結果、王太子の英断

らがまふぃん

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事故製造者

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 スイが入学してから二ヶ月経つ頃には、学園でスイを知らない者はいなくなっていた。その出自も然ることながら、あまり学科の成績は良くない上に、魔法の成績も散々という劣等生として。人は自分より劣る者に対して優越感を持つ生き物である。そして、それを貶めても許されると思う生き物。スイは持ち前の明るさ故深刻にはならないが、なかなかの目に遭っている。みんなの前で恥をかかされるのは日常茶飯事。陰ではなくしっかり表で嗤われる。
 座学では、
 「まあ、ファルファナ男爵令嬢様。それは一年生でも悩まない問題ですわ」
 「あら、男爵令嬢様は実質一年目ですもの。僅かに理解が及ばないだけですわ」
 「そうなんですねぇ、では一年生の教科書を借りてくればわかるかなあ」
 へらっと笑うスイに、イヤミの通じない、と女子生徒たちはムッとした。
 魔法学科では、
 「的は前だよ、ファルファナ嬢の目は後ろにあるのかい?」
 「まあ、魔力もないに等しいから、キミのあさってのコントロールでも全く脅威にならないから問題ないけどね」
 「みなさんあんなにすごい魔法で制御もバッチリって、さすが貴族ですよねぇ。国を支える人たちはすごいんですねぇ」
 馬鹿にしているのに褒められる男子生徒たちは、満更でもなさそうだ。
 こんな感じで、常にスイは下に見られている。元平民、ということも手伝って、生まれた時から貴族としての教育を施された彼ら彼女らは、異物を受け入れられないようだ。もちろんそんな人間ばかりではない。表立って庇うことはないが、人を貶める家柄を冷静に見極め、ふるいにかけている。スイに対しては、元平民だからなどと言うことではなく、スイに限らず己の火の粉も払えない人間に用はない、ということだ。
 更に有名な理由としては、トラブルメーカー。
 何故か彼女はトラブルに見舞われやすい。
 「ぬああああぁぁぁぁぁ」
 奇妙な声がこだまする。
 教員室の二つ隣にある資料室からだ。
 何事かと駆けつけた教員は、目を丸くする。大量の資料が床に散乱している。その隙間から見えるピンクブロンドの髪。生徒は大勢いるが、この珍しい髪色は一人しかいない。
 教員たちは慌ててスイを助け出す。
 「ありがとうございますぅ。重たくて自力で抜け出せませんでしたぁ」
 へらっ、と笑うスイに、教員は安堵の息を漏らし、医務室へ連れて行く。
何でも、最終の授業で使用した資料を戻すよう言付かり、踏み台を使用して棚に戻していたところ、少々バランスを崩したとのこと。咄嗟に捕まった場所が、絶妙な加減で積み上げられた資料の山。あとはお察しである。
 また別の日。
 「ぅきょおおおおおぉぉぉ」
 実験の授業でのこと。火を扱う内容だったのだが、一人の生徒が加減を誤り、側にいたスイの制服に燃え移ったのである。驚きにまたもや奇妙な悲鳴を上げながら、ゴロゴロと床に転がり、あっけにとられる周囲監修の元、自力で火消しに成功した。上着の背中右側が煤けてしまったが。火傷などないか確認するため急いで医務室へ連れて行かれた。
 更に別の日。
 「ああああああああああ」
 魔法の授業。コントロールを誤った生徒の風魔法に捕まり、旋風つむじかぜのように勢いよく回転をするスイ。先生が慌てて魔法で相殺させたが、目を回して倒れたスイは、医務室へ運ばれた。
 スイが入学して二ヶ月余り。そんなわけで、留学生より目立つスイは、体は人並み外れて丈夫で健康だが、こうしたトラブルで医務室の常連と化していた。


*~*~*~*~*


 「トラブルメーカーですね」
 王城での執務室。ロヴィスの側近であるカルカが呆れたように口にした。二年前に学園を卒業したカルカは、側近とはいえ護衛ではないので学園内には立ち入れない。だが、ロヴィスの元に逐一もたらされる学園の情報には、当然目を通す。生きていく中であまり経験しないような事を、二ヶ月余りで頻発させるスイのことも、もちろん耳に入っている。
 「今日は階段から降ってきた」
 ロヴィスの言葉にカルカは一瞬止まる。
 「落ちてきた、ではなく」
 「ああ。降ってきた」
 二階への階段を上がっていた時、おおおおお、と何とも間の抜けた声が後ろから聞こえて振り返ると、少し後ろでスイが片膝をついていた。すると、三階の階段手すりから身を乗り出して、大丈夫かと声をかける生徒が数名。スイは声の方へ顔を上げると、
 「上手に着地できましたー」
 と、へらっと笑った。手すりから身を乗り出していた生徒の誰かとぶつかり、どういう偶然か、手すりを乗り越えてしまったようだ。
 「よく今まで生きていたものだ」
 ロヴィスのどこか楽しそうな声音に、カルカは目を見張る。
 「殿下」
 硬質なカルカの声に、ロヴィスは何かあったかと表情を僅かに硬くする。
 「その令嬢とは極力接点を持たれませぬよう」
 構えていた割に、という内容だったため、ロヴィスは微かな緊張を解く。
 「まあ、そもそも学年も違う。だがそうだな。シンシアが何かトラブルに巻き込まれたら困るから、あまり関わらずにいたいものだ」
 違う、とカルカは思った。
 シンシア様とその他令嬢、という括りしかなかった殿下に、「ファルファナ嬢」というカテゴリが出来つつある事が問題なのだ。今はまだその自覚すらないだろう。ファルファナ嬢は鮮烈すぎる。気付いたらシンシア様とファルファナ嬢が逆転していた、なんてことになったらとんでもない。いらぬ芽は早々に摘み取らねば。
 「トラブルメーカー、ですからね」
 含みを持たせたカルカの言葉に、しかしその真意はロヴィスに伝わらなかった。


*~*~*~*~*


 全校行事の芸術、写生大会でのこと。各々が学園の敷地内で思い思いのものを描いていた。
 ロヴィスとシンシアは、当然のように隣り合って仲良く風景画を描いていた。そろそろ仕上げの段階に入ろうという時間が経った頃。近くで言い争う声が聞こえてきた。二人がそちらに目を向けると、男子生徒の言い争う姿が目に入った。やれやれという思いでロヴィスがそちらに歩を進めると、苦笑をしながらシンシアも後に続く。すると、
 「あああああ、ダメですよぅ。ケンカばっかりしてるとぉっ」
 ピンクブロンドの髪が視界に入る。そしてそれは自分のイーゼルに思い切り足を引っかけた。あ、とみんなが思う。スローモーションのように世界が映る。倒れるイーゼル。落ちるキャンバス。手から離れるパレット。こぼれる水バケツ。傾く体。誰かの叫ぶ声。
 「ぶにゃっ」
 ベシッという音と共に、スイは顔面から転んで潰れた声を出した。
 「あ」
 誰かの声の後に、スイの頭にパレットが降ってきた。
 「ぅぁいてっ」
 一瞬周りは静まり返る。
 「うああ、足下見てなかったぁ」
 むくりと起き上がったスイ。頭からパレットが滑り落ちた。
 「ふ」
 シンシアは目を見開いた。
 「ふはっ、あははははははははっ」
 スイはきょとんとした顔をむけた。声を上げて笑っているのは。
 「で、殿下?」
 シンシアが信じられないものを見るように、戸惑いの声を上げた。感情が殆ど表に出ることのないロヴィスだが、シンシアには違った。だが、声を上げて笑うなど初めてだった。戸惑うシンシアを余所に、ロヴィスは座り込むスイの顔をハンカチで拭いた。あまりのことに固まってしまうスイに構わず、優しい手つきで絵の具を拭ってやる。
 「折角描いた絵が台無しになってしまったな」
 転んだ拍子に顔面ダイブした先は、キャンバスの上だった。まだ乾き切らない絵の具がベッタリと鼻と額をカラフルにしていた。頭を直撃したパレットのおかげで、髪も色彩豊かになっている。ロヴィスがそちらにも手を伸ばそうとした時、我に返ったスイが全力で後退した。
 「うおおおおおおお王太子殿下ああああああ!」
 勢いでそのまま土下座をする。
 「申し訳ございません申し訳ございません申し訳ございませんんんんんん!」
 呆気にとられるロヴィスに、涙目で赦しを請う。
 「ファルファナ嬢?」
 「ホントすみません申し訳ございません生きててごめんなさいいいいぃぃぃ」
 えぐえぐと嗚咽を漏らすスイにロヴィスは呆然とした。


*~*~*~*~*


 「殿下、これはさすがに陛下に報告させていただきます」
 王城の執務室、カルカは顔を顰めていた。声を上げて笑うことも褒められたことではないが、婚約者でもない女子生徒に王太子自らが関わったことが問題であった。何事にも適切な距離というものがある。目の前で転んだ者に手を差し伸べるくらいは問題ない。だが、今回のことはやり過ぎた。自ら近付き、自身の私物であるハンカチを使い、手ずから汚れを、まして顔を拭くなど。
 「軽率であった。すまない」
 「シンシア様にもきちんとフォローをしてくださいね」
 頷く王太子を見たカルカは、報告のため一旦退室をした。静かに閉まる扉を見つめ、ロヴィスは溜め息をついた。
 私は何をしているのだろう。
 驚いたシンシアの顔が浮かぶ。体が勝手に動いたとはいえ、軽率な行動であったことは明らかだ。あの後、シンシアは場を収めるために動いてくれた。余計な気を遣わせてしまった。申し訳ないと思う。
 自身の手を見つめる。
 「本当に、何を、しているのだろう」
 王太子ロヴィスの呟きは、静寂に消えた。


*つづく*


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