孤狼に愛の花束を

柚子季杏

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孤狼に愛の花束を (19)

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「そういえば、銀さんがこの間から作ってるのって、何?」
「ん? ああ……これか?」
 俺は余程まじまじと小太郎を見つめていたらしい。自分から意識を逸らさせようとしてなのか、小太郎は俺の手元に目を止めた。

 カードスタンドの土台となる薔薇の花。ひとつひとつが手作りのため、一日をかけても作れる個数には限りがある。
「業者に渡した後で、ここにスタンドを取り付けて、カードを挟むらしい。結婚式やパーティで使うと言っていたな」
「へえ……すごい。でもスタンド取り付けるなら、差込型にした方が薔薇の花が映える気がするんだけどなあ」
何だか勿体無い、と小太郎がポツリと呟く。
「差込型?」
「だって折角銀さんがこんなに手間暇掛けてるのに、他の人の手が加わっちゃうんだろ? 俺は銀さんの作ったのなら欲しいけど……他の人の手が加わるのって、何か嫌だなあ。それに二度手間だし、効率悪いよね」
 板の間に胡座を掻いた小太郎が、自分の意見に納得したように頷きながら言葉を繰り返す。
 確かにそこは俺も気にはなっていた。
 暮らしの糧を得るためにやっている仕事とはいえ、俺なりにプライドを持ち対峙している仕事だ。そこに俺の知らないところで手を加えられるというのは、正直あまり気持ちの良いものでは無かった。
 けれど俺一人で物を作っていることからも、スタンドを取り付けるという工程まで引き受けるのは、少々骨が折れるというのも事実。
「……差込型か」
「うんっ、あ、ちょっと待ってね」
 手にした薔薇の花を前に考え込む俺に断りを入れたかと思うと、小太郎が隅の方に置いたままにされていた自身の鞄を漁り出す。
 俺に背を向けたままの格好で、何やら始める小太郎をちらりと眺め、俺は俺で自身の思考の中に落ちていた。

 スタンドは、埋め込んだままの状態で焼き上げるわけにはいかないという理由から、取り付けるための小穴を開けて焼きの作業へと入る。
 その工程を、土台の幅だけを広げてカードが挟める隙間を開けるという作業に変えるだけならば、俺が一人で行なえなくは無いかもしれない。
「殴り描きで悪いんだけど、分かるかな?」
 思考を遮るように小太郎から声が掛かる。
 ニュアンスは伝わるでしょ? と、近寄って来た小太郎に差し出されたのは、あまり大きくないスケッチブックだった。
「これは……お前が描いたのか?」
「そうだよ。こんな感じでさ、カードをちょっと変わった型の物にしてもらえたら、すごく素敵じゃないかな?」

 ひと言で言えば、驚愕した。
 そこにはこの短時間で描かれたとは思えないほど、しっかりとしたデッサンが鉛筆で書き込まれていたのだ。
 自立できる幅の底から上に咲く薔薇の花。その土台の上に挿し込まれるカードの案として、同じく薔薇の花を模った物や、薔薇の葉や花弁を捩ったハートの型などが数点。どれも業者から『 こんな感じで 』と渡されていたイメージ画よりも、ずっと俺の心を捉えた。
「お前にこんな才能があったとはな……」
「まだまだ全然だけど、こんな風にオレがデザインしたのが世の中に出るような仕事、夢なんだよね。本当はイラストレーターになりたかったけど、残念ながらそっちの才能は無いみたいだし」
 照れ臭そうに夢を語る小太郎は、やはり普段よりも大人びて見えた。
 賑やかで危なっかしい姿ばかりが目に付くけれど、本当は俺が思うよりもずっと、色々なことを考えながら生きてきたのかもしれない。
「オレね、小さい頃から身体が強くなかったって話したでしょ?」
「ああ」
「一日中布団の中でゴロゴロしてるだけだと、もうほんっと暇で! 暇だし……寂しくて」
「寂しい?」
 自嘲するような笑みを口の端に浮かべて、小太郎は語り続ける。
「しょっ中だから、さすがに家族は慣れっこになっちゃうし。病院行くとかじゃなければオレを置いて仕事や学校に行っちゃうわけ。それは当然なんだけど、一人で寝てるじゃない? そうするとさ、今この世界にいるのはオレ一人なんじゃないかって怖くなっちゃって」

 この世界に一人きり……その感覚は、俺にも分かるような気がした。
 俺の場合は実際に、その環境を求めてここに居続けているということもあるから、小太郎のいうような寂しさや怖さを意識したことは無かったけれど。
「最初は絵本読んだりして、その世界に入り込んじゃうことで寂しさを忘れようと思ったんだ。だけど何度も何度もキラキラした絵を見てるうちに、自分でも描いてみたいって思うようになったんだよね」
「……小さい頃から描いているのか」
「うんっ、昔のスケッチブックは下手っぴ過ぎて恥ずかしいんだけど、オレの歴史かなあと思って全部取ってあるよ」
「歴史――」
「銀さんの作品もそうだよね! って、オレなんかが言うのもなんだけど……銀さんが作ってきた品物が、沢山の人の手に渡って行って……ひと品ひと品が銀さんの歴史なんだろうなあって思うんだ」

 そんな風に考えた事は無かった。
 自分の作品が世に出る事で、自分の歴史を築き上げている?
 生活の糧を得るために続けているだけだったはずなのに、そう言われてしまうと、これまで作り出してきた品々が愛おしくすら感じるのだから不思議だ。
「スケッチブックもそうだけど……オレの場合、生きてることの証、っていうのかな? もしもだけど、万が一オレが死んじゃっても、オレが描いた絵は残るわけじゃん――最初の頃は無意識に描いてただけだったけど、思い返したらさ、オレが生きてたってことを、死んだ後にも忘れないでもらいたかったのかも」
「小太郎」
「あっ、今は随分元気になったんだよ! ほら、今だってずっと変化してられるくらい体力も付いたんだから!」
 あまりに予想外な言葉に眉根を寄せた俺に、小太郎が慌てて言い募る。
 慣れてしまえば人型でいる方が生きる上では便利だ。二本足で立ち、両手を使えるということは、やれることも多くなるということだ。
 便利だし楽ではあるけれど、この姿を保ち続けるには確かに体力を使う。耳や尻尾を出しているだけでも体力的には随分楽だが、完全系であり続けるのは、体力の無い者にとってはかなり疲れるのだろう。
 生まれた時には人型であることが多い獣人だが、一度獣姿への変化を遂げれば、再び人型になることが難しくなる。皮肉な話ではあるが、獣姿を経験する前と後では、身体的な負担の度合いが違うのだ。
「……このスケッチ、預からせてもらってもいいか?」
「え? 別に良いけど――」
「以前のスケッチも、迷惑でなければ見てみたい」
「前のも? うーん、分かった……じゃあ、来週持って来るよ」
 パラパラと捲り見ただけでも、多種に渡る品の様々なデザインが描き込まれている。
 品名が描いてある物などは実在するモチーフを描いたスケッチなのだろうけれど、小太郎の自作と思えるデザインイラストも、荒削りながら興味を惹かれる物が多かった。
「あっ、そろそろ帰らないと――来週また来るね!」
「ああ……待ってる」
「っ! うんっ!」
 スケッチに見入っているうちに、辺りが黄昏色に染まり出す。それに気付いた小太郎が急いで帰り支度を整える後姿に、思わぬ言葉が口を突いて出てしまった。
 言った俺も驚いていたが、言われた小太郎は驚きの後で、眩しいほどの笑顔を浮かべながら帰って行った。

「生きてきた、証……か」
 薄闇の迫る空を見上げながら、俺は暫らくの間その言葉の持つ重みを考え続けていた。




 小太郎のスケッチブックを見て以来、これまで坦々とこなして来た作業の手が止まりがちになっていた。これではいけないと手を動かしても、数個作ったところで気持ちが入らなくなる。
「生きてきた証……俺の作ってきた物も、俺の生きてきた証、ということになるのか?」
 気付くとスケッチブックへと手を伸ばし、小太郎が描いたスケッチに見入ってしまう。一枚一枚のページに、小さな物から大きな物まで。
 そして最後のページに描かれた、俺の薔薇の花。

 食器類も多少は街の店舗で取り扱ってもらっているけれど、そんな風に思って、心を籠めて作って来たかと問われれば答えは否だ。そして今手掛けている薔薇の花も、他人の手が加えられることで自分の作品とは言えなくなっている現状。
 その事に疑問すら抱かずにいたけれど……糧を得るためとはいえ、爺さんが死んだ後もこうして作り続けていることからも、俺はこの仕事を嫌いだと思ったことは無いのだ。であれば、何故もっと自作へのプライドを持てなかったのか。
「……このスタンスが嫌なわけではないが――」
 業者から発注を受け、指示通りの品を作り送り出す。必要最低限の会話、最悪メールや電話、書面の遣り取りだけで何とかなる仕事。
 他人と必要以上に係わり合いになりたくない俺にとっては、ベストな仕事の遣り方だと思って来たというのに。
「自分から提言するのは、性分じゃないんだがな……」
 あまりにも小太郎のひと言が引っ掛かりを見せるから、等と言い訳を並べつつ、俺もひとつ、決意を固めた。


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