上 下
2 / 20

2.愛称とワガママ

しおりを挟む
 「ねぇねぇリオぉ。褒めてぇ」

 皇妃のところから戻ると、嬉しそうにカダージュがメリオラーザに擦り寄った。

 「僕ねぇ、書類、リオとの約束の分だけじゃなくてね、もう一枚終わらせたんだあ」

 その言葉に、メリオラーザはギョッとする。
 皇妃のところに行っていた時間で、二枚?あの時間で、二枚?
 メリオラーザは呆れたような息を吐くと、苦笑した。

 「殿下は、本当に、もう」

 少し屈むカダージュに、メリオラーザはその頭を撫でる。皇族の頭に触れることは不敬だ。しかし、カダージュはメリオラーザにそれを望む。優しく髪を梳くように撫でると、本当に幸せそうに笑うのだ。

 「ふふ。リオ。愛しているよ」

 頬、というのだろうか、唇に触れそうなほど近い場所にくちづけるカダージュの愛情表現は未だに慣れないけれど、決して嫌ではなく。真っ赤になって俯く頭に、またくちづけが落とされた。

 「約束通り、明日は一日僕の望みを叶えてね、リオ」


*~*~*~*~*


 朝六時。ティシモ伯爵家に、一人の来訪者。
 栗色の髪に、同じ色の瞳、黒縁の眼鏡をかけたカダージュが、応接間に座っていた。

 「おはようございます。お待たせいたしました、殿下」

 カダージュが到着して少しすると、メリオラーザが現れた。平民のようなワンピースに、動きやすい編み上げのブーツを履いている。カダージュは、メリオラーザを見るなり満面の笑顔になった。

 「おはよう、リオ。すごく可愛いねぇ」

 頭の天辺から足の先まで何度も見ながら、嬉しそうにカダージュはリオの手を取り、その甲へくちづけた。頬を染めるメリオラーザは、恥ずかしそうにお礼の言葉を口にする。

 「御髪おぐしと瞳の色が違いますと、とても雰囲気が変わりますね」

 照れを隠すように言ったメリオラーザの言葉に、カダージュは笑う。

 「リオが、この色綺麗って言ってくれるから」

 お忍びデートをするときは、いつもこのスタイル。初めてデートをしたときに、皇家の色を隠す為にした変装を、メリオラーザは褒めてくれた。

 「はい。とても綺麗な色ですわ、殿下」

 よくある色合いのはずなのに、地色の影響か、光の加減でミルクティーのように甘い色合いになる。カダージュは嬉しそうに顔を輝かせると、きゅうっとメリオラーザを抱き締めた。

 「それでは、夕刻六時にはメリオラーザを送ります。行こうか、リオ」

 玄関を出て伯爵たちにそう言うと、メリオラーザを馬に乗せ、自身もその馬に跨がり出掛けて行った。
 何度顔を合わせても噂と違いすぎる第四皇子に、伯爵たちは、何とも言えない表情で見送った。

………
……


 「怖くない?リオ」

 ポクポクと馬を歩かせているカダージュが、馬に慣れていないメリオラーザを心配する。カダージュと婚約を結んでもうすぐ七年が経つが、こうして馬で出掛けるのは、年に数回程度。その度、カダージュはメリオラーザを気遣う。

 「大丈夫ですわ、殿下」

 一人で乗ることは出来ないが、カダージュと一緒であれば、少しも怖くなどなかった。微笑むメリオラーザに、カダージュも嬉しそうに笑う。

 「デートの時は、殿下じゃないでしょ、リオ」

 ボンネット越しの頭にくちづけられたことがわかり、メリオラーザは頬を染める。そして、ますます頬を染めて、

 「カダ、様」

 ポソ、と愛称を口にした。カダージュは笑みを深めると、ボンネットの隙間から見える頬にくちづける。

 「リオ。今日は一日ゆっくりしようね」

 こうして帝都から少し離れた、大きな木が一本茂る小高い丘へ、二人はやって来た。帝都が一望出来る、静かな場所。

 「リオ。あと二ヶ月でリオとの婚約発表だねぇ」

 メリオラーザに膝枕をしてもらいながら、カダージュはそんな話をした。

 「そうですわね。カダ様の成人の儀もですわ」
 「うん。リオに僕のこと以外で苦労させる気はないからね」

 メリオラーザは苦笑した。

 「カダ様のことで苦労はするのですね」
 「そう。リオが苦労するのは、僕のことだけ」

 カダージュが手を伸ばし、メリオラーザの柔らかな頬を指先でふにふにと触れると、メリオラーザは恥ずかしそうに頬を染めた。その姿に、カダージュは満足そうに笑った。
 こうしてカダージュのお気に入りのこの場所で、二人は穏やかな時間を過ごすのだった。




*つづく*
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王女殿下の秘密の恋人である騎士と結婚することになりました

鳴哉
恋愛
王女殿下の侍女と 王女殿下の騎士  の話 短いので、サクッと読んでもらえると思います。 読みやすいように、3話に分けました。 毎日1回、予約投稿します。

当て馬令息の婚約者になったので美味しいお菓子を食べながら聖女との恋を応援しようと思います!

朱音ゆうひ
恋愛
「わたくし、当て馬令息の婚約者では?」 伯爵令嬢コーデリアは家同士が決めた婚約者ジャスティンと出会った瞬間、前世の記憶を思い出した。 ここは小説に出てくる世界で、当て馬令息ジャスティンは聖女に片思いするキャラ。婚約者に遠慮してアプローチできないまま失恋する優しいお兄様系キャラで、前世での推しだったのだ。 「わたくし、ジャスティン様の恋を応援しますわ」 推しの幸せが自分の幸せ! あとお菓子が美味しい! 特に小説では出番がなく悪役令嬢でもなんでもない脇役以前のモブキャラ(?)コーデリアは、全力でジャスティンを応援することにした! ※ゆるゆるほんわかハートフルラブコメ。 サブキャラに軽く百合カップルが出てきたりします 他サイトにも掲載しています( https://ncode.syosetu.com/n5753hy/ )

【完結】誰にも相手にされない壁の華、イケメン騎士にお持ち帰りされる。

三園 七詩
恋愛
独身の貴族が集められる、今で言う婚活パーティーそこに地味で地位も下のソフィアも参加することに…しかし誰にも話しかけらない壁の華とかしたソフィア。 それなのに気がつけば裸でベッドに寝ていた…隣にはイケメン騎士でパーティーの花形の男性が隣にいる。 頭を抱えるソフィアはその前の出来事を思い出した。 短編恋愛になってます。

好きな人と友人が付き合い始め、しかも嫌われたのですが

月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
ナターシャは以前から恋の相談をしていた友人が、自分の想い人ディーンと秘かに付き合うようになっていてショックを受ける。しかし諦めて二人の恋を応援しようと決める。だがディーンから「二度と僕達に話しかけないでくれ」とまで言われ、嫌われていたことにまたまたショック。どうしてこんなに嫌われてしまったのか?卒業パーティーのパートナーも決まっていないし、どうしたらいいの?

ついうっかり王子様を誉めたら、溺愛されまして

夕立悠理
恋愛
キャロルは八歳を迎えたばかりのおしゃべりな侯爵令嬢。父親からは何もしゃべるなと言われていたのに、はじめてのガーデンパーティで、ついうっかり男の子相手にしゃべってしまう。すると、その男の子は王子様で、なぜか、キャロルを婚約者にしたいと言い出して──。  おしゃべりな侯爵令嬢×心が読める第4王子  設定ゆるゆるのラブコメディです。

【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。

早稲 アカ
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。 宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。 彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。 加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。 果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

王太子エンドを迎えたはずのヒロインが今更私の婚約者を攻略しようとしているけどさせません

黒木メイ
恋愛
日本人だった頃の記憶があるクロエ。 でも、この世界が乙女ゲームに似た世界だとは知らなかった。 知ったのはヒロインらしき人物が落とした『攻略ノート』のおかげ。 学園も卒業して、ヒロインは王太子エンドを無事に迎えたはずなんだけど……何故か今になってヒロインが私の婚約者に近づいてきた。 いったい、何を考えているの?! 仕方ない。現実を見せてあげましょう。 と、いうわけでクロエは婚約者であるダニエルに告げた。 「しばらくの間、実家に帰らせていただきます」 突然告げられたクロエ至上主義なダニエルは顔面蒼白。 普段使わない頭を使ってクロエに戻ってきてもらう為に奮闘する。 ※わりと見切り発車です。すみません。 ※小説家になろう様にも掲載。(7/21異世界転生恋愛日間1位)

処理中です...