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櫻花荘に吹く風~201号室の夢~ (完)

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 あんなに小さく固い蕾が、こんな風に綻ぶなんて。
 想像していた以上の気持ち良さに、射精感が増していく。
「あっ、ん……良、太っ」
 二人の荒い息遣いと、肉のぶつかり合う生々しい音が反響する部屋。
 舌足らずに俺の名を呼ぶ彼の声に煽られる。
 結合部から聞こえる、卑猥な水音に煽られる。
 突き上げに合わせて蠢く内側が猛りを更に奥へと導こうと蠕動を繰り返し、無意識に揺すられる腰の動きが、堪らなく俺を追い立てていく。
「は……昌樹っ、俺……もう……」
「あ、あっ」
 腰を穿ち入れるスピードが増せば、懸命に俺にしがみ付いてくる愛しい人。彼を振り落とさないように抱き締めながら、空いている手を二人の間へと忍ばせる。
 蜜を零し続けるまーくんの屹立を手中に収め、腰の動きと同じ速さで扱き立てれば、彼の口からは掠れた喘ぎが引っ切り無しに上がった。
「ひっ、ああ、あ――ッ」
「……っく」
 彼の昂ぶりの尖端に爪を立てた瞬間、抱え込んだ身体が強張った。同時に、俺を受け入れている内部も、ひと際強く収縮を繰り返す。
 締め付けられる刺激に、限界で堪えていた射精感が、一気に放出を求めて駆け上がってくる。強い締め付けを振り切るように、彼の最奥を目掛けて腰を打ち付けた。

 瞬間、視界が白く瞬いた。

 俺の手の中に吐き出される白濁とした淫液を受け止めながら、俺もまた熱い奔流を薄い膜の中へと放った。この強烈な快感は、抱き合う相手がまーくんだからこそ、なのだろう。
「は……っ、好きだ……まーくん」
「……良――」
 息も整わない状態のまま、唇を触れ合わせる。
 軽く啄ばむだけのくちづけじゃ足りなくて、キスは徐々に深さを増していく。拙いながらも必死に俺の動きに応えようとする彼の舌を吸い上げ、愛しむように舌先を絡め合わせた。
「ヤバ……俺、今、最高に幸せ……」
「ん、僕も……」
 鼻先が触れ合う距離で囁けば、彼がふわりと微笑みを返してくれる。
 その桜色に上気した頬の艶めかしさに、若い下半身が再び熱を集めようとし出していた。
「ね……も一回、して良い? も、無理?」
「っ! ……ゆっくり、ね」
 収めたままの下半身をグリっと押し付ければ、恥ずかしそうに彼が瞳を伏せる。
 愛しい存在が腕の中にいてくれる事の幸せを噛みしめながら、俺は再び二人で駆け上がろうと、はにかみながら言われた通りに、ゆっくりと動きを再開させたのだった。






 カーテンを開けば、早朝の明るい日差しが部屋に満ち溢れる。清々しい空気を胸いっぱいに吸い込みながら視線を向けた先に、青々と茂る桜の木が目に映った。

 数ヶ月前、花冷えのする夜遅くに、聞こえて来た声。
『こちらへおいでなさいな』
 僕の手の平へと舞い降りてきた花弁に誘われ、辿り着いたこの場所。

 何もかもがどうでも良くなっていたその時の僕にとって、畏怖さえ感じるほどの壮大な桜の気配は、自分のちっぽけな悩みも苦しみも、全てが瑣末な物に思えるくらいの威力があった。
 あの声に導かれなければ、今僕は、こんなに幸せな毎日を過ごせてはいなかった。

「……ん――ぅ、眩し……」
 あの日の事を思い出していた僕の耳に届く声。桜の声とは違う、愛しい人の寝惚けた声に、自然に微笑が浮かんで来る。
「おはよ、良くん。朝だよ――っ、良くん!」
「へへ……おはよ、まーくん」
 枕元にしゃがみ込んで声を掛ければ、力強い腕に引き寄せられる。そのまま掠め取るようにキスを奪った恋人が、悪戯の成功した子供みたいな笑顔を見せた。
 あの日、櫻花荘に辿り着いたからこそ出会えた、僕の恋人。
「まーくん、今日はバイト?」
「うん、午前中劇団に顔出しして、夕方からラストまで」
「そっかあ……じゃあ今日は一緒に夕飯食えないな」
 エッチもお預けか。ボソリ呟かれた言葉に、頬が火照る。

 初めて彼と気持ちを通じ合わせ、身体を繋いだあの日から、既にひと月ほどが経っていた。
 離れ難い想いを抑え切れなかった翌朝、僕は立って歩くのも大変な状態になっていて。
『ほんっとゴメン! 調子乗った!』
 平謝りで謝ってくれた良くんと決めた約束事は、普段の生活に支障を来たさないようにするというもの。
 我慢し切れず触れ合う事はあったとしても、僕の身体にとっての負担が大きい最後までの行為は、互いのスケジュールをある程度は考えようと決めたのだ。
 そんな話をするのは恥ずかしかったけれど、それだけ彼が真剣に僕の事を想ってくれているのだと分かって、嬉しかった。
 ほぼ布団の上で一日を過ごす事になったあの日、二人で色んな話をした。
 過去の事、これからの事。沢山の会話の中で、良くんが言ってくれた言葉は、多分この先僕にとって、掛け替えの無いものになるのだろう。

『そっかあ、キャストを辞めるだけで、劇団は続けるんだ?』
『うん。生の舞台に触れられる環境も、勉強だと思うから。裏方の仕事を手伝わせてもらいながら、お金貯める。そのお金で、専門学校に行こうと思ってるんだ……いつか自分が書いた脚本の舞台を観るのが、新しい僕の夢』
『……よっし! んじゃあ、俺は、そんなまーくんを応援するって夢を持つ事にする』
『え?』
『演劇の事は分かんねえけど……夢に向かって頑張るまーくんを、俺はずっと傍で見てるから』
 ほんの少しだけ残っていた、将来への不安も、そのひと言と共に贈られた笑顔に吹き飛んだ。見守ってくれる人がいるのだから、僕は真っ直ぐ進んで行けば良いだけだって思えた。

 だって、未来の事が分かるのは神様だけだから。
 まだまだ若い僕達は、ただがむしゃらに、生きて行けばいい。

『良くーん! まーくーん! ご飯だよぉー!』
「「はーいっ」」
 階下から聞こえて来た声に、二人顔を見合わせて微笑みを交わして返事を返す。
 扉を開けた瞬間、開けたままだった窓から部屋に入り込んで来た爽やかな風が、僕達の背中を押してくれているような気がした。

 悩んでも 迷っても 
 夢があるから大丈夫

 躓いても 立ち止まっても
 君が傍にいてくれる事が 
 きっと 僕の力になるはずだから



 ◇ end ◇

 ↓
 ↓
 ↓
 ↓
 ↓


【エピローグ】


とある街の片隅に、昔からあるその建物。
瓦屋根の2階建て、木造作りの古い家屋。
広々とした庭の一角には、
建物の名称の由来となった大きな桜の木が一本。
変わり行く住人達を、
その場に佇み見守り続けてくれている荘厳な大樹。

春には枝一杯の花を付け、交わす盃の御供となり。
夏には生い茂る葉陰で茹だる暑さを遮り、一服の清涼を届けてくれる。
秋には色鮮やかなキャンパスとなり、落とした葉を皆で囲んで暖を取り。
冬には小さな氷柱を枝先に垂らし、光のダンスを見せてくれる。


  建物の名は 『 櫻花荘 』 

  共同の玄関
  各部屋畳敷きの6畳間
  磨き上げられた光る床
  軋む階段はご愛嬌

築年数など計算したくも無いほどの、古い物件。
共同の玄関を潜って直ぐ左にある階段を上れば長い廊下にぶち当たる。
片側に並ぶ6畳一間の畳敷きの部屋は、全室庭のある面に窓を取った南向き。
二階には全部で4部屋と、共用の手洗い場にトイレとシャワールームがひとつずつ。
一階には2部屋と、洗濯機が2台置かれた洗面所。
広めのお風呂にトイレと台所。
台所は共用のリビングダイニングと繋がって作られ、住人全員が揃って食事をしても狭苦しさを感じさせない。

暮らす顔ぶれが変わっても、いつの世も変わらないのは、ここに暮らす人達の温かな心と優しい触れ合い。
泣いて笑ってと忙しい住人達を、慈しみ深く見守り続ける桜の下、今日はひときわ賑やかな宴のひと時が。



「皆グラス持ったか? えーっと…俺こういうの苦手なんだよな……大輔か由野さんにやってもらった方がいいんじゃねえ?」
「何言ってるの! みっちゃんがオーナーなんだからしっかり!」
「そうそう、俺は音頭取りは店だけで十分だしねー」
「僕もそういう柄じゃないから……」
「誰でも良いから早くっ、俺腹減ったってば!」
「良くん、まだ駄目だって。もうちょっと待つ、ね?」

 視線を泳がす観月を叱咤する春海の言葉に乗っかり、楽しげに笑う北斗と、苦笑を浮かべる由野。広げられたご馳走に箸を伸ばそうとする良太を、隣に座る昌樹が宥める。
 皆の視線を集めた観月は、諦めたようにひとつ小さく息を吐くと、手にしていたグラスを高々と掲げた。

「えー、んじゃあ、昌樹がここに来て一年が経ったって事で! また来年も皆で花見が出来るように願って、乾杯!」

 観月の音頭に合わせて、残りの住人達も乾杯の声を交し合う。
 芝の上に敷かれたブルーシートの上に、6つの笑顔が広がった。

「あれ? 良太ってもう酒飲めるんだっけ?」
「ひっでえ北斗、俺の歳位覚えててよ!」
「とか言って、良太は飲むより食べる方が良いくせに」
「仕方ないよ観月くん。春ちゃんの作るご飯は美味しいからね」
「ありがとう由野さん! 由野さんの好きな五目おいなりさん作ったんだよ」

 降り注ぐ春の日差しの中、穏やかな風が吹く。
 枝いっぱいに薄桃色の花を付けた大樹から、ひらひらと舞い降る花弁が一枚、グラスの中へと落ちた。

「……何か、幸せ――――」
「ん? まーくん何か言った?」

 ポツリと呟かれた昌樹の声に、良太が不思議そうに小首を傾げた。首を横に振った昌樹が、頭上に広がる桜の空を見上げれば、つられるように、皆の視線が上を向く。



   ―――― 幸せにおなりなさい
          私がいつも 見ていてあげるよ ――――



 桜の大樹が見守る庭に、今日も穏やかな風が吹く。

  下宿処『櫻花荘』 
  ただ今満員御礼 空き室無し 



 ◇ end ◇


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