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第4記
しおりを挟む滞在3日目ともなると、特に4人で村を見て回る必要も無くなったので、常に連絡が取れるようにして別行動となった、のだが。
各自所持するリプクマ支給の無線機を持って朝ご飯をいつものように村長宅でご家族と頂いて、相変わらず人当たりの良い人たちはこちらが何をしていたのかとか、退屈してないかとか聞いてきてくれる。
一応、仕事なので遊び呆けていると思われたくはないのだが、この牧歌的な村でやれる事は限られているので、返答はワンパターンになりやすいけども。
お世話に感謝しつつ、朝食を食べ終わった後は揃って4人は宿まで戻ってきた。
「じゃ、いつでも動けるように準備は念頭に。」
ミリアがみんなへ伝える指示は、各自の通信が繋がりさえすれば自由時間とほぼ同じである。
それから、ミリアも今日はどうしようかな、ってベッドの上で座ってちょっと考えてた。
「どうすっかな」
ケイジが独り言を言ったのも、みんなに聞こえてた。
「リース、お前はどうする?」
「・・寝たい」
「お前いつもそればっかだな。ガイは?」
「特にないんだが。・・そうだな、ジョッサさんにお友達を紹介してもらいたいかな。」
「なにすんだよ」
「いや、遊んでもらうんだよ。」
「それだけか?」
「ったりまえだろ、他に何があるんだよ」
「お、ミリアを見てみろよ」
ってケイジに言われて。
ガイがミリアを見れば、ミリアがジト目でじっと見つめて来ていた。
口にはしないが、なんというか、『舐めるなよ、小僧』みたいな目だ。
「問題なんか起こさないって。・・・そいや、そろそろ『モビディック』が砂まみれになってるだろうなぁ・・・」
「じゃ洗車よろしく」
「おいおい隊長」
「俺はどうすっかな・・・」
ケイジはそのままベッドの上に倒れ込んでた。
・・ミリアも・・・もう3日目だからなぁ、って・・・。
部屋に置いてある数少ない調度品の古いタンスの傷を見つけて、ちょっと目を細めて覗き込んでみていた。
よく見ても、やっぱりただの傷かって。
・・・長いような短いような、村を歩くには十分な時間があったが、もう少し細かいところまで見ておいた方がいいのか。
何度かチェックしている警備部からの連絡には変更が無いし、準備が整うまで滞在するべきで。
そもそも、アシャカさんたちが言っている『悪い予感』が起きない可能性の方が高いとさえ私は思っている。
それを・・・村の人たちは本当に信じてるのか、信じてないのか・・・未だに主張を取り消さない所を見ると・・・なにか別の目的が・・・――――
こんこん、とふと、扉からノックの音がした。
「はーい?」
一番近かったミリアが、扉を開ける。
朝からのお客さんは、黒髪、黒瞳の少女、こげ茶色のローブを被った、昨日もお話をした村の女の子、メレキだった。
「お、おはようございます」
ちょっと緊張した様子で、頬を紅くしてる。
「おはよう、メレキさん。どうしたの?」
食事の用意とかのお呼び以外で、人が訪ねてくるのはそういえば、これが初めてだ。
「えっと、あの、お願いがあって・・」
「お願い?」
真剣な瞳のメレキに、ミリアは気が付く。
メレキはこの部屋の4人を見回した。
その目には悲壮感にも似た、切羽詰ったもの、怯えさえ感じたのか。
「ドームから、もっと応援の人を呼んで欲しいです」
ミリアはそれを聞いて、またその話か、と内心では正直にそう思った。
アシャカさんたちとは、すでに立場上の問題は話が済んでいるのだが。
でも、それはいくら若いメレキでも、言い淀むようなだからわかってはいるんだろう。
「わ、わかってます、無理な事言ってるのは、でも何とかお願いしてきてもらうわけには・・いきませんか?」
「それは・・、本部の方が判断する事なので。私たちにはどうしようもありません。」
「何とか、できませんか?あの、その・・・」
彼女は何かを伝えようとしているけれど、言い淀んで、口を閉じて。
「・・なにか?」
「・・い、いえ。あの、不安で、とても。わたし・・わたしたち・・・不安なんです。この村が・・・」
訴えてくるその瞳は悲痛な思いと、懇願を綯《な》い交ぜにしたような色に揺らめいていた。
ミリアは彼女の様子を見つめていたが・・・口を開く。
「我々には何もできません。先日お話したように・・・、アシャカさんたちにはお話したんですが。」
「はい、あの、聞いてます・・。」
「理由も?」
「・・はい。」
「・・・我々は、あなた方が提供する情報だけでは動けません。なにか進捗があればこちらへ報告ください。進捗が無ければ、対応は変えられません。」
「おい、ミリア」
「なに?ケイジ、」
ケイジが、なぜかこちらを呼び止めようとしていたが。
特に何も言わなかったので、ミリアはメレキに顔を戻して言葉を続ける。
「私たちも定期的に本部に連絡を取っていますが、本部からの指示は変わらないんです。」
「ミリア」
「なに?」
ケイジがまた。
「どうした?」
ガイがそう、ケイジに言ったのか、・・私に言ったのか・・・。
邪魔しているのはケイジだから、きっとケイジに言ったんだろう。
「いや、なんか・・・」
ケイジは口ごもるけれども。
ミリアはそんなケイジにはっきり伝えておく。
「私は、組織の一員として見解を述べてるだけ。その辺りは、了承してもらわないと」
「にしても・・・、わーあったよ。」
ケイジは頭を片手でぼりぼり掻き毟ったけど、立ち上がって。
ガイが口を開いた。
「隊長の言う通り、組織としての見解は、確かにそうだ。それでも、なにかあったらちゃんと対応するよ。メレキちゃん、」
ガイは、メレキへ声をかけていて。
ケイジもメレキの側まで歩いていった。
「気にすんな、いつもあんな感じだからな、あいつ。」
って。
「後は俺たちに任せといてくれ。何かあったら俺らがなんとかする。」
メレキは何も言わずにただ、数回頷いただけで、ケイジに促されながら俯いたまま部屋を出て行った。
「ケイジ。」
ミリアの、強い声がケイジの背中にかかる。
メレキが扉を閉めて出て行ったのを、見送ったケイジはその間もぼりぼりと頭を掻いていた。
「・・メレキさんには、はっきり言った方がいいと思う。組織はきっちりとした規則とかで成り立ってる。簡単には動けないから・・」
「ちげえよ、」
ケイジは、そう・・・。
「俺はただ、俺がダメだと思っただけだ」
「・・なにが、」
「あいつが不安で来たのなら、上の方が動けなくても俺たちはついててやるぐらいの事を言えばいいだろ。俺らが来たのはその為だろ。なんであいつを突っぱねんだよ・・!」
「突っぱねてなんか、」
「俺たちは仲間を呼ぶことは出来ないが、俺たちが守りに来た事は本当だ。お前はそれぐらいの事も言わねぇで、そんなのが・・!」
「無責任な事言わないで・・!」
って、ミリアが強く怒った声で・・・遮ったが。
「おかしいだろ・・!?んだよ・・!?なんでお前が怒ってんだよっ」
・・ミリアが俯いている・・・ガイはちらりとそれを横目に見て、睨んでいるようなケイジに言ってやる。
「ケイジ、落ち着けよ。」
「俺は落ち着いてる!」
「ああ、わかってる。でも、ちょっとばっかし頭に血が上ってるのはわかってるだろ?ミリアも同じだからよ、とりあえず落ち着いてから話そうぜ。まあ、お前も色々思うことあるんだろうよ。俺もメレキちゃんとかに上手く説明する自信が無いんだけどな。でもな、落ち着け。ほら、リースも心配してるぞ。」
って、つられてリースを見るが。
話を振られたリースはベッドの上に座っていて、きょとんとした眼を向けて瞬いているだけのようだった。
正直、何にも考えてなさそうに見えるが、戸惑っている様にも見えるのか。
「なあ?リース、」
って、ガイに促されて。
「ぁぁ、、うん、隊長も、当然の事言っただけだと思う」
リースらしからぬ取り繕うような言い方だが、ちらっと横を見るのは、難しい表情をしているミリアの横顔を見たからのようだ。
「ったく、ミリアかよ、お前ら」
ケイジが頭をガシガシ掻いている。
「なんだ?お前にも構ってやろうか?」
「いらん。」
ケイジは、それから、はぁっとため息を吐いたようだった。
それを見て、ガイは少しはほっとしたのだが。
何処からとも無く・・・。
『うー・・・』、と呻く声が聞こえてきた。
その出所を探すケイジとガイが・・・、目を留めたのは、そこで俯いたミリアの頭だった。
・・なんだ・・?とケイジは胸の内で、嫌な予感がした。
ケイジとガイはちょっと、顔を見合わせるが。
「・・・隊長?」
って、リースが呼びかけてたが、返答は無く。
―――――ミリアの・・・次第に、それは嗚咽の混じった・・・。
「ぅ゛ぅぅ・・ぅ~」
って、みるみるうちに、瞳に涙を溜めるミリア・・・、を見ていたリースが困ったようにケイジとガイを見るが・・。
「だから、なんでお前が泣く!!?」
ケイジが焦った声で叫んでた。
「あ~・・ケイジ、」
ガイが頭をがしがし掻いていたが。
「・・・があぁっ!」
ケイジはそんな奇声を発しながら、乱暴にドアを開けて部屋から出て行った。
ガイはケイジが出て行った扉を、肩を竦《すく》めて見ていたが。
「・・・しょうがねえやつだな・・・」
んでも、未だ涙をこぼすミリアを振り返るが・・・。
「リース、」
呼ばれてガイを見るリースは、アイコンタクトに、ウィンクを受けた。
「俺もちょっと出るわ、あいつ仕方ねぇな・・・」
って、立ち上がるガイも外へ出て行く。
ガイは、ウィンクに頼むって意志を込めたのだが・・・それを理解しているのかどうかが、リースがちょっと心配だが。
・・・残されたリースは、・・・もう、動かないで泣き続けるミリアを振り返ったり、なんか、・・・今、ようやく静かに、・・・おろおろとし始めたのだった。
―――――ケイジは、むしゃくしゃした気持ちでずんずん村の中を歩いていた。
もやもやした気持ちは何がか、いくらでも湧いてくる・・気に入らないのが、世の中には気に入らないことはたくさんあるが―――――その進行方向上にある、視界には入っていたその家畜の柵の上の姿たちへ目を留める、腰掛けていたようなメレキを見つけた。
それ以外に、メレキは誰か同じくらいの背丈の、服装からして女の子の友達といたようだ。
その子もメレキも、ケイジを見つけていたようでこっちを見ていたが、ケイジが気が付いたときに、メレキが柵を降りてぱたぱたと小走りに駆け寄ってきた。
目の前で立ち止まって、ケイジは立ち止まってメレキを・・・。
「あの、さっきはすいませんでした。」
「・・・何を謝ってんだ?」
「・・さっき、変な事言って、邪魔しちゃったみたいだから・・」
「・・お前は悪くないぞ」
「・・はい・・・、でも・・機嫌、悪そう・・」
「あぁ゛?」
「ご、ごめんなさい」
「・・・・・・はぁ、・・ちげえ、ちげえ」
「・・はい・・?」
「別にお前の事じゃないから」
「そう、ですか・・?」
「あぁ、・・・はぁ」
ケイジは頭をがりがりと掻く。
それから、びしっとメレキを指差して。
「別にお前の所為じゃないからな。」
「はぁ・・・」
あまり納得のいってない様子のメレキではあったが。
ケイジは大きく溜め息をついた後、顔を上げて辺りを見回す。
柵の傍にいた・・もう1人の女の子か。
「あれ友達か?」
「あ、はい。ダメだよ、って言われて・・・」
「・・そか。」
・・・ケイジはそして、柵で囲まれた中にいる羊で視線を止めた。
「・・・ここは羊なんだな」
「いえ、山羊です。」
ケイジはヒツジと山羊の見分けなどつかないが、はっきりと否定されたからか、何故か少し清々しい気分になった。
恥ずかしさも少しはあるが、やっぱり知らないもんは知らんから、どうしようもない。
「・・や、山羊な、あれ食べたりすんの?」
「いえ、あ、はい、食べる時もあるけど、普段はお乳をもらうんです」
「ミルクか」
「そうです。飲みます?」
「いま?飲めるの?」
「はいっ、こっちこっち」
メレキが手を振って呼ぶ方へ、ケイジは軽く溜め息をついて、苦笑い交じりに追いかけた。
――――なんだ、俺だけ仲間はずれな気分」
近くの家屋の壁に背中を預けながら、日陰で2人のやり取りを遠目に見ていたガイだ。
彼はそう誰にでもなく苦笑いで小さく愚痴ると、空を見上げ・・・、そのまま快晴の空を見上げている事にした。
「ジョッサさんに会いに行こうかな?」
と、ぼそっと言ったけども。
・・・まあ、その前にミリアの顔が思い浮かんでた。
―――――大丈夫?」
静かな部屋の中で、リースがそう・・・。
「・・うん」
ベッドの上に座るミリアと、リースは自分のベッドの上でミリアを見つめていた。
ちょうど隣でもない、対角にあるお互いのベッドだけれど。
さっきよりはいくぶん、ミリアの感情は落ち着いてきた様だった。
それから、ミリアは静かにその口を開こうともしていて・・・。
「・・えっとね・・その・・・私は、」
ミリアが、なにか言いかけて・・・。
「・・・なんか、・・・。」
言いかけて、止めるけれど・・・。
「・・・ダメだったかな・・・、私の・・・・、・・・」
リースへ、伝える言葉は・・俯く。
自嘲気味に見える笑みを、ミリアは・・・。
それでも、冷静なリースの声は、静かな室内でミリアの耳へ届く。
「ダメ、かはわからないけど、当然の事を言ったと思う、隊長は。ケイジが怒ったのは、・・不可解・・一理あるっぽいけど。」
「・・一理あるのかな・・・?」
「たぶん?常識の範囲内で?」
「・・・・、」
「ケイジは難解すぎる。いつも。」
リースの声は柔らかく。
「説明されなきゃ、わからない。」
それは、ミリアには優しかった。
「・・・そっか」
それが、ミリアには・・・未だ微妙に入っていた肩の力を抜くきっかけを与えてくれる・・・。
―――――生暖かくて乳臭い山羊のミルクは、独特の臭いとコクがある。
「どうですか?」
「・・あー・・・」
「気持ち悪いですか?」
「・・・」
コップの白い液体を見つめるケイジは、黙ってうなずく。
たぶん既に顔に出ている、メレキにはバレているだろう。
メレキはいたずらっ子の様に笑ってた。
「全部飲めます?」
「無理だ」
即答してたケイジだ。
「ふふっ」
可笑しそうなメレキが手を差し出したので、ケイジがコップを手渡したら、メレキはそれへ口を、・・・近づけて・・くんくん、乳の臭いを嗅いでみたみたいだった。
一瞬、飲むのかと思ってどきっとしたケイジだが、まあ恥ずかしい勘違いだったみたいで、メレキと目が合ったらケイジは顔を逸らしてた。
「キラエロさん、ありがとーございます」
「おうー」
メレキはコップをそこに置いてて。
「おや、飲めなかったか?」
「すいません」
「うん、まあ仕方ねぇ。」
って、言ったと思ったらそのおじさんがコップを持って、ぐびーっと一杯飲みほした。
ケイジは・・・いや、いいんだが、そのワイルドなおっさんは悪くないんだが、なんだか気持ちがそんなの見たくないと言っていたので、逆の向こうを振り返ってた。
自分の飲みかけの破壊力はヤバイ。
かなり勇気を出して、初めて舐めてみたんだが。
と、そこで遠巻きに女の子らしい2人がフードを目深にした、メレキと同じ年頃か、こっちを見ていた子と一瞬目が合ったかもしれない。
すぐ顔を逸らされたが。
「ちょっと山羊見てくるね?」
「おうよ。イタズラすんなよ」
「子供じゃないから」
笑うおじさんとメレキだ。
「こっち、」
歩き出すメレキに連れられて、ケイジは歩き出していた。
「山羊とか牛ってエサによってもミルクの味も変わるらしくて」
「へー」
「ドームから輸入したエサを使ってるのに、それでいろいろやってるけど、美味しかったり美味しくなかったりするんです」
「・・・へー」
まあ、環境の厳しい村だからかもしれない。
安定して美味いってのは難しいんだろうな、たぶん。
「美味しくなかったらチーズが多めに出来上がったりして、」
メレキが村の裏事情を教えてくれる。
まあ、それはそれで心地いい、メレキがその声で話してくるのは。
「散歩にいい時間だね」
って、そこで農具の作業をしていた女の人に声をかけられた。
「そうですね」
メレキがにこやかに返事をしてた。
村をメレキと歩くケイジは、1人呟く。
「知らない人から用も無いのに声をかけられるってのは変な感じだな」
「え、なんですか?」
「いや、何でも」
今は、メレキが一緒にいるから近くを通る人が声を掛けやすいのかもしれないのだが、時折ケイジ1人でも声を掛けられる。
『よ、散歩かい、』なんて。
その度にケイジはなんて返せばいいのか、わからないのだが。
知り合いじゃないのに街で声かけられるなんて、ドームではまずあり得ない習慣だ。
「そういや、友達か?」
メレキからも離れた後ろで追って歩いてきてる少女2人はこそこそ、フードを目深に被って、顔もよく見えないが。
「あ、はい。」
メレキは、苦笑いをしていた。
まあ、あれは怖がってるのかもしれないが。
「モミェ ルホトァー?」
あっちに声をかけるメレキは。
ぷるぷる首を横に振る彼女たちなので、ケイジに苦笑いを向けてた。
ケイジでも、メレキに通訳されなくても彼女たちが嫌がったのはわかった。
あんなに怖がることないと思うんだけどなぁ、ってケイジは思ってはいたが。
逆に、メレキが変わってるのかもしれない、と少しメレキの少し楽しそうな横顔を見ていた。
というか、さっきから臭いが強くなるにつれ近づくその建物、メレキに連れられた厩舎の中の柵には、山羊が沢山いた。
そして、柵の外のメレキを見つけた途端に、何匹かがメレキに集まってきた。
それを楽しそうに、メレキは鼻をつついたり頭を撫でたりしている。
「山羊ねぇ」
「なんですか?」
結構な地獄耳らしい、小さく呟いただけのつもりだったのだが。
「実物見るのは初めてだな」
「あ、そうなんですか?可愛いでしょ」
「うーん・・まぁ」
動物は臭いと聞いていて、その通り、鼻をつく・・動物の異臭というしかない臭い。
当の山羊を見ても、まあ、可愛いといえば可愛いって言えなくもない。
が、やっぱり変な顔だ。
「変な顔してる」
「あはは」
メレキは何故かケイジの答えに笑った。
・・・まあ、ペットで飼うとかなら見たことあるんだが。
「・・・なぁ、一つ気になるんだけど」
「はい?」
「ぁあ・・こいつら動物ってさ、山羊でも、可愛いって言うよな」
「可愛いですよ?」
「でもこいつらを喰うんだよな?」
「・・はい。」
「そういうの、どう思ってんだ?」
ケイジはメレキから、山羊の群れる方を見ていた。
「・・山羊は食べます、その時の山羊は御馳走ですから・・・」
暫く、2人は無言だった。
変な事言ったかと思い、ケイジはメレキの横顔を見るが、メレキは穏やかに微笑んでいて、山羊の背中を撫でている。
「えと・・ですね。可愛いです。そして、そのときは悲しいですよ、多分。昔、ちっちゃかった頃、わんわん泣きましたもん」
「・・はは、そりゃそうか」
「そして、また可愛いんです。美味しかったり、悲しかったり、そしてまた可愛い。そういうの、逆らえないって・・」
「ん」
「逆らわなくていい、って。父に教えてもらいました」
「・・・?」
「逆らえないものがあるんだって。逆らわなくていい、って。心に在れって。」
「・・逆らえない、か」
「そうです、だから、可愛いけど、食べて、忘れないようにして」
「・・ふーん」
「絶対に、元気に生きていくんです。・・そんなこと考えながら食べる時が、ふとあったら、やっぱり変な感じなんですけどね」
困ったような顔で笑うメレキだ。
そしてもう1匹、今度は子山羊が寄ってきた。
「でも、やっぱり、可愛いんです」
メレキは手を伸ばして、その子山羊の鼻をおでこを優しく撫でる。
にこにこ、その笑顔は可愛いものを見ている清新な笑顔だった。
「ふーん。そういうもんか・・」
「それって、私が思った事なんですけど・・、変ですか?」
あはは、と照れたように山羊に向かって笑うメレキ。
「・・いいんじゃないか、と思う」
「そうですか?あなたは・・・」
「ん-・・・」
ケイジは少し考えているようだった。
それから、山羊を見つめているまま、ケイジは口を開いた。
「俺な、山羊を殺したことがないんだよな。」
そう・・・。
「で、どんなもんか、って思ったんだ。」
メレキはちょっとケイジを見上げ、ケイジと数瞬か、それとも数秒間か、見詰め合った。
・・ケイジが、口端を上げて見せていた。
メレキは・・・笑って。
それから、花が咲いたような満面の笑顔になった。
山羊の鼻を右人差し指でつんつんと、つつくメレキ。
「・・ね、」
そう話しかけて、山羊に触れている穏やかな笑みを浮かべるメレキを、・・・見ているケイジも、知らずに穏やかな笑みを湛えていた。
ガイが小屋の、部屋の中をドアの隙間から覗き込めば、ミリアとリースが何かを静かに話していたようだった。
それもガイの登場によって、気づいて止まったようだが。
そこは狭い部屋で、ドアを開ければすぐ気づかれるのだ。
「落ち着いたようだな、よかった」
ガイはドアを閉めつつ声をかければ、ミリアは少し気まずそうな表情で、頬を持ち上げてはいた。
ガイはミリアからちょっと目を逸らされたが。
「仕事を押し付け過ぎちまったな。悪かった」
ガイがそうミリアへ言ったのは・・・メレキへの苦言を言ってるんだと思う。
「・・隊長だもん・・・」
ミリアの紅い頬はまだ膨らみ気味のようだが。
「確かにな。でも、あんまり気を張らなくていいよ」
ガイはそう・・・。
「副隊長は俺だからな。」
・・俯いたミリアはまた、頬が膨らんだみたいだったけど。
「なんかあったら頼れよ?・・リースもなんか話したのか?」
「べつに?」
リースは相変わらずマイペースだ。
下手すれば本当に何も話してない可能性もあるが・・・ミリアが落ち着いたならそれでいいか。
「そうか。気晴らしに外出るか」
「・・うん。」
立ち上がるミリアは。
「いろいろチェックしないといけないし」
まだ仕事の事を考えているようなミリアに、ガイは嘆息交じりに苦笑いしてた。
「ま、そうだな。」
リースもミリアを追ってドアの外へ歩いていく。
ガイはその横顔を見て・・・、少しだけ、ほんの僅かな違和感に捉われた・・・。
なんでか、あのとき、リースに任せた方がいいと、それが自然だと思ったみたいだ。
それはなんでだ・・・?と自分でも不思議に思ったが。
そんなに、女の子の心の機微に聡いヤツだとは思わないが、いつも眠そうだし。
・・まあ、逆にマイペースなヤツだから良かったのかもしれないな。
ミリアは落ち着いたんだ、それでいい。
そう納得して、ガイも2人の後を追って外へ出て行った。
外でちょっと、伸びをしていたような、新鮮な空気を深呼吸しようとしているミリアみたいで。
「ああ、ケイジも大丈夫そうだったぞ、」
って、ガイが話しかけると、ミリアがわかりやすいくらいに眉根を寄せて、『あいつ嫌い』って口にしそうなくらいの顔になったのを。
ガイは、苦笑いして首を軽く振るしかなかったが。
村を歩く3人は、しかし、村中を数歩も歩かない内に異変に気が付いていた。
村の数人が忙しなく動いているような気がしていた。
歩いていても、前日のようにのんびり過ごす人の姿を見かけない。
ミリアは口を開きかけたが、傍の2人、ガイとリースにかける言葉がすぐに見つからなかった。
余計な不安を煽るかもしれなくて。
そこの、話を切り上げてどこかへ歩き出す男の人がこちらへ気づき、小さな会釈をし、そのまま行ってしまう。
「何かあったみたいだな・・・?・・」
ガイがそう言っていた。
ガイは・・・さっき外から部屋まで戻ってきたときも、その村の様子が目に入っていた、とミリアは思う。
敢えて伝えなかったのは、私への気遣いだったのかもしれない・・・。
わからないけど、ただそれよりも、今は周囲の状況を調べる必要がある。
リースもガイも周囲を見回していた。
Cross Handerらしき人達が10人ほど、村の中をまとまって歩いているのは初めて見た。
ビィーっ・・!と、急に腰の無線機が鳴っていた・・・アシャカに手渡された旧式のやつだ。
「ミリアです。」
ミリアが応答すると。
『緊急だ。村長宅まで来てくれ』
アシャカが短く伝える声は落ち着いていた。
ミリアはガイとリースに目で合図して、マダック村長宅へ向けて駆ける。
村は緊迫し始めていた。
「どうにか困った事になってるらしい」
ミリアたち3人が村長宅に着き、扉を潜った直後にアシャカにかけられた第一声は要領を得なかった。
「何ですか・・?」
ミリアは訝しむ様子で聞き返す。
「130人、この数、どう思う?」
「130人・・?数、としては、えぇと・・軍部では一個中隊規模に当たりますが、・・・戦闘での話ですか?・・えっ・・・!?」
「察しが良くて助かる。貴方が想像したとおり、130人、今回この村を襲撃する人数がわかった。恐らく間違いないだろう。130だ。」
アシャカは村長宅の食卓テーブルに置かれたボードに地図など情報を描き込んでいた。
既にマダック村長や賢き役の人たちが集まって来ていて、Cross Handerのダーナトゥから状況説明を受けていたようだ。
ただ、130人という数、もし、全員がライフルを所持する戦力ならば・・・この村の制圧など1時間も掛からないだろう・・虐殺・・・いや・・・そんな装備を持ってるわけはない。
現実的に考えて・・・。
ないだろうけど――――
「―――そんな・・、そんな大規模な野盗集団聞いたことありませんよ・・。そんな大きな集団が手配にもリストにも載らないで・・・、あったとしても大きすぎてすぐ警備に駆逐される・・・はず、・・・連合・・・6集団ぐらいが手を組んだ・・?」
「それなら合点がいく」
アシャカが頷いていた。
本当に、彼らの中では130人という人数が確定している、のか・・・?
「けれど、そんな大規模な・・犯罪、ドームだと大きな事件として取り扱われるレベルかも・・」
なぜ彼らはその数字を投げかけて・・・?いや、それよりも・・その情報、全部が確定しているのか・・・?。
でも・・・補外区に一夜にして、どこからともなく130人のディッグが現れ村を襲撃するなんて報告、荒唐無稽すぎる。
本部へ報告してもすぐには動かない・・んじゃないか・・・?
証拠提出なしにもし万が一動いたとしても、130の規模と対抗するにはドームからの応援も相応の戦力になってしまうし、準備だけでも時間がかかる。
しかも来なかった場合、『間違えました、ごめんなさい』だけでは済まない。
リリー・スピアーズ管轄内でもディッグが補外区や管理施設で暴れる事件はあるにはあるが、せいぜい無法者などが徒党を組んだ十数名ぐらいで、大抵は逮捕もしくは無力化されましたというニュースを終わってから聞くくらいだ。
「事件か、・・俺たちにはこれから起こる悪夢になるともしれんがな」
・・ディッグの問題は、抜本的な解決ができていない問題でもある。
誰でも補外区で何の援助もなく生きるのは無理だ。
だから、ディッグは放棄された遺跡を根城にしたり、何かしらの物資調達ルートを持って生活しているのが普通だ。
リリー・スピアーズの補外区ではあまり聞かないが、他ドーム管轄の補外区では村単位による物資横流しなどの例も聞く。
治安が悪い地域では頻繁に戦闘も起きているようだ。
でも、今回の件をその線で疑うには突拍子が無いとは思う・・・思うけど・・。
「・・・」
「すまん、今のは忘れてくれ。それでだ、その人数に対して、こちらも一応の手を打つつもりだ。Cross Handerの戦闘員は40。少なすぎる。よって、村での若者、戦える者を駆り出すことにした。」
「民間人を・・?」
「・・ああ、ドームでは考え方が違うのだったな。そんなものの区別はつけられない。ここはこういう土地だ。」
緊急事態か・・・戦える者が戦わないわけにはいかない。
「・・はい、」
そもそも、Cross Handerという集団も傭兵の位置づけになるのだろうが、民間団体とはすれすれの存在か。
戦える者が意志を示す、ここではそれが戦闘員と非戦闘員の区別になる、と理解した方が良いか。
「言い方が悪かった。他意は無い。民間人という言葉、ドームから来る連中が時々口にする言葉だからな、気になったんだ。話を戻そう。」
アシャカは一度深く呼吸をした・・・。
「村の方から銃を撃てる者を駆り出す事で、戦闘員は80人程度にはなる。ただ、そいつらは射撃の練習をした事があるというだけで、そのうち射撃戦を経験した者に限ると・・30程度には落ちるがな。これをどう思う」
「・・練習は、定期的に行っているんですか?」
「半年に3回程度、蓄えが余分になったものを使う」
定期的にドームから補給を受けているので、余分な物資を調整しているのだろう。
訓練量は足りなさすぎる、が、ライフルなら狙いをつけて撃てて、標的に当てられるなら問題はない。
身体の一部に弾丸が1発当たりさえすれば、人間は無力化できる。
ただ、緊迫した実戦・状況で平常通りに当てられるかが問題である。
訓練で克服すべきことがきっと足りていないだろう。
この時点で私たちが敵より優れているのは、防衛拠点を整えているということだけか・・・。
「・・重要地点、適所に人員を配置すれば、撃退もしくは防衛戦は可能だと思います。」
あくまで希望的観測の入った模範解答であると、自分でも思う。
「イメージはもう既にできているようだな・・・」
「だ、大丈夫なのか?」
マダック村長が尋ねてきた・・不安が付きまとうのはいつだって誰だって同じか。
「マディ、わかっている。では、具体的な話をしていこう。人員の配置を詰めていこうか、なぁ、ダーナ」
「・・今回、彼女の意見も聞いていこう」
ダーナトゥがミリアへ送る目線を受けて、反射的に頷きかけるミリアは・・・微かな疑問が浮かぶ。
「はっは、言っておくが拗ねるなよ、お前はCross Handerのナンバーワンに次ぐ、ナンバーツーなんだからな」
ダーナトゥをなぜかフォローしてるらしいアシャカに、めんどくさい、とでも言いたげなダーナトゥは目を瞑ってた。
「一つ、聞いていいですか?」
「なんだ、ミリア殿」
「同じ質問を繰り返しますが、130という情報元の開示をする気はありませんか?」
「・・すまないな。言えないのだ。ミリア殿。貴方方には悪いと思ってはいる。」
「・・わかりました。ですが、我々ができる範囲を先に伝えおきます。1つ、本部にはこの状況を伝えておきます。きっと彼らは信頼のおけない情報に踊らされないでしょう。1つ、現場にいる我々は作戦への助言はできます。ですが、戦闘への参加に義務はありません。戦闘が始まってから、本部からの命令が下れば別ですが。あ、もう一つ、武器の供与などもできません。この3つです。」
「ふ、頼む。貴方らは正直者で助かる。それで、俺も率直に聞こう。村には留まっていてくれるか?」
留まることのメリットは、私たちにはほぼ無い、恩返しをするなどそのつもりならまた別の次元の話になる。
それで推測できる彼らにとってのメリットは、私たちを巻き込めること、ドームからの応援も速くなることを踏まえている。
デメリットは、当然、全滅の可能性があることだ。
敵の戦力の詳細は不明、人数は強大、この2つの情報だけなら距離を取って撤退すべきだと、軍の教官なら教えるだろう。
「・・・状況は見ます。状況は見ますが、私がどこかのタイミングで本部への報告を終えた後、戦闘のために留まる義務は無くなると思っていてください。」
「了解した」
「それはちょっと、」
賢き役のだれか、声を漏らしていた。
「いやしかし、わかってはいるんだが、わかっては・・若い子たちを、村に関係のない人たちを巻き込むのは、よくないとは・・・」
彼は、傍の人に窘《たしな》められていた・・・窘《たしな》める同じ賢き役の彼女も、彼と同じような表情をしていた。
『俺らは生き残るのに必死なんだ。』
そう、大きな声、堂々とした部屋の中いっぱいに放たれたようなアシャカの声。
ミリアの傍で、アシャカはそう笑っていた・・。
だから、ミリアは息を吸った。
「そうですね。」
アシャカを見つめ返して。
「よぉし、話はまとまった!さて、こちらも準備を整え次第、迎撃する!その手筈を相談するとしようぜ!ブルーレイクは簡単には落とさせやしねぇ!昔からもだ!これからもだ!」
続く作戦会議は終盤にかかると、そろそろお昼の用意ができるとの声が通って。
「テーブルの上を片付けなー!」
台所からおばさんたちの威勢のいい声に、会議中のみんなは顔を上げていた。
「いや作戦会議中だぞ!?」
アシャカさんが一番最初に大声を出してた。
「できたんだから食えばいいさね!」
「いや真面目な話をしてるんだよ!」
「食いながらでもできるだろう、アシャカ!」
「ちくしょう!」
「汚い言葉を使うんじゃないよ!」
なんか、アシャカさんより強そうなおばさんがいる、とミリアは瞬いて見てたけど。
マダック村長を振り返ったら、苦笑いの彼はそれに気づいて肩をすくめて。
隣のガイを見上げれば、目が合ったガイはこちらへ肩をすくめたようだった。
「まあまあ、食べましょうか。腹も減ったでしょうから、」
「そうですね」
「はぁったく、ダーナ、連中に準備連絡を入れておいてくれ」
「メシの時間が遅くなりそうだな。」
「お前もかよ」
「あいつらがゴネそうだ」
ダーナトゥさんの返答に、アシャカさんが肩をすくめてた。
「こいつらが食いしん坊なんだって言っとけ」
村長さんたちはすっかり食卓の準備を受け入れて準備を手伝っている。
リースやガイもその光景を目で追っている。
まあ、ミリアも正直に言うなら、会議途中から良い匂いがしていて気になっていた。
「ミリア殿、作戦は大体決まったな。切り上げるか」
「はい」
当面の作戦の大枠は決まった、あとは部外者の私の口出しは不要だろう。
なので、これから腹ごしらえをしよう。
周りを見れば、会議を解散した彼らは思い思いに立ち上がったり、テーブルへ運ばれてくる料理に笑顔をこぼしていた。
食事の用意が全部できるまで、家の軒先に出たミリアも伸びをして、少し固まった身体をほぐす。
ここから見える村の様子はさっきよりも落ち着いているようだ。
これから、色々な準備が始まる。
―――大体の作戦は決まった。
必要な準備、戦力の配置、非戦闘員の避難場所や当日の作戦の流れに戦術パターン、輜重の確認、想定される敵の戦力、侵入ルート、用いられる戦術、全て網羅して頭に叩き込む。
敵性勢力の戦力が想定を外れないなら、実戦へのシミュレートはそれなりにできていた。
・・・あとは。
・・・・私たちが・・――――。
「ミリア殿、」
ミリアがダーナトゥに呼び止められた。
「ん、はい。」
「謝ることがある。」
って・・・。
彼はその黒い瞳で真っ直ぐに見つめてきている。
その重々しい気配を感じてミリアは口を閉じる。
「子供が礼儀を欠いたようだ。気分を悪くさせたろう、謝る。すまん。」
「子供・・?」
「メレキだ。無理を要求したそうだな」
・・あの女の子、メレキのことか・・・。
応援を呼んでくれと言われて、断った件だ・・・。
「いえ、その、あれは私が無神経な言い方をして・・・」
彼女は真剣だった。
だから、私もはっきり言った方が良いと思った、けど・・・彼女を傷つけたかもしれない・・。
「話は聞いた。メレキが悪い。」
そうダーナトゥさんは。
「メレキは戦士ではない。戦士の判断に従わないのなら、それはメレキがまだ子供だということだ。」
彼らの哲学だろうか・・・プライドなのか。
「彼女の言い分も、わかりますから・・、」
村の心配を、親しい人たちへの心配をするのは誰だって当然で、メレキさんだって・・・。
「戦士への礼儀を欠いたのはメレキだ。貴方はメレキに、我らに許しを与えてほしい。」
独特な言い方だけれど。
よくわからない部分もあるけれど。
彼らは独特な考え方をする。
・・・素直に従った方が良い気がする。
私が、彼女を許さない理由はないのだから。
「許します。」
「感謝する。」
ダーナトゥさんが言うのは、それだけだ・・・まるで、儀式のようなやり取りだ。
・・そう、私を見つめていたダーナトゥさんが、口をまた開いた。
「ここは人間には厳しい場所だ。生きるための物資も無ければ食事も下手すれば食えない時期もある。約束は命を繋ぐ。」
静かな低い声だった・・・。
「君らには感謝する。約束は覆さない。規定の通りでいい。我々が結んだ対等なルールだ。」
―――ちらつく、『彼ら』の屈託のない笑顔。
・・・それは、たぶん・・私が・・・―――
「・・・はい。」
―――――裏切らない、って・・・―――――
ミリアは、また少しだけ、目頭が熱くなるのを感じていて。
「話は終わったか?」
って、アシャカさんが、後ろからひょっこり顔を出していた。
「・・代わりに謝罪を伝えておいた。」
「おう。かたっくるしいのは性に合わん!っはっはっは」
というか、アシャカさんがリーダーのはずだけれど、まるでリーダーのような風格のダーナトゥさんだから忘れてた。
アシャカさんは、嫌な事は部下に押し付けるタイプだと思う。
「まぁ、子供が心配する気持ちもわかるさ」
って、アシャカさんは言ってたけど。
そういえば、メレキさんが私たちが泊っている部屋に来た時、他には誰もいなかったはずだ。
「そういえば。その話は誰から聞いたんですか・・・?」
「メレキだ。」
ダーナトゥさんが教えてくれたけど。
「彼女が自分から・・?どうして?」
秘密にすればいいのに、怒られるなら・・・。
「・・罪は告白しなければいけない。そして、許されなければならない。穢れた人に精霊は宿らない。」
コァン・・・精霊だっけ、彼らの文化による考え方か。
特殊な考え方はよくわからないけれど。
精霊が宿ることが、大切なことらしい。
そう考えると、あの子、メレキさんも敬虔な信仰者なんだろうか。
ここの村の人たちもそうなのか・・・どうなんだろう。
特殊な話し方をする人と、そうじゃない人もいるみたいだし。
「そろそろ昼ご飯だよ、手ぇ洗ってきな」
「おう」
おばさんに言われるアシャカさんが家に戻ってく、なんか、子供みたいな扱いに見えてきた。
「さーてメシだー」
大きな声のアシャカさんで、私はちょっと、ダーナトゥさんと目が合って。
ちょっと、ダーナトゥさんは少しだけ笑ったような、だった。
「他のもう1人の方もお呼びしてこい」
と、いつの間にかそこにいたマダック村長がお手伝いの女の人に声を掛けている。
そういえばケイジがいなかった。
「あ、大丈夫ですよ。私が呼びます」
ミリアが村長にそう言って女の人を制して、耳元に手を当てて、装備している小型無線機のスイッチを切り替える。
いや、知ってはいたんだけれど。
どうせ作戦の話をしてても邪魔なだけだし。
「さっき俺が呼んどいた」
ってガイが言っていたが。
「お、アシャカもダーナも、酒はいるかい?」
「さすがによしとくやい」
「はっはっは、」
周りの人の話も大きくて、ミリアはもう通信を開いていた。
『んぁ?なんだ?』
「ケイジ、お昼ご飯、村長さんの所に来て」
一応念のため、もう一度ケイジに呼びかけておいてもいいだろう。
『おう』
ケイジの返事は数秒で返ってきた。
それを聞いてミリアは思い出したのだが、そういえばさっきなんだかケンカしたような感じで別れたんだっけ。
まぁ・・・ケイジの声も普段どおりだったし。
なんか、大丈夫そうだ。
ちらりとリースを見ると、料理が運ばれてくるテーブルの上を見ていた視線が、ミリアの視線に気付きこちらを向く。
そして不思議そうな視線を向けるだけだった。
みんなお腹空いてるみたいだ。
そして、自分もお腹が空いていて、テーブルのサンドイッチやスープとかに手を伸ばしかけたけど。
村の人たちがお祈りを始めたその言葉を聞いて、ぴたりと止まるミリアも、リースもガイも少し待つ。
・・その間、よく見てると、村の人たちとアシャカさんたちは違うお祈りをしているみたいだった。
って、ドアを開けて急に入ってきたケイジが早速、そのテーブルの空いてる椅子に着いて、サンドイッチを掴んで被りついていた。
「ちょっとケイジ、」
「はむぁん??」
きょとんとするケイジがサンドイッチを頬張ってる。
ミリアは、睨んでいるような目だったけど、ぷいっと顔を逸らしてた。
「まだ食べないで。」
「ふぁんん?」
ケイジが不可解そうな、眉を寄せてミリアへ睨むようだったけれど。
「ああいいんですよ、どうぞどうぞ、」
ちょうどお祈りが終わったのかもしれないけど、村長さんたちは笑顔でマナーが悪いのを許してくれる。
そう言われると、口を閉じるしかないミリアだ。
ケイジが普段どおりに、美味しそうなパンを齧って、芋と野菜のスープを食べていたのを横目にジト目で見てたけど。
「どうぞどうぞ、みなさんも、さあ美味しいよー」
給仕のお姉さんに言われて。
みんなが食べ始めるのを見て、ミリアも手を伸ばしてた。
「よ、楽しかったか?」
「ん、べつに?」
サンドイッチを頬張るガイとケイジが話してる。
・・ほんと、まあいいか、とそんなケイジたちの様子に対して思いながら。
クリームチーズを塗ったパンを1つ齧り、その芳醇な味わいにミリアは少し驚いてパンを齧った跡を見つめて咀嚼《そしゃく》してた。
「うぉ、なんだ。変な虫だ。虫!」
と、ケイジが農園の中で砂と黄色が混ざったような色をしたぴょんぴょんと跳ねる虫を見つけて、指差し興奮していて、ふと、こんなんでいいのかなという気持ちが無性に湧いたミリアだけれど。
お昼ご飯を頂いた後、ミリア達4人はそのまま崖側の日陰が多い場所に駐車している軽装甲車に寄って。
搭載された通信設備でこれまでの経緯を警備部の本部へ報告して、それから宿への帰途についているのだが。
会話した警備部のオペレーターの反応は芳しくないというか、一笑に伏されたような感じだった。
とりあえず報告は上の方へ伝えられていると思うのだが。
そりゃまあ、急に突拍子の無い話をされた彼らが、笑いをこらえる義理は無いだろうけれど。
でも、いまミリア達が歩いている間も、村の中の光景は静かな慌ただしさが覗えるほど、動いている人の姿が見られる。
昨日まではひなびた様子で、ほとんど見かけなかったような人達が今はいて。
変わらずのんびり過ごしている人たちに、小さいけど、異常を感じる。
でも、村の方の諸事はCross Handerのアシャカさんたちが責任者なので、実際に自分たちはやれることがほとんど無くなる。
このままぶらついていても、村の人たちからの視線もあるだろうし、良い感情を持たれないかもしれないし・・・。
・・・ま、あの小さな飛び跳ねる虫に夢中なケイジの能天気な顔を見てると、さっき決まった作戦概要を今伝えても、どうせすぐまたキレそうだ。
いつ伝えるのがいいのか、ちょっと考えもしたけど、リースとかにそれとなく・・・いや、ガイからのがいいか。
まあ、気に入らないことがあれば絶対従いたくないタイプだろう、ケイジって。
軍部じゃないんだから、そういう人も許容されるのは当たり前なんだけど。
・・・またキレる、か。
「違う虫もいるぞ!」
って、ケイジがあっちで興奮していて。
「なんだよ、そんな驚くもんか?」
ガイたちも、つい足を向けて覗きに行ったみたいだ。
まあ、ドームの方じゃ見かけない昆虫もたくさんいるんだろうけど。
「ほらあれ、あれだよ。あれ?どこ行った?」
「すばしっこいな、色が溶けこんで・・、」
彼らのはしゃぐ様子を見守っててミリアは・・・さっきのミーティングの事を思い出していた。
アシャカさんたちの様子、マダック村長たちの顔・・・・ジョッサさんたち、村の人たちの顔・・・心配そうな顔も見せていた。
――――彼らは、生き残ることに真剣で。
意地汚さに見えてしまう部分が、少し見え隠れしちゃうくらいに―――――
ただ、彼らは自分たちが、できることをやろうとしているだけだ―――――――
―――――私たちは・・・?
――――・・私たちは・・・――――
・・ちらりと、ミリアは隣に立つリースを見たら。
リースが気が付いたように、ミリアを見返してきた。
――――そして、足元を見つめるミリアは、眉を僅かに寄せた。
ベッドの上でミリアは、両足を組んで座る。
「ちょっと集まって。」
その声に気が付いた小屋の中のケイジ達、彼らは各々の過ごしていた事を止めて、振り返る。
ボロの仮住まいの部屋、各自のベッドの上だけがプライベートのスペースで、座り直すみんなの注目を集めたミリアは、見回して問う。
「先ほど決まった作戦の概要を踏まえて。このままいけば、私たちは戦闘が始まったら安全な場所で、一旦は防備の役を担うことになります。
西側に崖があるでしょ?
あの辺にいくつか洞穴があって、そこを非戦闘員の隠れ場所にいつもしているから、その周辺に留まり守ることになります。
もちろん、運が良ければ私たちは戦闘はせずにやり過ごせるかもしれません。
あ、今から話すことは先ほど決まった通り、村の人たちが想定している敵がやってくるという前提で話します。」
ミリアはそこで、一呼吸置いた。
「それってよ、村を放っておくって話か?」
ケイジがそう、ケイジなりに考えたらしい、当然の疑問を返してくる。
「少し違う。『私たちが加勢をしない』だけ。
ブルーレイクの人たちはCross Handerを中心に応戦する。
彼らの手腕はそれなりに高いと思う。
そして、今までもこういう経験はしてきてるはず。
今回の強い警戒は、想定した敵の数が多すぎるのが問題で、もしかすれば予想が外れて上手く事が運ぶかもしれない、というのが重要な要素《ファクター》。」
「ん?だから、俺らが加勢をしないで、村がヤバいことになるってんだろ?同じことじゃねぇか。」
イライラし始めているケイジなのは見ていても、声だけでもわかる。
「最後まで聞いて。」
ミリアははっきりとケイジに、それに、他の2人、リースとガイにも伝えた。
頭の中でまとまっている事を、その数瞬で、一旦確認して。
「正直、私が指揮官の立場で話をするなら、情報の揃っていない戦闘は避けたい。
全滅をしてはいけないと思っているから。
それでも聞いておきます。
隊員のみんなへ、戦闘に参加したい?それとも、このまま撤退したい?」
ミリアが、3人にそう伝えた。
彼らは、口は開かない。
そりゃそうだろう、簡単に答えられる話はしていない。
EAUである自分たちが、警備の仕事で巻き込まれるように危険にさらされるのだって、本当はおかしいのだから。
「はっきり言って、自由なんだよ。
報告書にはどんな風にも書ける状況なんだから。
戦いに出ても、もしかしたら叱られるかもしれない。
むしろ、褒められることはない。
私はそう思う。
いろんな違反に当たるか、だと思うから。
それでも、今はあなた達に問うてます。」
ミリアは、一旦そう、胸に息を吸い込んだ。
「命を懸ける?それとも、戦いを避ける?」
――――そう、命が掛かっている、という事をさっきから話していて、それは充分に伝わっている筈だから。
口を閉じているガイを、リースを、ケイジの顔を・・・ミリアは見回す。
「・・命令するんじゃないのかよ」
ケイジが少し皮肉っぽく、口の端をちょっと上げて言ってた。
だから、ミリアは表情を変えない。
「・・ケンカする気はない。ここは軍部じゃないもの。貴方《あなた》たちに命令して済むのなら、私は迷わず撤退を命ずるかもしれない。」
そう・・・。
「ここに残る必要が無いから。
問題は、命を懸けるかどうか。
私たちには具体的な命令は出ていない。
あるのは平和と秩序を守るという義務だけ。
だから私はあなた達に問うの。
戦いたい?
それとも、逃げる?」
『・・・』
「言っとくけど、戦わないと言ったとしても、私は責めたりバカにしたりはしない。
誰だって普通、そうする。
それが、客観的に見たら、尚更そうするはず。
合理的だと思ってるから。
わたしはね。」
って、ミリアが若干強めに強調した言葉は、ケイジへ当てつけたものかもしれない。
ミリアがその真っ直ぐな目で、1人1人を見回しても、その場の誰もが口を閉じていたが。
ケイジもガイも、それぞれの面持ちで、太々《ふてぶて》しくも見えるミリアの顔を見つめ返していた。
もう1人のリースは・・、まあ、いつものようにぼーっとしているようだったが。
・・暫く待っても口を開かないので。
「ガイ?」
ミリアが名指しで呼ぶ。
「・・・俺は後にしてくれ、」
少し考えているようにガイは言った。
「リースは、どう思う?」
「どちらでもいい。」
即答のリースだ。
・・ミリアも、ちょっと瞬いたように、ケイジも訝しんだように片眉を顰《ひそ》めてリースを見てる。
「重大な事だと思うんだが・・?」
ガイが口を開いていた。
「うん、」
リースは当然と言わんばかりに軽く頷いたが。
「・・・重大。逃げようと思うなら僕1人で逃げれる。」
それも、簡潔な安全策だ。
「でも、今の問題は・・」
って、リースは少し思案するように。
「合理的な選択をするか、感情的な選択をするかを決めようとしてるみたい。」
そう、リースはミリアを、ケイジを見た、その順番がそうなんだろう、きっと・・・合理的か、感情的かの選択。
「なら、どっちでもいいかな。」
って、リースは。
「『戦う』って言っても、ケイジは、いつもそんな感じだ。」
リースは褒めたのか褒めてないのかわからないが、ミリアが見るケイジは眉を寄せたまま口を尖らせたように、不満そうにリースを見返していた。
リースが感情を少し小突いたみたいだ。
それにリースは、どちらの選択でも自分は生き残る、と言っているようでもある。
それは、さすがというべきか。
「わかった。ケイジは?」
ミリアが問う、ケイジへ。
「俺は、」
ケイジは・・・。
「俺は、戦ってやってもいいぜ。」
って。
・・・・。
「・・・それだけ?」
ミリアが、訊ねたけど。
「・・・」
ケイジは口を閉じていた。
「理由は?」
「・・よくわかんねーが、そうするべきだと思う」
ケイジはそう、頭をガシガシ掻いてて・・。
ケイジって・・・。
・・・ミリアはため息を吐いてた。
「なんだよ」
「・・・ケイジって、単純だね」
「うっせぇ」
そこは怒るみたいだ。
それ以外に、言葉にできる言葉を持ち合わせていないミリアだけど。
「・・じゃあ、決まりっぽいな。」
ガイがあきらめたような響きに言ってた。
「『ミリア隊長』もどっちにしろ、腹は決めてんだろ?」
って、ガイは言う・・・。
ミリアは、口を閉じていたが。
もう一度、みんなを見回していた。
「俺は、お前の指示に従う。」
ガイが軽い声で伝える、その言葉の重みを。
「俺たちの指揮官だもんな。」
揃った――――。
彼らの意思へ返すため・・・、ミリアは口を開いた―――――。
周囲ではCross Handerの人たちが戦いの準備に動いている。
ミリア達4人が歩いて様子を見回す、昨日見た広場の様相が既に変わっていて、物資を運んだり、バリケードの制作準備や他の作業もあるらしくて、先ほど覗いた大型テントの中では弾薬の準備などもしていた。
その中には女性や子供もいて、作業を手伝っていた。
そんな様子を見回しながら、ミリア達4人はリーダーであるアシャカをようやく見つけ、その眼の前に立った。
「どうも、」
「おお、警備の。どうだい?しっかりした防衛準備ができてきてるだろう?」
「お話があります。」
ミリアが見据えるアシャカは、彼らを見据える目を返すように、何かを感じたようで口を閉じる。
「私たちは、もし戦闘になった場合に備えて、お手伝いできます。」
「・・・いいのか?」
聞き返すアシャカへ、ミリアは真っ直ぐに、微かに頷いた。
「元々、警備部というのはそういう仕事です。ですが、条件があります。」
「聞こう。だが、条件を飲む前に、1つ確認したい。」
「はい。」
「あなた方を巻き込んだら、ドームは動くと思うか?」
彼は率直に聞いてくる、本当に。
「動きます。少なくとも、私の権限内で正確に報告し、戦闘があれば救援を要請します。」
「わかった。突発的に何かがあっても、あなた方のフォローはできないぞ」
「わかってます。」
「ならば頼む。」
アシャカさんはあっさりと頷いた。
「こちらの条件はまだ言ってませんが?」
「ダーナと一緒にそれを聞く。なに、よほど無理な条件でなければ俺が良いって言ったんだ、守らせる。時間が必要な条件か?」
「いえ。こちらの部隊編成についての話で、」
「ならば後にしよう。会議前の時が良い、後で呼びに行く」
「了解です。」
あっさりと、拍子抜けする気持ちもあったけど、でも条件は飲んでくれそうな。
これである程度はやり易くなるかもしれない。
「作戦会議には今後も参加してくれ。」
「はい。」
「戦場で肩を並べるってことは、俺らは協力し合う関係だな。必要なものがあれば言ってくれ。こちらかも必要な事は頼む。」
「できる範囲で協力します。それでは。」
「異変があればすぐ連絡するが、まだ『嫌な予感』は無い。」
「というと?」
「『まだ来ない』ということだ。だが、警戒はする。」
「わかりました。あ、あと、銃を貸してください」
「ああ。あそこで受け取ってくれ。俺の名前を出せばいい」
「どうも。」
向こうへ歩いていく4人は、それから武器を管理しているチャナフの方へ向かっていく。
そんな彼らを見ていたアシャカの傍に寄ってきたCross Handerのメンバーだ。
「・・彼らはなんて?」
「協力をしてもらう。共闘だ。『制約』は多そうだがな。あとでダーナに上手くやってもらおう。ダーナは今どこだ?」
「西の確認って言ってました。土嚢《どのう》増設するとかで」
「ふむ、戻って来てから話すか」
「彼ら、役に立つんですか?」
「わからん。」
「わからんって・・・」
「おいアシャカ、武器まで渡すんだよな?」
「だが、このブルーレイクまで来るぐらいの力量は持ち合わせているだろう。」
「そう、ですかね。」
「言ったらなんですけど、子供の集まりにしか見えませんよ・・・」
「はっはっは、俺も同じ意見だ。」
アシャカは豪快に彼らに笑っていた。
「だが、『救いは、『与えられる者』しか与えられん』。彼らは制服を着ている。ドームでは認められた戦士であるのは間違いない。不服か?」
「・・ま、アシャカさんが信じたのなら。わかってますよ。」
「ああ。これから大きな戦いが来る。決して『精霊《コァン》に惑わされるな』よ。」
「わかっている。」
彼らは持ち場に戻っていく。
あの少女ら4人は無事に話し終えたらしく、借り受けたアサルトライフルを肩に掛け、踵を返して戻っていく。
その後ろ姿からアシャカは高い所を見る・・・空のあるブルーレイクの景色、目を細め、村が変わっていく感覚を肌で感じ取るように。
そして、ゆったりと踵を返してまた自分のやるべきことを成すために歩いていく。
「なあ。」
村を歩くケイジがミリアを呼んでいた。
「武器、借りる必要があったか?車にもっと良いやつあるだろ?」
振り返ったミリアは、肩に提げたアサルトライフルのベルトを調節しているところだ。
ミリアの体のサイズに合わせると、だいぶ短くしているが、なんとか邪魔にならないようにできそうだ。
「弾薬はこっちので使わせてもらうつもりだから。どれだけ必要になるかわからないからね。」
「弾切れしたら終わりだな。」
そうフォローするように言うガイに、リースも銃の操作確認をまだ続けているようだ。
「ケイジは確認しないのか?」
「いやいいや、」
「安全装置の場所くらいは確認しとけ?」
ケイジは答えないが、とりあえず言われた通りにその肩に掛けたアサルトライフルを持ち上げてマジマジと見始めた。
「重いんだよなぁ・・・」
ぶつぶつ言っているようだが。
ミリアは言わないけれど、弾薬が原因の動作不良もあるし、戦闘中の弾詰まりの危険も考えられるから。
「本来は、警備部のものしか使っちゃいけない規則だけど。」
なるべく保証がある方を使いたいんだけど。
「リプクマの気遣いに今は感謝したい気持ちでいっぱいだな」
「そういうこと」
ガイの素直な表現にミリアも相槌をうっといた。
もともと、想定外の事態に備えてリプクマから軽装甲車『PE-105:モビディックIII』などの装備を支給されている。
軽装甲車内には様々な状況に対応するための装備品も積まれており、そして、それを使うのが『今』であるのは間違いない。
受け渡されたアサルトライフルは、EAUでは扱わない旧型の銃機種なので、さっきある程度レクチャーを受けたけれど、手に馴染ませるためには何度も操作を確認して身体に覚えさせた方がいいだろう。
軍務経験があるガイは扱ったことはあるそうだが、リースはたぶん初めてだろう。
リースはいつもだるそうなのに、今はちゃんと真面目にそのライフル銃をいじっているようだ。
私もたぶん大丈夫そうだ、昔レクチャーを受けたときのものと似ている。
ケイジは、・・・まあ、置いておこう。
どうせ、ケイジはあれだ、銃は期待できないし。
そもそも、銃にはもう興味ないみたいで、肩でぷらぷらさせたまま村の騒がしめの様子にきょろきょろしているケイジだ。
ミリアも、顔を前に向けて、夕日の差し掛かる村を歩いている。
・・・子供たちは、遊んで走り回っていない。
お年寄りものんびりと、手仕事をしながら子供たちを眺める・・そんな昨日見たような光景が、今は無い。
「車から持ってくるものはスタン装備とライフルを抜いたA装備一式でいいんだよな?」
「そう。手投げ類も必要ないか」
「いいのか?」
「手投げは距離が出ないし、煙幕なんかは使い方が難しいと思う。今回は集団戦だから味方が多いし、邪魔するかもしれない。想定される交戦距離は基本300m程度かそれ以上。侵入された場合も距離は近づくけど、アシャカさんたちの指揮を邪魔しないのが最優先だから、連携は乱したくないね。だから手投げ類は使わないようにしたい。無傷で制圧する必要はないから、最低限、ライフルさえあればいい。重量も重くなるし。防御面は充分に考えるけど。催涙弾なんかあれば嫌がらせにいいんだけどね。今、車に取りに行こうか。」
「さすがに催涙なんか車に数を常備していないな。発炎筒は?」
「それはもう軍部の仕事だね。発炎筒なら使うかも。重さに余裕があるなら各自好きに携行していいよ。ただし、少しでも重さを感じるなら諦めて。」
「了解。」
「なぁ、あれ着んのか。」
「なんだケイジ?」
「あの防弾ベストとかさぁ。あれちょっと動きにくいんだよなぁ・・・」
「必要でしょう。このスーツだけじゃ心もとないよ。」
「ちゃんと耐弾プロテクタつけないと骨折ぐらいじゃすまねぇぞ」
「弾に当たんなきゃいいんだろ?」
「避けれんのかよ、」
「ケイジ、」
「わぁかってるよ。・・警備部のジャケットはいらないよな?」
「防弾ベスト着てりゃいいが、風邪ひくなよ」
「夜もか。寒そうだな」
「ベストに弾が当たっても凄く痛ぇんだぞ。ゴム弾の比じゃあない。」
「ゴム弾とかも食らった事ねぇもん。」
「はっ、これだからEAUは甘いんだよなぁ」
「撃たれたことあんのかよ?軍部はおっそろしいとこだなぁあ・・っ??」
「俺も噂だ。」
「なんで偉そうなんだよ」
「歩兵訓練でわざと撃たれるらしい。」
「マジか・・・」
「はぷしゅっ」
って、リースがなぜかくしゃみをしてた。
「どした?」
「・・鼻がむずむずする・・・」
ケイジが覗き込めば、リースは鼻を指で押さえてた。
ライフルに付いた砂埃が鼻に入ったのかもしれない、わからないけど。
そんな長銃の何度目かの確認をしながら、ミリアは目に入る村の人たちの作業を流し見ていた。
袋に砂を入れて土嚢《どのう》などが作られ積まれていっている。
場所によっては穴を掘ったり、新たなバリケードなども作られていて、自分たちがこの村に到着した時の牧歌的な光景とは雰囲気が変わってきている。
村の人たちはCross Handerの人たちと協力し、大きな戦いに本気で備えている。
そのときが近づいてきているのを、彼らは感じている。
それから、村の崖の麓近くに停めた軽装甲車の中で、定期報告を入れつつ、話し合いながら装備を整えて自分たちの宿に運び込んだ。
車から降りた時には既に『リリー・スピアーズ警備部』のカラーとマークが入った戦闘用の装備を纏い、銃に加えてプロテクタも身体に装着し、防弾ヘルメットも携行バッグに固定していて、村の人たちからは明らかに浮いているので、少し奇異な目で見られてたかもしれない。
私にとっては、プロテクタは言うほど動きは阻害されないけど、ケイジにとってはなんか気になるらしい。
宿で、使う装備の確認をしていれば、無線機からアシャカさんとダーナトゥさんから連絡があって。
いくつかの情報交換と、さっき伝えようとした条件を掻い摘んで伝えた。
彼らの作戦は大まかには知っているし、条件は細かな事だったので、彼らはすぐに了承した。
それから、マダック村長から夕食へ丁寧に招待されて、時間が来たら迎えに来たジョッサさんへ付いていく。
食卓に上がった料理は質素なものになっていた。
「申し訳ない、村の状況が状況なだけに、」
マドック村長は申し訳なさそうに言っていた。
たぶんそれに他意は無いと思う。
それらの料理は、たぶん村の人たちが普段食べるようなもので、自分達はまだ村の大切な客人のままであろう。
私はそんな事を考えつつ、隣のケイジがマッシュポテトを何杯もがっついて食べているのを見ながら、パンを齧っていた。
料理は減ったけど、パンの味は変わらなく美味しい。
それにケイジは別に、待遇が変わったとか、そんなことまで考えてなさそうだ。
ガイやリース達も普通に食べているし、うちのチームにはそんな事で機嫌を損ねる人がいないのは、良いことなんだとも思う。
私がコップを手に取った時、ふとした時、目に入ったマダック村長たちの表情が少し緊張した面持ちを見せていた。
何回か気づいていたけど、私はスープを口へ運ぶ。
思いつく言葉は、いくつかある・・・、『この村は大丈夫』とか、『この村は絶対守ります』とか、でも・・そんなことは伝えられない。
適当な励ましは、彼らに言うべきじゃないと思う。
彼らには多分、見透かされる。
ただ、ご飯をたくさん頂いた。
うちのチームはたくさんご飯を食べるのがわかってるみたいだし、勧められるから、パックのオレンジジュースも頂いた。
酸っぱさと甘さで、やっぱり美味しい。
――――夕食を平らげた後、村の中を見て回っていた。
村が暗くなる中、彼らの荷物運びや作業等もそろそろ切り上げていくようだ。
食事はちゃんと食べた。
チームのみんなもしっかり食べたみたいで。
繊細なメンタルの人がいなかったのは良いことだ。
緊張などで食欲がなくなったとか、そういうことも有り得るから、良い意味でみんな図太い。
いつもの夜の景色より、ランプの灯りが多い中で、作業の声が何度か飛んでいた。
村の中で揉めるような様子は1度も見たことがない、雰囲気が良いんだと思う。
Cross Handerの彼らが信頼されているのだろう。
戦いになっても、彼らが何とかしてくれると信じてるのかもしれない。
子供が手伝ってて、走り回った子が危ないと注意されてた。
そんな光景を遠くに見ながら、私たちはボロの宿に戻った。
就寝前の支度をして。
私が身体を拭いている間は、男性メンバーたちに外で待ってもらったけれど。
それも毎度の事だからか、みんな素直に従ってた。
それから、早めだけれど寝る。
休める時に身体を休ませる、そう、みんなに伝えてベッドに横たわらせた。
一番文句を言いそうなケイジでも、何も言わずに従っていた。
それでも、しばらくしても寝息は聞こえてこない――――――――
――――――軒先で、ミリアは外の様子を眺めていた。
ベッドの上で横たわっていたけれど、なんだか寝付けなかったから。
1人でいると、考え事はいくらでも浮かんでくる。
1つ1つ整理することが、良いことなのかは、わからないけれど。
空気が寒くなってきた・・村の夜景はほぼ暗闇だけだ。
おぼろげなランプがいくつかあって、ほとんど何も見えないけれど、遠くで作業する人たちの明かりなんだと思う。
傍で音がして、家の扉が開いてガイが外へ出てきていた。
ジャケットの前を閉めるガイが、ミリアを見つけて寄ってくる。
「やっぱ眠れないもんだな。」
って。
「・・ケイジ達も?」
「イビキは聞こえなかったな。寝れてるかはわからないが、ちゃんとやるべき事はわかってるみたいだ。」
それなら、よかった。
・・・それから、作業が落ち着いてきたような村の、遠いランプのおぼろげな灯りが少なくなってきた景色を見ていた。
――――彼らは、何を想って、今夜を過ごしてるのだろう。
戦えない人たちは、戦う人たちを信じて、震えを抑え。
戦う人たちは、自分たちがやれる事を信じて。
「ま、準備はしてあるし、後は待つだけだろ?」
って、ガイが軽い声で言ってた。
「・・・」
・・・、ミリアは顔を上げてガイを見ていたけど。
「なんか気になることでもあるのか?」
「・・いや、べつに・・・」
遠くを見つめて口を閉じるミリアは、少ないランプの灯りがちらりと動く村の様子をずっと・・・。
彼らはまだ寝ないんだろう・・・見張りも警戒も強化されているだろうし、明日も明後日も。
もし敵が来なければ、ずっと続くこの時間を。
・・彼らが信じられなくなるその時まで過ごす・・・。
家の中でも、彼らの大きなテントでも、家族たちはどう過ごすのか・・・子供たちも眠りにつく中で・・。
―――――本当に、来るのだろうか・・・?
その一点だけが・・・心の中で、大きく刺さっている杭のような・・。
ここまで準備したのに、・・・信じ切れていない・・・・。
当たり前だ・・・証拠を見せていないのなら、そんなの信じられない。
この村では・・私だけが、『正常』なのか・・・。
ただ、村の人たちが発する感覚が、『異常』が『正常』へ溶かされていく感覚・・・。
『異常』へ・・・染まっていく・・感覚・・・私が・・?・・・――――――
「しっかし、変な事に巻き込まれたな、ほんとに。」
ガイが、そう少し笑いながら言ってた。
苦笑いの様に、夜を見上げている。
・・・ガイは、きっと、私と同じような『正常』・・みたいだ・・・。
きっと、ケイジも。
リースも・・・。
それでも、ケイジ達は戦うと言っている・・・。
「ケイジはなんであんなに戦いたがりなんだろう・・?」
――――ケイジは、なんか、変だ。
・・・子供のような。
・・命を懸けるか聞いても、まったく怖じ気づかない・・・。
「さぁな。」
・・・ガイは簡単な返事。
「あいつ単純そうだからな。」
って、屈託なくガイは笑ってた。
「さっきのも聞いたろ?ここで戦うって。すごいシンプルな理由だったよな。」
まあ、頭悪そうな理由だった。
『そうするべきだと思った』、って・・それだけで。
「でも、ただの『かっこつけたがり』、ってわけじゃなさそうだ」
って。
「そうなの?」
ミリアは傍のガイの顔を見上げ、ガイの表情は薄暗くてよく見えなくて。でも、たぶん、笑っているような気がした。
「そんなもんだろ。人間って」
って。
「リースなんて、もっと変だしな。」
って、たぶん、ガイはまた少し、笑ってるような気がした・・・。
「俺も気が紛れてきた。そろそろ寝るよ。ミリアも寝ようぜ?」
「・・うん。もう寝る」
その返事を聞いてガイは踵を返し、部屋に戻っていく。
・・そんなガイの背中を、しばらくミリアは見送っていた。
・・・村の夜はだいぶ静かになっていた。
冷たい砂の風がそよいでる。
ジャケットの上からでも冷えるような・・・。
「―――・・隊長、って・・・こんな・・・・・―――――」
小さなつぶやき。
誰にも聞こえない。
今夜は眠りに落ちない村の中で。
ミリアの、声は夜空に消えていく・・・――――。
――――息を深く吸って。
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