5 / 17
そのご
しおりを挟む
崩れ落ちたギャレットは、何かを思い出したように、ハッとして顔を上げる。その視線の先には。
「ミレイ!」
「お断りです」
涙目のギャレットと冷め切った目のミレイの視線が交わって、少し。
「何も言っていないではないか!」
「やり直そうと言うようなお話でしょう。はっ。ご冗談を」
淑女の鑑と言われる人物に、鼻で嗤われたギャレット。
「ミレイ!歩み寄ろうという気はないのかっ」
「あるはずがないでしょう」
「えっ?!」
間髪入れないミレイの言葉に、ギャレットは驚く。
「王家から望んだ婚約でしてよ?何故わたくしが努力をしなくてはなりませんの?」
「はっ?!」
「殿下と仲良くする努力をするくらいでしたら、その時間を他のことに充てることの方が、余程有意義です。それは、比べることも憚るほどに」
ギャレットはますます涙目だ。
「ですから婚約者としての努力をすることはわたくしではなく、殿下の方でしたのよ。わたくしと共にありたいのであれば、殿下が必死に食らいついてしがみついて形振り構わず努力をなさるべきでしたの」
それが、何を勘違いしていたのか。
「まあ、ある程度の会話が出来るようになったことに関しましては、王家の努力を認めましょう。ですが、それだけです」
ミレイは扇を広げて口元を覆う。
「殿下はわたくしに相応しくありません。わたくしの弛まぬ努力は、より良い未来のため。数多の可能性のためですわ」
蔑んだ目が、ギャレットを見ている。
「それを、殿下に奪われるなど、あってはならないのです」
おまえ如きが隣に並ぶなど、烏滸がましいにもほどがあるんだよ。言外に伝えられる言葉に、ギャレットはギャン泣きだ。
「うわあああああん!バカバカバカバカ!ミレイのバカ!」
子どもか。
呆れて、もう用はないと立ち去ろうと思い、ジュエルに挨拶をすると、ジュエルは面白そうに頷いて退室を許可した。
それに待ったをかけたのは。
「で、でも、淋しそうにしていたではないか!高等部に入ってから、特に!」
そうギャレットが叫んだ。
ミレイは動かそうとした足を止める。
「私がロナと仲良くしていたからだろう?嫉妬していたのだろう?」
「お花畑発言もいい加減になさいませ。わたくしは隣国に嫁ぐのです。家族や友人とおいそれとは会えなくなるのです。淋しいのは当然ではないですか」
心底嫌そうな顔をしたミレイが、ギャレットの勘違い甚だしい発言を全否定し、たたんだ扇を自身の手のひらに軽く打ちつけながら続ける。
「わたくしが淋しそうだとお気づきだったのですね。それは殿下にしては称賛に値します。ですが、淋しそうと気付いていて何も講じないところが大減点」
圧のある笑顔でギャレットを追い詰める。
「さらにはその上で他の女性に現を抜かすなんて、ありえません。殿下の評価は深海の底よりも低いと言うよりも、人として見ることが出来ません。珍獣ですわね」
「ふぐぅっ。あ、なぜ、私と婚約しているのに隣国へ嫁ぐなどっ。不貞だろっ」
ミレイがギラリとギャレットを睨む。ギャレットはビクリと体を震わせた。
「お黙りなさい。殿下と一緒にされるなど不快極まりありません。これは王家も了承していることです」
「へええぇ?」
ギャレットの目が点になった。
「殿下のような負債を押しつけられるのですよ。保険をかけるのは当然でしょう」
酷い言い草だ。だが、ミレイの口は止まらない。
「高等部卒業までに殿下が人並みになれば良し、ならないようでしたら隣国へ。お相手も、ご自身を保険で良いと仰ってくださいましたの。まあ、殿下が人並みになるなど、どのような天変地異が起こればなるのか。ですから先方も保険であることに不安はなかったでしょう」
「うぐうっ。で、でも、高等部は二年もあったではないかっ。私が成長するかもしれないだろう?それなのに入学早々淋しそうにするなんて早計だっ」
ぼたぼたと涙を落としながらも抗議するギャレット。
「あらあら。早計なんて難しい言葉をよくご存知でしたわね。十年かけて王家の方々が言い聞かせてきてもほぼ変わらなかった殿下が、僅か二年で変わるだなんて。ふふ。最後にわたくしを楽しませようと努力してくださっても、もう後の祭りでしてよ。ですが、今までで一番楽しい冗談でしたわ」
ギャレットは床に泣き伏した。
*つづく*
「ミレイ!」
「お断りです」
涙目のギャレットと冷め切った目のミレイの視線が交わって、少し。
「何も言っていないではないか!」
「やり直そうと言うようなお話でしょう。はっ。ご冗談を」
淑女の鑑と言われる人物に、鼻で嗤われたギャレット。
「ミレイ!歩み寄ろうという気はないのかっ」
「あるはずがないでしょう」
「えっ?!」
間髪入れないミレイの言葉に、ギャレットは驚く。
「王家から望んだ婚約でしてよ?何故わたくしが努力をしなくてはなりませんの?」
「はっ?!」
「殿下と仲良くする努力をするくらいでしたら、その時間を他のことに充てることの方が、余程有意義です。それは、比べることも憚るほどに」
ギャレットはますます涙目だ。
「ですから婚約者としての努力をすることはわたくしではなく、殿下の方でしたのよ。わたくしと共にありたいのであれば、殿下が必死に食らいついてしがみついて形振り構わず努力をなさるべきでしたの」
それが、何を勘違いしていたのか。
「まあ、ある程度の会話が出来るようになったことに関しましては、王家の努力を認めましょう。ですが、それだけです」
ミレイは扇を広げて口元を覆う。
「殿下はわたくしに相応しくありません。わたくしの弛まぬ努力は、より良い未来のため。数多の可能性のためですわ」
蔑んだ目が、ギャレットを見ている。
「それを、殿下に奪われるなど、あってはならないのです」
おまえ如きが隣に並ぶなど、烏滸がましいにもほどがあるんだよ。言外に伝えられる言葉に、ギャレットはギャン泣きだ。
「うわあああああん!バカバカバカバカ!ミレイのバカ!」
子どもか。
呆れて、もう用はないと立ち去ろうと思い、ジュエルに挨拶をすると、ジュエルは面白そうに頷いて退室を許可した。
それに待ったをかけたのは。
「で、でも、淋しそうにしていたではないか!高等部に入ってから、特に!」
そうギャレットが叫んだ。
ミレイは動かそうとした足を止める。
「私がロナと仲良くしていたからだろう?嫉妬していたのだろう?」
「お花畑発言もいい加減になさいませ。わたくしは隣国に嫁ぐのです。家族や友人とおいそれとは会えなくなるのです。淋しいのは当然ではないですか」
心底嫌そうな顔をしたミレイが、ギャレットの勘違い甚だしい発言を全否定し、たたんだ扇を自身の手のひらに軽く打ちつけながら続ける。
「わたくしが淋しそうだとお気づきだったのですね。それは殿下にしては称賛に値します。ですが、淋しそうと気付いていて何も講じないところが大減点」
圧のある笑顔でギャレットを追い詰める。
「さらにはその上で他の女性に現を抜かすなんて、ありえません。殿下の評価は深海の底よりも低いと言うよりも、人として見ることが出来ません。珍獣ですわね」
「ふぐぅっ。あ、なぜ、私と婚約しているのに隣国へ嫁ぐなどっ。不貞だろっ」
ミレイがギラリとギャレットを睨む。ギャレットはビクリと体を震わせた。
「お黙りなさい。殿下と一緒にされるなど不快極まりありません。これは王家も了承していることです」
「へええぇ?」
ギャレットの目が点になった。
「殿下のような負債を押しつけられるのですよ。保険をかけるのは当然でしょう」
酷い言い草だ。だが、ミレイの口は止まらない。
「高等部卒業までに殿下が人並みになれば良し、ならないようでしたら隣国へ。お相手も、ご自身を保険で良いと仰ってくださいましたの。まあ、殿下が人並みになるなど、どのような天変地異が起こればなるのか。ですから先方も保険であることに不安はなかったでしょう」
「うぐうっ。で、でも、高等部は二年もあったではないかっ。私が成長するかもしれないだろう?それなのに入学早々淋しそうにするなんて早計だっ」
ぼたぼたと涙を落としながらも抗議するギャレット。
「あらあら。早計なんて難しい言葉をよくご存知でしたわね。十年かけて王家の方々が言い聞かせてきてもほぼ変わらなかった殿下が、僅か二年で変わるだなんて。ふふ。最後にわたくしを楽しませようと努力してくださっても、もう後の祭りでしてよ。ですが、今までで一番楽しい冗談でしたわ」
ギャレットは床に泣き伏した。
*つづく*
31
お気に入りに追加
79
あなたにおすすめの小説

「白い結婚の終幕:冷たい約束と偽りの愛」
ゆる
恋愛
「白い結婚――それは幸福ではなく、冷たく縛られた契約だった。」
美しい名門貴族リュミエール家の娘アスカは、公爵家の若き当主レイヴンと政略結婚することになる。しかし、それは夫婦の絆など存在しない“白い結婚”だった。
夫のレイヴンは冷たく、長く屋敷を不在にし、アスカは孤独の中で公爵家の実態を知る――それは、先代から続く莫大な負債と、怪しい商会との闇契約によって破綻寸前に追い込まれた家だったのだ。
さらに、公爵家には謎めいた愛人セシリアが入り込み、家中の権力を掌握しようと暗躍している。使用人たちの不安、アーヴィング商会の差し押さえ圧力、そして消えた夫レイヴンの意図……。次々と押し寄せる困難の中、アスカはただの「飾りの夫人」として終わる人生を拒絶し、自ら未来を切り拓こうと動き始める。
政略結婚の檻の中で、彼女は周囲の陰謀に立ち向かい、少しずつ真実を掴んでいく。そして冷たく突き放していた夫レイヴンとの関係も、思わぬ形で変化していき――。
「私はもう誰の人形にもならない。自分の意志で、この家も未来も守り抜いてみせる!」
果たしてアスカは“白い結婚”という名の冷たい鎖を断ち切り、全てをざまあと思わせる大逆転を成し遂げられるのか?

王弟殿下の番様は溺れるほどの愛をそそがれ幸せに…
ましろ
恋愛
見つけた!愛しい私の番。ようやく手に入れることができた私の宝玉。これからは私のすべてで愛し、護り、共に生きよう。
王弟であるコンラート公爵が番を見つけた。
それは片田舎の貴族とは名ばかりの貧乏男爵の娘だった。物語のような幸運を得た少女に人々は賞賛に沸き立っていた。
貧しかった少女は番に愛されそして……え?

【完結】あなたのいない世界、うふふ。
やまぐちこはる
恋愛
17歳のヨヌク子爵家令嬢アニエラは栗毛に栗色の瞳の穏やかな令嬢だった。近衛騎士で伯爵家三男、かつ騎士爵を賜るトーソルド・ロイリーと幼少から婚約しており、成人とともに政略的な結婚をした。
しかしトーソルドには恋人がおり、結婚式のあと、初夜を迎える前に出たまま戻ることもなく、一人ロイリー騎士爵家を切り盛りするはめになる。
とはいえ、アニエラにはさほどの不満はない。結婚前だって殆ど会うこともなかったのだから。
===========
感想は一件づつ個別のお返事ができなくなっておりますが、有り難く拝読しております。
4万文字ほどの作品で、最終話まで予約投稿済です。お楽しみいただけましたら幸いでございます。

【完結】身分に見合う振る舞いをしていただけですが…ではもう止めますからどうか平穏に暮らさせて下さい。
まりぃべる
恋愛
私は公爵令嬢。
この国の高位貴族であるのだから身分に相応しい振る舞いをしないとね。
ちゃんと立場を理解できていない人には、私が教えて差し上げませんと。
え?口うるさい?婚約破棄!?
そうですか…では私は修道院に行って皆様から離れますからどうぞお幸せに。
☆
あくまでもまりぃべるの世界観です。王道のお話がお好みの方は、合わないかと思われますので、そこのところ理解いただき読んでいただけると幸いです。
☆★
全21話です。
出来上がってますので随時更新していきます。
途中、区切れず長い話もあってすみません。
読んで下さるとうれしいです。

愛しているのは王女でなくて幼馴染
岡暁舟
恋愛
下級貴族出身のロビンソンは国境の治安維持・警備を仕事としていた。そんなロビンソンの幼馴染であるメリーはロビンソンに淡い恋心を抱いていた。ある日、視察に訪れていた王女アンナが盗賊に襲われる事件が発生、駆け付けたロビンソンによって事件はすぐに解決した。アンナは命を救ってくれたロビンソンを婚約者と宣言して…メリーは突如として行方不明になってしまい…。

政略結婚で「新興国の王女のくせに」と馬鹿にされたので反撃します
nanahi
恋愛
政略結婚により新興国クリューガーから因習漂う隣国に嫁いだ王女イーリス。王宮に上がったその日から「子爵上がりの王が作った新興国風情が」と揶揄される。さらに側妃の陰謀で王との夜も邪魔され続け、次第に身の危険を感じるようになる。
イーリスが邪険にされる理由は父が王と交わした婚姻の条件にあった。財政難で困窮している隣国の王は巨万の富を得たイーリスの父の財に目をつけ、婚姻を打診してきたのだ。資金援助と引き換えに父が提示した条件がこれだ。
「娘イーリスが王子を産んだ場合、その子を王太子とすること」
すでに二人の側妃の間にそれぞれ王子がいるにも関わらずだ。こうしてイーリスの輿入れは王宮に波乱をもたらすことになる。

王女を好きだと思ったら
夏笆(なつは)
恋愛
「王子より王子らしい」と言われる公爵家嫡男、エヴァリスト・デュルフェを婚約者にもつバルゲリー伯爵家長女のピエレット。
デビュタントの折に突撃するようにダンスを申し込まれ、望まれて婚約をしたピエレットだが、ある日ふと気づく。
「エヴァリスト様って、ルシール王女殿下のお話ししかなさらないのでは?」
エヴァリストとルシールはいとこ同士であり、幼い頃より親交があることはピエレットも知っている。
だがしかし度を越している、と、大事にしているぬいぐるみのぴぃちゃんに語りかけるピエレット。
「でもね、ぴぃちゃん。私、エヴァリスト様に恋をしてしまったの。だから、頑張るわね」
ピエレットは、そう言って、胸の前で小さく拳を握り、決意を込めた。
ルシール王女殿下の好きな場所、好きな物、好みの装い。
と多くの場所へピエレットを連れて行き、食べさせ、贈ってくれるエヴァリスト。
「あのね、ぴぃちゃん!エヴァリスト様がね・・・・・!」
そして、ピエレットは今日も、エヴァリストが贈ってくれた特注のぬいぐるみ、孔雀のぴぃちゃんを相手にエヴァリストへの想いを語る。
小説家になろうにも、掲載しています。

親切なミザリー
みるみる
恋愛
第一王子アポロの婚約者ミザリーは、「親切なミザリー」としてまわりから慕われていました。
ところが、子爵家令嬢のアリスと偶然出会ってしまったアポロはアリスを好きになってしまい、ミザリーを蔑ろにするようになりました。アポロだけでなく、アポロのまわりの友人達もアリスを慕うようになりました。
ミザリーはアリスに嫉妬し、様々な嫌がらせをアリスにする様になりました。
こうしてミザリーは、いつしか親切なミザリーから悪女ミザリーへと変貌したのでした。
‥ですが、ミザリーの突然の死後、何故か再びミザリーの評価は上がり、「親切なミザリー」として人々に慕われるようになり、ミザリーが死後海に投げ落とされたという崖の上には沢山の花が、毎日絶やされる事なく人々により捧げられ続けるのでした。
※不定期更新です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる