キスからの距離

柚子季杏

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キスからの距離 (21)

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 たった一人の愛すべき存在。その人への想いを消化できなければ……それは全て、鈍い刃となって内海自身へと突き刺さる言葉でもあった。
「確かめたいって言うなら、ユーくんさ、マジで俺と寝てみない?」
「え?」
 悲しそうに微笑むユーを見ているうちに、言葉は自然に唇から零れ落ちていた。
「言ったでしょ? 俺、後腐れないよ。俺もねえ……本当は忘れられない相手がいるんだよね……だからつい、どこか一箇所でも似てるとこがあるヤツと付き合っては、結局駄目になる」
 ママには言うなよ、煩いから。
 そう言って内海は茶目っ気を交えて片目を瞑る。
「俺病気も持ってないし、変なのに引っ掛かるより安心よ? 男の抱き方、俺がユーくんに教えてあげる」
「で、でも……そんなの――」
「その子だと思って抱いてよ……俺も、人恋しいし、ユーくんは俺で発散出来る。どっちにとっても良いことじゃん? な?」
 少しだけ寂しそうに微笑んだ内海の手が、ユーの太腿を擦る。
 伝えた言葉の半分は本心だった。
 お互いに想う相手を忘れることが出来ないのなら、その相手に重ねてでも、欲を発散させたい時がある。一時の温もりで、満たされることもある。
 ずっと一人で悩み傷付いてきたのだろうユーを思えば、心に負う傷は多くない方が良いとも思ったのだ。自分のように何人もの男と身体を繋ぎ合わせ、その度に荒んでいく心の痛みを覚えて欲しくはなかった。
 万が一にも想う相手と結ばれることがあった時に、そうなるまでの自分を卑下しない為にも。

 軽口めいた言葉に一瞬瞳を揺らしたユーが、太腿に置かれた内海の手を取ったのは、それから間も無くのことだった。



「ふ、ぁあっ、あ……い……っ」
「はっ」
 きつい窄まりに埋め込まれた欲望が抽送を繰り返す度、内海の白い背が撓る。
 男を抱くのは初めてだと言っていた割に、セックスという行為自体には慣れているのか、ユーが躊躇いを見せたのは最初だけだった。
 女性のような柔らかさは無い身体、本来は受け入れる場所では無い器官へと猛った熱棒を突き入れたユーが、キツい締め付けと絡み付いてくる肉襞の熱さに我を忘れたかのように、激しい腰使いで内海を攻め立てる。
 『顔が見えない方が良いだろ?』そう嘯いた内海の言葉に頷いたユーは、背後から穿ち入れた熱棒を揺すりながら、一瞬の極みへ向けて駆け上がっていく。
 内海もまた、自分を通して想い人へと向けられる熱と激しさに、共に頂を目指して駆け上がる。
 汗ばんで撓む背に口づけを落とされる優しい感触に思い描くのは、夢中になって自分を抱いていた橘川の姿だった。


 あのあと近場のラブホテルへと連れ立って入った二人は、交互にシャワーを浴びた。
 教えてやると言った言葉の通り、内海はユーに男性同士の行為のイロハを、一つずつ教えてやった。実技的な事は勿論、オーラル的な事まで全て。
 ユーは躊躇いながらも内海のリードに素直に従い、自身を埋め込む場所を丹念に解した。戸惑いつつも優しく触れてくる彼の愛撫に身を捩りながら、ユーが想いを寄せる相手への深い愛情を感じて羨ましくすら思えた。
 自分には二度と味わうことの出来ない、感じる資格の無い愛情。こんなことをしていながらも、ユーの恋が実ればいいのにと願わずにはいられなかった。

『焦るなよ……そう、ゆっくり……っん、あ』

 焦りを堪えながらゆっくりと侵入を果たしたユーの、自分の腰を掴む手に、よく出来ましたの言葉変わりに自らの手を軽く重ねた。
 それを合図に始まった抜き差しは、内海を気遣いつつも徐々に激しさを増していく。互いに違う相手を思い浮かべながらも、いつしか快楽を追い駆けることしか出来なくなっていった。
「ひぁあっ、あっ……っく、イっちゃ――」
「ん……いいよ、僕も……もうっ」
「―――ッ」
 覚えの良い生徒は、教えた弱みを的確に突き上げ内海を翻弄する。
 蜜を零す内海の昂ぶりを片手で扱き上げながら、ユーが穿ち入れるスピードを上げた。身体に小波のような震えが走った瞬間、彼の手を濡らしながら白濁を放った内海は、一拍置いて薄い膜越しにユーもまた達したことを悟る。
 真っ白に弾けた思考の中、遠くに瞬く橘川の姿に、内海は静かに瞳を閉じた。眦に浮いた涙には、気付かないふりをしながら。



 熱いシャワーを浴びながら、情事の痕跡を手早く洗い流す。すっかり酔いも冷め、熱も冷めた後に残る気だるい身体を降り注ぐ湯の下で清めれば、後に残るのは僅かな罪悪感と虚脱感だけだった。
(でも……他のヤツに比べたら、幾らかマシなのかもな)
 皮肉気な笑みを口角に乗せた内海は、シャワーを止めると濡れた身体をバスタオルでざっと拭いながらひとりごちた。
 悩める青年の助けになったのかどうかは分からなかったけれど、これまでのように駆け引きめいた事をしたわけでもなく、忘れられないでいる存在を伝えた上での行為。
 それは内海にとって、少しだけ心の痛みを和ませてもくれたのだ。
「どうだった?」
「……すごかった……」
「そっか、俺も良かったよ」
 ぼんやりとしたままスプリングの上に身を投げ出していたユーに、内海は身支度を整えながら問い掛ける。
 呆けた表情でぽそりと呟くユーを見れば、思わず苦笑が漏れてしまう。ユーの視線を感じながら身支度を整え終えた内海は、ぼんやりと自分を見つめるユーの元へと歩み寄った。
「しんどくなったら連絡して。俺も当分決まった相手は作る気無いし、ユーくんとならお互い本気になる心配も無さそうだし」
 言葉の裏に、下手な男を引っ掛ける位なら自分が相手になってやるというニュアンスを籠めて嘯く内海を、ユーは黙って見ていた。そんなユーに向かって「またあの店で会おうぜ」と言いながら、財布から抜き取ったお札をベッドサイドに置き、内海は薄っすらと微笑んで見せる。

 彼とのセックスが思って以上に相性が良かったのは事実だった。
 そして彼との行為を通じて、不特定多数の輩と身体を重ねて自分を傷付けることが、急激に馬鹿らしく感じた。
 互いに本命がいる同士、欲を吐き出す為だけの行為なら、後腐れの無い方が良い。何より彼の愛情に溢れた抱き方が、ほんの一瞬、橘川に抱かれていた時のような幸せを、内海に与えてくれた。
「あ、お金……」
「いいって、お前まだ学生だろ? ホテル代くらい俺が持つよ」
 それだけいうと、同じく財布から取り出したレシートの裏に書き殴った、始めたばかりのトークアプリのIDを札の上に乗せて、内海はじゃあなと部屋を後にする。
 内海の言葉に秘められた意味を読み取って、ユーからの誘いが来るかどうかは分からなかったけれど、それがその時の内海に出来た全てだった。


 あれからもうどれほどの月日が流れたのかと、内海は思考の隅で記憶をなぞり返していた。

 ユーからの連絡があったのは、初めて身体を重ねてから数週間が過ぎてからだった。待ち合わせたバーへと悩んだらしい顔をして現れたユーに、内海は何も言わず笑ってその背を叩いた。
 それからというもの、内海とユーは時折関係を持つようになった。ひと月に多くても二回ほど。少なければふた月に一度あるかないかの頻度ではあったけれど、ユーからの連絡が来ればあの店で落ち合い、安いホテルでスプリングを軋ませる。
 その度に傷付いた顔をしながらも微笑を見せるユーの存在に、慰められた。辛い恋を抱えているのは自分だけでは無いのだと、そう思えるだけで、救われた。
 そんな関係が続いていた二人の間に、より多くの時間が空くようになったのは、ユーの就職が決まったという話を聞いた頃だった。


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