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第35記

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 ――――――リース、応答を、リース、応答を」
『リースです。ミリア?』
「そろそろ頃合だけど、いける?」
『敵の位置は大体把握した。任務の遂行に支障は無い』
「わかった。では、今より行って下さい」
『了解』
「・・くれぐれも気をつけてね」
そう告げて、ミリアは耳元の通信機の接続を切り替えた。
そして未だ、車両の影にこもり、それを包囲する自分たちの、動かない状況に視線を走らせる。
「・・切り札は、多い方がいい、けど、危険な事、わざわざさせる必要、も無いのに、か・・・でも、必要なのか・・・」
そう一人ごちるミリアを尻目に見るカウォは、何のことを言っているのかさっぱりわからないでいた――――――。


「―――――ッヒャッハッハハアアァァッハッハ!!」
拍車をかける異様な雰囲気にケイジは、緊張を余儀なくされる。
「お前!異常だな!?お前も異常だナ!?カタチは変わってないガ!イジョウなヤツだロ!!?」
何が可笑しいのか、笑いを抑えきれないようだ。
いや、『嬉しい」のか?あいつ・・・。
「お前と一緒にスンナ。けどまぁ、・・俺は普通じゃない、かもな?」
「―――ヒッヒヒャアァッハッアアァ!!」
メキメキと音を立て、あいつのテンションが、笑い声の大きさがでかくなると、連鎖したようにヤツの、身体が奇抜に変形していく。
骨格がそもそも、異常に、盛り上がり、腕のリーチも足のリーチも・・・みるみる内に伸びてないか・・・?・・とケイジは疑う。
身体が・・・さっきよりボリュームが増えている気がする。
強く逆立ち始めた髪の毛が・・針金のような、触れると刺さりそうに固そうな、おぼろげな鈍い光を艶やかに反射している。
それに眼は、『あいつ』の目は・・・既に、人間の眼の形で無くなっている。
獣の、肉食獣の眼がぎんぎん・・・と闇夜に強く光り輝いていた。
やっぱそうだ、こいつ。
まだまだまだ、不安定なやつ。
ケイジの判断はこれだった。
ナチュラルだから当然と言えば、当然なのだが。
これだけ、ナチュラルでキテいる奴も珍しいんじゃねぇか?
――――悪魔を、パパたちの所へ行かせないで・・・――――
ケイジは、上半身を低くして、相手に構えた。
「ッシャァッ!!」
不気味な奇声を発して、グレアが突っ込んでくる。
先ほどより数倍早い・・っ!
――――きっと、ケイジさんしか、止められないから――――
一瞬にして、驚異的な脚力がケイジとの距離を詰めた。
ケイジは反応した、右に大きく低く、地面すれすれに跳ぶ。
グレアは空ぶった右腕の一振りを身体に巻き込むと同時に、砂を幾度も足でかき、ケイジに向かって突進する―――――。


―――――リースは独り、砂色のローブを身に纏って立っている。
微かに金色の髪がローブから風に乗せて揺れるが、暗闇の中ではそれは無いに等しい。
リースが立つのは、アシャカ隊が張っている東側の壕、の更に北東。
ここは村が襲撃に遇ったにも関わらず何事も無く、更に北東の見張りからの敵影発見の報告も無い。
充分に周りを警戒した後、リースはフェンスへと駆け出す。
暗視スコープに映るものに異常は無い。
そして、100mの短距離を走り終えフェンスの側へと付く。
リースが手探りをしながら、探して・・見つけるのは汚れた赤いテープ。
腰の高さに見つけたそのテープは目印で、その周囲を押せば人1人が通れるほどの穴が空く。
事前に細工をしていた内の1つだ。
その穴へリースは潜り込み、容易にフェンスの外へと出た。
そして、更に砂漠の方へと駆けて行った。
暗視スコープで周囲の警戒は欠かさない。
東の敵集団は既にフェンスにくっ付く事しか頭に無いようで、行く手に敵影は見つからなかった―――――。


―――――異形のグレアの乱暴なステップワーク、地面が抉られるその身体の転換は多少のロスだが、それでも充分に速い。
距離を開ければスピードに更に乗り、乗れば乗るほど際限なく速くなる。
眼前まで来たグレアに身を捩っていたケイジはタイミングを合わせ、右足のかかとを外側へと振り回す。
グレアの右の二の腕を捉えた右かかと、後ろ回し蹴り。
めき・・っと、グレアの筋肉で盛り上がった太い腕が陥没した感触が伝わる。
ケイジはその蹴りを支点に跳ぶ、つもりだった。
グレアはその一撃で多少体勢を崩したのかもしれないが、強引に左腕を伸ばし、鋭い爪がケイジの右の二の腕を掠った。
そしてその左手を握り込んだ、が、グレアにとっては惜しくも、ケイジには危うく捕まらなかった・・・。
・・グレアが右腕から伝う衝撃の痛みに踏ん張ったのはその後の刹那、吹き飛ぶのを堪える、ぎりぎりでケイジがその右蹴りの跳躍力で身体ごと射程圏外まで跳んで行った。
ケイジが自身の右腕を視界の端に入れると、血が滴り落ちるのが見えた。
奴の鋭利な爪は一撃で死ぬのも厭わない。
爪がまともに切り裂く・・嫌なイメージが浮かび、ぞくっとする。
グレアが跳ぶ、ケイジほどの跳躍力では無いが、目の前のケイジへ距離5mほどで着地、その刹那、重力の影響を見せずに横へ駆ける。
ケイジの死角を取るつもりか。
小回りが早すぎて眼で追うのも、次第に追いつけなくなりそうだった。
ケイジは前方に、グレアの包囲から一瞬で距離をとる跳躍をする。
空中で肩越しにグレアを目で追うと、グレアは一直線にケイジへと突撃してきていた。
着地を狙うのか、とケイジの頭に過ぎる。
ケイジの着地と、グレアの速さがぎりぎり同時になりそうなほど、グレアの動きが速い。
ケイジは着地、その瞬間に後方へ、グレアから見れば右に跳んだ、筈だった。
どんっ・・と、どうしようもなく重く堅い、何かに背中を打ちつけた。
ケイジは目で追ってはいない。
だが、その背中を打ちつけたその何かに、一瞬の判断で即座に腕の力だけで左の裏拳をかます。
息が止まってるのにも構わず、繰り出したそれは確実に何かに当たる手ごたえがあった。
ゴアン・・っ!と金属が震える感触を感じながら、右手と右ひざを地面ついたケイジは再び前方に跳び、距離をとる。
空中でげほっ、がほっ、と咳きこみながら。
苦しいが、最悪の事態よりはましだと、わかっている。
着地時に、転がり両膝を付いた姿勢で、今跳んできた方向へと顔を向ける。
残りの咳き込みを消化しながら状況を確認した。
背中に打ち付けたあの重く堅い何かは、いま顔面を押さえているグレアだったのだろう。
それは、自分がかわせると思った動きをかなりの速さで上回ってきたってことだ、あの一瞬で自分の死角に飛び込んでいたグレアの・・・。
咳が治まって来る頃には、グレアの鋭い目付きがケイジを睨んでいた。
月夜、未だ、翳り無く、両雄の対峙、阻む事なし。
ただ、静かに戦況は、変じつつある。
・・彼らの闘いのことじゃない。
大局が、確実に傾き始めている―――――。


――――――・・・砂漠を充分に回り込み、慎重に東の敵集団の背後を取ったリースは、暗視スコープの景色を頼りに敵の背後へと近づいていく。
背後を守る敵兵の存在は無い事は無い。
だが、手薄だ。
1人、2人、3人・・、5人。
――――リースは当初の予定通り、闇の中、砂に紛れ、低い姿勢を保ちながら近づいていく。
一番手薄になっている場所、左端。
そこは1人、いや、かろうじて2人が見える。
リースが小走りで近づいていくにつれ1人が、何かに気付いたように視線を止める。
微かに気付かれたのは頃合である。
リースは今しがた何かに感づいた1人がこちらを見ているにも関わらず、足を止めずに近づいていく。
だが、その敵は何かが近づいているのが、・・目に入っている筈であるのに、数秒後、視線を逸らした。
リースは砂の上に腹ばいに倒れ込む。
2人目が何かに気付きこちらを見たからだ。
もぞりと、顔を上げたリースはその離れた場所にいる2人目の姿を確認して、再び立ち上がり、低姿勢で駆け始める。
そしてリースは1人目の見張りの傍まで来て、眼を見て声をかける。
「ボス・・、どこだろう?」
「ん・・あ?ボス・・?首領なら、さっき確か、あの馬鹿でかい車の方に行ったが・・」
「そうか」
にべも無く答え、リースは敵の陣地へと歩いて入っていく。
あの重装甲の車両が2台横に並ぶ配置。
その後ろ、もう1台軽車両が停まっていた。
村の方からは陰になって見えない位置だ。
そして、たくさんの武装した人たちがいる。
薄いランタンの灯りがいくつか使われているようだが、大きな車両の陰から村の方を覗う者たち、それを後ろで見ながらぶらぶらと暢気に座って暇そうにしている者さえいる。
その大型車両の中にはまだ人がいるとしても、ここには40、50並の人数がいるのか。
大型の車両に入れるぎりぎりの人数を連れてきたという事か。
紛れるように歩いているリースはそんな彼らに、念のために1人ずつを目に留めて、処理を施していく。
・・頃合を見て、リースはまた1人であぶれている者に尋ねる。
「首領、どこだろう?」
「首領か?あの首領の車に戻っちまったよ、さっき」
そう言って指差したのは、あのベージュ色の軽車両。
「そうか」
にべもなく、リースはその軽車両へと歩いていく。
リースにその事を教えた男はすぐに興味を無くしてリースから視線を外した。
その軽車両、後方座席の屋根が開くようになっていて、1人、ふんぞり返って座る男がいた。
30台頃の男がいた。
狡猾そうな目をした、隙の無い雰囲気。
それが、恐らく、探していた目標――――。

――――1つ、異様な感覚を覚えていた。
揺らぐ何かが、何かが見えているはずなのに、異様な何かが目の中に見えている筈なのに、おかしい。
見ていたってそんなものなんて無いじゃないか、とモルゲン・ハティウスは考える。
何かが視界に入ってるわけじゃあない。
しかし、次第に強く襲ってくるこれは、・・焦燥感。
「おい、だれか・・いねぇのか・・・?・・ゼゾ、・・・ライカ・・」
汗さえ噴出しているこの身体の状況、明らかにおかしいだろう。
明かにおかしい・・・何が、おかしい・・・?・・・。
揺らぐ、いま、何かが見えた気が・・した。
「あなたが首領?」
耳元で囁かれた言葉。
それが形のあるものになるのに、数秒を要した。
「誰だ・・?」
振り向くと同時に、微かな灯りに反射した、フードの闇の中から金色の長い髪が見える、誰かが。
そして、生暖かい、ものが胸に注がれるのを感じている事に気付く。
胸から腹へ、そして下腹部へと止め処なく流れていくそれが・・・己の血である事に・・・・・気付くのに・・さして時間はかからなかった。
両の手で押さえようとしても・・・首にできた広い、深い裂傷の隙間から零れていく自らの生命の液が・・車のカーペットに染み込んでいく。
身体中の力が抜けていく・・・霞んでいく視界で・・もう一度背後を・・・見ようとしても、そこには誰もいるはずが無かった―――――。

―――――おいモギー、」
男が車両に上ってくる。
「動きたがってる奴ががぁがぁ言ってきてるぜ。時間かかり過ぎだろう、あのイカレ野郎・・言うほど使えねぇ・・・」
車上で、椅子深くふんぞり返っていた天を仰ぐ男が・・・モーゲのはずだ・・異臭・・・大量の血の匂いが・・充満している・・・。
「・・おい、・・おい!モギー!・・モギー!・・モルゲン!!モルゲン・ハティウス・・・!!?・・・!!――――――」


『―――――任務完了した。離脱中、です』
「了解、帰りも気をつけて」
ミリアはリースの報告を聞き終え、少し、頭を巡らす。
ゴロツキと言っていいレベルだから、いくら指揮官を取ったからと言ってどこまで相手の指揮に影響があるのかわからないが。
あれだけの人数を3隊に分けて攻撃を仕掛けてきたくらいなのだから、多少の影響は見込めるだろう。
それに、攻めてきた第一波が大型車両2台と他の隊より規模が違うし、定石で言ったら、切り込み隊を務めるのは地力が強い隊の役回りだし。
今は関係ないか。
大切なのは、現状だ。
南西側のここでは、目の前には未だ動きのない横転したままの車両の第三波と対峙し続けている。
・・・装甲車の屋根をこちら側に向けたままで、ずっと裏側に潜んでいるようだった。
その距離およそ100mだが、十分な射程距離圏内だ。
しかし、敵の姿が見えなくて射撃はできない。
たくさんいる事はわかってはいるのだが、彼らは混乱もせずに留まり続けている。
混乱してくれれば楽に掃討できるんだけれど。
無抵抗の人間を撃つなんて、そんな趣味もないが。
・・そんな馬鹿な事はしないみたいだ。
いつまで待つんだろう、彼らは。
こちらから攻撃するのは、被害を抑えるならしない方が良い。
もう少し、待てば・・・。
突如、車両の扉から、真上に照明弾が上がる。
夜に赤色なりの、眩い火花を纏いながら撃ち上がったそれに、その場の全員が目を奪われた―――――。
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