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そのご
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崩れ落ちたギャレットは、何かを思い出したように、ハッとして顔を上げる。その視線の先には。
「ミレイ!」
「お断りです」
涙目のギャレットと冷め切った目のミレイの視線が交わって、少し。
「何も言っていないではないか!」
「やり直そうと言うようなお話でしょう。はっ。ご冗談を」
淑女の鑑と言われる人物に、鼻で嗤われたギャレット。
「ミレイ!歩み寄ろうという気はないのかっ」
「あるはずがないでしょう」
「えっ?!」
間髪入れないミレイの言葉に、ギャレットは驚く。
「王家から望んだ婚約でしてよ?何故わたくしが努力をしなくてはなりませんの?」
「はっ?!」
「殿下と仲良くする努力をするくらいでしたら、その時間を他のことに充てることの方が、余程有意義です。それは、比べることも憚るほどに」
ギャレットはますます涙目だ。
「ですから婚約者としての努力をすることはわたくしではなく、殿下の方でしたのよ。わたくしと共にありたいのであれば、殿下が必死に食らいついてしがみついて形振り構わず努力をなさるべきでしたの」
それが、何を勘違いしていたのか。
「まあ、ある程度の会話が出来るようになったことに関しましては、王家の努力を認めましょう。ですが、それだけです」
ミレイは扇を広げて口元を覆う。
「殿下はわたくしに相応しくありません。わたくしの弛まぬ努力は、より良い未来のため。数多の可能性のためですわ」
蔑んだ目が、ギャレットを見ている。
「それを、殿下に奪われるなど、あってはならないのです」
おまえ如きが隣に並ぶなど、烏滸がましいにもほどがあるんだよ。言外に伝えられる言葉に、ギャレットはギャン泣きだ。
「うわあああああん!バカバカバカバカ!ミレイのバカ!」
子どもか。
呆れて、もう用はないと立ち去ろうと思い、ジュエルに挨拶をすると、ジュエルは面白そうに頷いて退室を許可した。
それに待ったをかけたのは。
「で、でも、淋しそうにしていたではないか!高等部に入ってから、特に!」
そうギャレットが叫んだ。
ミレイは動かそうとした足を止める。
「私がロナと仲良くしていたからだろう?嫉妬していたのだろう?」
「お花畑発言もいい加減になさいませ。わたくしは隣国に嫁ぐのです。家族や友人とおいそれとは会えなくなるのです。淋しいのは当然ではないですか」
心底嫌そうな顔をしたミレイが、ギャレットの勘違い甚だしい発言を全否定し、たたんだ扇を自身の手のひらに軽く打ちつけながら続ける。
「わたくしが淋しそうだとお気づきだったのですね。それは殿下にしては称賛に値します。ですが、淋しそうと気付いていて何も講じないところが大減点」
圧のある笑顔でギャレットを追い詰める。
「さらにはその上で他の女性に現を抜かすなんて、ありえません。殿下の評価は深海の底よりも低いと言うよりも、人として見ることが出来ません。珍獣ですわね」
「ふぐぅっ。あ、なぜ、私と婚約しているのに隣国へ嫁ぐなどっ。不貞だろっ」
ミレイがギラリとギャレットを睨む。ギャレットはビクリと体を震わせた。
「お黙りなさい。殿下と一緒にされるなど不快極まりありません。これは王家も了承していることです」
「へええぇ?」
ギャレットの目が点になった。
「殿下のような負債を押しつけられるのですよ。保険をかけるのは当然でしょう」
酷い言い草だ。だが、ミレイの口は止まらない。
「高等部卒業までに殿下が人並みになれば良し、ならないようでしたら隣国へ。お相手も、ご自身を保険で良いと仰ってくださいましたの。まあ、殿下が人並みになるなど、どのような天変地異が起こればなるのか。ですから先方も保険であることに不安はなかったでしょう」
「うぐうっ。で、でも、高等部は二年もあったではないかっ。私が成長するかもしれないだろう?それなのに入学早々淋しそうにするなんて早計だっ」
ぼたぼたと涙を落としながらも抗議するギャレット。
「あらあら。早計なんて難しい言葉をよくご存知でしたわね。十年かけて王家の方々が言い聞かせてきてもほぼ変わらなかった殿下が、僅か二年で変わるだなんて。ふふ。最後にわたくしを楽しませようと努力してくださっても、もう後の祭りでしてよ。ですが、今までで一番楽しい冗談でしたわ」
ギャレットは床に泣き伏した。
*つづく*
「ミレイ!」
「お断りです」
涙目のギャレットと冷め切った目のミレイの視線が交わって、少し。
「何も言っていないではないか!」
「やり直そうと言うようなお話でしょう。はっ。ご冗談を」
淑女の鑑と言われる人物に、鼻で嗤われたギャレット。
「ミレイ!歩み寄ろうという気はないのかっ」
「あるはずがないでしょう」
「えっ?!」
間髪入れないミレイの言葉に、ギャレットは驚く。
「王家から望んだ婚約でしてよ?何故わたくしが努力をしなくてはなりませんの?」
「はっ?!」
「殿下と仲良くする努力をするくらいでしたら、その時間を他のことに充てることの方が、余程有意義です。それは、比べることも憚るほどに」
ギャレットはますます涙目だ。
「ですから婚約者としての努力をすることはわたくしではなく、殿下の方でしたのよ。わたくしと共にありたいのであれば、殿下が必死に食らいついてしがみついて形振り構わず努力をなさるべきでしたの」
それが、何を勘違いしていたのか。
「まあ、ある程度の会話が出来るようになったことに関しましては、王家の努力を認めましょう。ですが、それだけです」
ミレイは扇を広げて口元を覆う。
「殿下はわたくしに相応しくありません。わたくしの弛まぬ努力は、より良い未来のため。数多の可能性のためですわ」
蔑んだ目が、ギャレットを見ている。
「それを、殿下に奪われるなど、あってはならないのです」
おまえ如きが隣に並ぶなど、烏滸がましいにもほどがあるんだよ。言外に伝えられる言葉に、ギャレットはギャン泣きだ。
「うわあああああん!バカバカバカバカ!ミレイのバカ!」
子どもか。
呆れて、もう用はないと立ち去ろうと思い、ジュエルに挨拶をすると、ジュエルは面白そうに頷いて退室を許可した。
それに待ったをかけたのは。
「で、でも、淋しそうにしていたではないか!高等部に入ってから、特に!」
そうギャレットが叫んだ。
ミレイは動かそうとした足を止める。
「私がロナと仲良くしていたからだろう?嫉妬していたのだろう?」
「お花畑発言もいい加減になさいませ。わたくしは隣国に嫁ぐのです。家族や友人とおいそれとは会えなくなるのです。淋しいのは当然ではないですか」
心底嫌そうな顔をしたミレイが、ギャレットの勘違い甚だしい発言を全否定し、たたんだ扇を自身の手のひらに軽く打ちつけながら続ける。
「わたくしが淋しそうだとお気づきだったのですね。それは殿下にしては称賛に値します。ですが、淋しそうと気付いていて何も講じないところが大減点」
圧のある笑顔でギャレットを追い詰める。
「さらにはその上で他の女性に現を抜かすなんて、ありえません。殿下の評価は深海の底よりも低いと言うよりも、人として見ることが出来ません。珍獣ですわね」
「ふぐぅっ。あ、なぜ、私と婚約しているのに隣国へ嫁ぐなどっ。不貞だろっ」
ミレイがギラリとギャレットを睨む。ギャレットはビクリと体を震わせた。
「お黙りなさい。殿下と一緒にされるなど不快極まりありません。これは王家も了承していることです」
「へええぇ?」
ギャレットの目が点になった。
「殿下のような負債を押しつけられるのですよ。保険をかけるのは当然でしょう」
酷い言い草だ。だが、ミレイの口は止まらない。
「高等部卒業までに殿下が人並みになれば良し、ならないようでしたら隣国へ。お相手も、ご自身を保険で良いと仰ってくださいましたの。まあ、殿下が人並みになるなど、どのような天変地異が起こればなるのか。ですから先方も保険であることに不安はなかったでしょう」
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ぼたぼたと涙を落としながらも抗議するギャレット。
「あらあら。早計なんて難しい言葉をよくご存知でしたわね。十年かけて王家の方々が言い聞かせてきてもほぼ変わらなかった殿下が、僅か二年で変わるだなんて。ふふ。最後にわたくしを楽しませようと努力してくださっても、もう後の祭りでしてよ。ですが、今までで一番楽しい冗談でしたわ」
ギャレットは床に泣き伏した。
*つづく*
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