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三ツ葉第一銀行現金強奪事件
叶わぬ姉妹
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白い部屋には、一つのベッドが置かれている。
澪標美青はそこに横になり、窓の外に広がる青空へと顔を向けていた。
「今日は天気がよさそうね。鳥の鳴き声に元気がある」
「いいですよ。もう雲一つない晴天です。で、うだるような暑さです。美青さん、リンゴが剥けました」
「ありがとう。それじゃ、一つくださいな」
ベッド脇にある椅子に腰かけた梁田は、皿に載ったリンゴを、澪標の指先に触れさせた。
それを感じ、澪標はリンゴを一つ取り、口に持ってゆく。シャリという音が、白い部屋に吸い込まれてゆく。
「うん、私好み」
「よかった」
梁田も一つリンゴをかじる。
「私はダメかな。ちょっと柔らかい」
「それがいいんじゃない」
澪標は静かに笑う。
兄がいてその隣に美青さんがいて、ちょっと後ろに私がいた、あの頃とまったく変わらない。
「そうだ美青さん、今度、気になる朗読会があるんです。もしよかったら、一緒にいきませんか?」
「面白そう。でも……」
澪標は微笑みながら、俯いた。
「この間、お医者さんに聞いてみたんです。そしてら、気分転換もかねていいかもしれないって」
「そうなのね……」
「一緒にいきましょ、ね、楽しいですって」
澪標は逡巡しながらも、「いつなの?」と尋ねた。
「十月です。美青さんに貰ったコート、着ちゃいますから」
「うん、きっとルイちゃんには似合うと思う」
澪標は、愛おしそうに梁田の方を向く。
その瞳には、決して梁田の姿は映らない。けれど澪標は、確かに梁田の温もりを感じていた。
「美青さんには、私の秋物コーデを着てもらいますから」
「い、いいわよ」
「そんなこといわないで。おめかしして出かけましょ。もしかしたら、ナンパなんてされちゃうかもしれませんよ」
仲睦まじい姉と妹。二人の醸し出す雰囲気は、まさしくそれだった。
「ナンパはいいかな」
「ま、それは冗談として、美青さんも、新しい人を見つけないと」
「わ、私は、別に……」
「もう、あんな奴のことなんてきれいさっぱり忘れましょ。美青さんにはもっといい人がいますって」
梁田はリンゴをかじりながら、「あの主治医の人なんていいと思うんですよね、優しそうだし」という。
すると澪標は頬を染め、「べ、別にあの人は仕事で……」と気恥ずかしそうに手を振った。
やっぱり美青さん、あの先生のことが気になりつつあるんだ。それでも、過去のせいで振り切れないでいる。
「あれだったら、私が愛のキューピッドにでもなりましょうか?」
「もう、ルイちゃん」
澪標は頬を膨らませ、「他人事だと思って」と唇を尖らせた。
穏やかな空気。この瞬間を壊すことは誰にも許されない。そんな神聖さすら宿っていた。
「じゃあ、そろそろ帰るとしますかね」
梁田は腕時計を見て、立ち上がる。
「もうそんな時間なのね」
「ええ、そろそろあの先生がきちゃいますよ」
梁田は「このこの」と澪標の肩をつついた。
「あの先生なら、私も安心して美青さんのことを任せられるってもんですよ」
「もう、だからそんなんじゃないってば」
「いいです、いいです。美青さんのことは、なんでもわかるんですから。それじゃあ、朗読会のチケット、美青さんの分もとっちゃいますね」
「あ、うん……、ありがとう」
「また来ます。ちょっと空いちゃうかもしれませせんけど、必ず来ますから。それじゃ、美青さん」
梁田はバッグを手に取り、ドアの方へと向かい歩き出す。リノリウムの床を踏む音が、澪標から離れてゆく。
「ルイちゃん」
その背中に、澪標の声が届く。
「なんですか?」と梁田が振り向くと、澪標の不安げな顔が、梁田の方へと向けられていた。
そんな顔しないでください。あなたにそんな顔されちゃうと、私はとってもつらいんです。
梁田の顔が、今にも泣きだしそうにくしゃりと歪む。
「重雄さんは、元気にしてる?」
「ええ、とっても。薄情な奴ですよ、まったくあいつは。こんな美人を放っておいて」
梁田は明るくそういうと、「だから忘れちゃいましょ、あんな奴のことなんて」と笑ってみせた。
「身体に気をつけて、そう伝えておいてください」
澪標は「頼みます」と頭を下げた。
もうこの人は。
梁田は参ったと頭を掻きながら、「はい、伝えておきます」と頷いた。
「それじゃ、バイバイ」
「バイバイ」
二人は手を振り、梁田は病室の外へと出る。
静かな廊下を進み角を曲がる瞬間に、梁田は足を止め、澪標の病室の方を振り返る。
すると澪標の病室へと、主治医が入ってゆくところだった。
そうだ、これでいい、これでいいんだ。そうでしょ、兄さん。私は、これでいいをんだよね。
梁田は涙の流れない目元を力強く袖で拭い、淡々とした足取りで階段を下りていった。
澪標美青はそこに横になり、窓の外に広がる青空へと顔を向けていた。
「今日は天気がよさそうね。鳥の鳴き声に元気がある」
「いいですよ。もう雲一つない晴天です。で、うだるような暑さです。美青さん、リンゴが剥けました」
「ありがとう。それじゃ、一つくださいな」
ベッド脇にある椅子に腰かけた梁田は、皿に載ったリンゴを、澪標の指先に触れさせた。
それを感じ、澪標はリンゴを一つ取り、口に持ってゆく。シャリという音が、白い部屋に吸い込まれてゆく。
「うん、私好み」
「よかった」
梁田も一つリンゴをかじる。
「私はダメかな。ちょっと柔らかい」
「それがいいんじゃない」
澪標は静かに笑う。
兄がいてその隣に美青さんがいて、ちょっと後ろに私がいた、あの頃とまったく変わらない。
「そうだ美青さん、今度、気になる朗読会があるんです。もしよかったら、一緒にいきませんか?」
「面白そう。でも……」
澪標は微笑みながら、俯いた。
「この間、お医者さんに聞いてみたんです。そしてら、気分転換もかねていいかもしれないって」
「そうなのね……」
「一緒にいきましょ、ね、楽しいですって」
澪標は逡巡しながらも、「いつなの?」と尋ねた。
「十月です。美青さんに貰ったコート、着ちゃいますから」
「うん、きっとルイちゃんには似合うと思う」
澪標は、愛おしそうに梁田の方を向く。
その瞳には、決して梁田の姿は映らない。けれど澪標は、確かに梁田の温もりを感じていた。
「美青さんには、私の秋物コーデを着てもらいますから」
「い、いいわよ」
「そんなこといわないで。おめかしして出かけましょ。もしかしたら、ナンパなんてされちゃうかもしれませんよ」
仲睦まじい姉と妹。二人の醸し出す雰囲気は、まさしくそれだった。
「ナンパはいいかな」
「ま、それは冗談として、美青さんも、新しい人を見つけないと」
「わ、私は、別に……」
「もう、あんな奴のことなんてきれいさっぱり忘れましょ。美青さんにはもっといい人がいますって」
梁田はリンゴをかじりながら、「あの主治医の人なんていいと思うんですよね、優しそうだし」という。
すると澪標は頬を染め、「べ、別にあの人は仕事で……」と気恥ずかしそうに手を振った。
やっぱり美青さん、あの先生のことが気になりつつあるんだ。それでも、過去のせいで振り切れないでいる。
「あれだったら、私が愛のキューピッドにでもなりましょうか?」
「もう、ルイちゃん」
澪標は頬を膨らませ、「他人事だと思って」と唇を尖らせた。
穏やかな空気。この瞬間を壊すことは誰にも許されない。そんな神聖さすら宿っていた。
「じゃあ、そろそろ帰るとしますかね」
梁田は腕時計を見て、立ち上がる。
「もうそんな時間なのね」
「ええ、そろそろあの先生がきちゃいますよ」
梁田は「このこの」と澪標の肩をつついた。
「あの先生なら、私も安心して美青さんのことを任せられるってもんですよ」
「もう、だからそんなんじゃないってば」
「いいです、いいです。美青さんのことは、なんでもわかるんですから。それじゃあ、朗読会のチケット、美青さんの分もとっちゃいますね」
「あ、うん……、ありがとう」
「また来ます。ちょっと空いちゃうかもしれませせんけど、必ず来ますから。それじゃ、美青さん」
梁田はバッグを手に取り、ドアの方へと向かい歩き出す。リノリウムの床を踏む音が、澪標から離れてゆく。
「ルイちゃん」
その背中に、澪標の声が届く。
「なんですか?」と梁田が振り向くと、澪標の不安げな顔が、梁田の方へと向けられていた。
そんな顔しないでください。あなたにそんな顔されちゃうと、私はとってもつらいんです。
梁田の顔が、今にも泣きだしそうにくしゃりと歪む。
「重雄さんは、元気にしてる?」
「ええ、とっても。薄情な奴ですよ、まったくあいつは。こんな美人を放っておいて」
梁田は明るくそういうと、「だから忘れちゃいましょ、あんな奴のことなんて」と笑ってみせた。
「身体に気をつけて、そう伝えておいてください」
澪標は「頼みます」と頭を下げた。
もうこの人は。
梁田は参ったと頭を掻きながら、「はい、伝えておきます」と頷いた。
「それじゃ、バイバイ」
「バイバイ」
二人は手を振り、梁田は病室の外へと出る。
静かな廊下を進み角を曲がる瞬間に、梁田は足を止め、澪標の病室の方を振り返る。
すると澪標の病室へと、主治医が入ってゆくところだった。
そうだ、これでいい、これでいいんだ。そうでしょ、兄さん。私は、これでいいをんだよね。
梁田は涙の流れない目元を力強く袖で拭い、淡々とした足取りで階段を下りていった。
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