 スイはダンダギールに突きつけられた契約書を手に取ると、
 「契約破棄だ」
 元々契約は成されていないがな、と笑って燃やした。その様子にギョッとしたのはこの場にいる者だけではない。殆どの者が校内から成り行きを見守っていたが、契約魔法について授業を受けた三年以上の者は、それがあり得ない光景である事を知っている。契約魔法に使われる紙は、契約内容に関する事柄のみの魔法を受け入れるだけで、それ以外あらゆる魔法・事象の干渉を受けない。契約書自体を破棄できることなど、契約者たちが死亡するか、契約内容が満了した時のみだ。その場合も、「溶けて」なくなる。
 「なん、だと」
 ダンダギールは驚愕の表情を浮かべた。そんな様子を気にすることなくスイは続けた。
 「まあ、いずれにしてもこのやり方は好きじゃないなあ」
 フワ、と自身の前で緩く手を振ると、三メートルはあろうかという巨大な魔方陣が現れた。その陣は驚くほど緻密で、芸術品のようであった。校内の者たちにもその巨大な陣は見えている。誰も声を発することが出来ない。
 「目には目を、歯には歯を、魔獣には魔獣をってね」
 おいで。優しく魔方陣に声をかけると、五メートルはあろうかという真っ白な鱗の蛇が出てきた。次に燃えるような赤い大きな鳥、実際尾は炎を纏っている。そして大きな犬のような青みがかった銀色の魔獣が出てきた。
 「召喚、魔法、だと」
 「で、伝説級の、魔獣じゃないか」
 誰の呟きだったのか。
 蛇の魔獣サーペント。本来黒い魔獣であるが、稀に白いものが現れる。それもここまでの大きさとなると、神に近い、神獣と呼ばれることもある。鳥の魔獣フェニックス。不死鳥とも言われ、炎の化身とも言われている。狼の魔獣フェンリル。人に懐くことはなく、常に単独で行動しており、その生息は不明。目が合った者は、一瞬で狩られるという。余程遠目からでないと見ることも叶わない。
 「さあ、始めようか」



 あまりに一方的だった。
 その光景に、ある者は気を失い、ある者は目を背け、またある者は酔い痴れた。
 圧倒的な力。他の追随を許さない、絶対の覇者。
 スイはタクトを振るように魔法を操る。
 風魔法で召喚獣が倒した魔獣を集め、炎魔法で燃やし、浄化魔法で穢れを祓う。浮遊魔法で学園全体を俯瞰しながら、それらの魔法を尋常ではない規模で常時上空に展開させていた。
 スイ・ファルファナ。
 彼女を知らない者はいない。
 勉強が出来ない。魔法も下手。常にトラブルに見舞われる。王太子と公爵令嬢と隣国の侯爵令息のお気に入り。
 学業は落ちこぼれ。
 だが、人としてはどうだっただろう。
 王太子と、その婚約者と、神殿の寵児の、お気に入り。
 魔法も、下手。
 「ファルファナ嬢、だよな」
 コントロールが悪すぎて。
 「あれは、本当に、ファルファナ様なの、かしら」
 威力なんて、ちっともない。
 「なんという」
 そのはずなのに。
 外を見つめる者たちは、頬をバラ色に染める。
 王宮の魔術師たちにも使うことの出来ない魔法。
 浮遊魔法に召喚魔法。伝説級の魔獣を従え、数多の敵を瞬殺する。
 圧倒的な支配者。
 学園を包囲するほどの魔獣の群れは、ものの五分と持たなかった。
 「さて、青年」
 スイはダンダギールを見た。可哀相なほど震え、顔色をなくしている。
 「自分がやったことは、同じことをされても文句は言えない」
 そうだよね。スイは口元だけで笑う。返事など期待していないのだろう。何も言えないダンダギールに構うことなく、スイは左手の指をパチン、と鳴らした。全員が息を飲む。なんと、先程スイたちが片付けた魔獣たちが再び現れたのだ。この魔獣たちに自分を襲わせるのだろう、とダンダギールは覚悟を決めた。
 「いってらっしゃーい」
 しかし、ダンダギールの予想は裏切られる。一遍に魔獣が消えたのだ。全員辺りを見回すが、どこにもいない。全員で幻覚でも見たのか、と思っていると、
 「ロヴィス」
 スイが王太子の名を呼ぶ。呼び捨てられたにもかかわらず、それどころかロヴィスは臣下の礼をとった。
 「おまえのスペアは誰だ」
 「決定はしておりません。ですが恐らく私のすぐ下、第二王子カナトではないかと」
 礼をしたまま答えるロヴィスに、スイは僅かに考えると、徐ろに右手を振った。すると空中に巨大な鏡のようなものが現れた。そしてそこに映し出されたものに誰もが驚愕する。
 どこかの建物内だろう。逃げ惑う人々、戦う騎士、魔法を行使する魔術師、倒れ伏す幾人もの姿、そして。
 先程消えた魔獣たちがいた。
 「これは、ダリヤレイカ、帝国、の、城内」
 映像の中の人々を見て、ロヴィスが呟く。スイは口元に笑みを浮かべた。
 「そうだ。そっくりそのまま返却してやった。まあ、こんなもんか」
 もう一度指を鳴らすと、鏡の向こうの魔獣たちは崩れ落ちた。すべての魔獣は絶命していた。あまりのことに、誰も言葉が出てこない。鏡の向こうも当然混乱の極地だ。突然城の中に現れ、突然死亡した魔獣の群れ。僅かな時間でしかなかったが、誰にも想定できる事態ではなかったため、被害は大きい。当然だ。鉄壁の守りの中に魔物の群れが現れるなど、誰に予想できよう。ただそこに残る物言わぬむくろたちだけが、それを現実だと告げていた。
 「なぜ、ですか」
 ロヴィスの問いに、スイは首を傾げる。
 「おまえたちを助けたことか。帝国を襲ったことか」
 「どちらもです。それだけではありませんが」
 ふむ、とスイは側にいるフェニックスの背を撫でる。嬉しそうに目を細める従魔に、他の二匹も我も我もと頭を擦りつけてくる。三者三様の極上の触り心地を堪能していると、何だかいろいろ面倒になってきた。このまま帰ろうよしそうしよう。
 「ダメだよ」
 その声の主に、全員が言葉を失った。
 あまりにも突然、あまりにもあり得ない光景が、誰もの行動を奪う。
 苦虫を噛み潰したような顔で、スイは言った。
 「何の用だ、リュシエンヌ」


*次話が最終話です*
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