探偵の作法

水戸村肇

文字の大きさ
上 下
2 / 41
探偵の門

青年は、探偵志望

しおりを挟む
「お掛けになってお待ちください。コーヒー、紅茶、緑茶、ほうじ茶、ミルク、どれがよろしいですか?」
 女性はコンビニ袋を事務机の上に置き、奥の給湯室へと姿を消した。
「えっと、コーヒーでお願いします」
 青年はソファに腰かけて、緊張の面持ちで室内を見回す。
 書棚には多くの本、バインダーが並んでおり、窓際に置かれた事務机には、今にも崩れそうなほどの書類の山が築かれていた。 
 なんだこれ。
 この雰囲気にもいささか慣れてきた青年が、目の前の机上にあるもの発見した。
『三ツ葉第一銀行現金強奪事件』
区縫くぬい連続殺人事件』
『MML交換殺人事件』
嶺石みねいし湯岳ゆだけ連続爆弾事件』
『くるみちゃん誘拐事件』
 そうプリントされた大きなファイル。そして開かれたファイルには、『被害者 光鐘重蔵みつがねじゅうぞう』という名前が見えた。
「お待たせしました」
 給湯室から、カップを手にした女性が戻ってきた。
「あの、これ……」
「ああ、ごめんなさいね。今、片づけますから」
 女性は手にしたカップを青年の前に置くと、机上のファイルを書棚に戻す。
「光鐘重蔵の事件、調べてたんですか?」
 昨年起きた国会議員の殺人事件。当時は現職の国会議員、それも大臣経験者の殺人事件とあって大いに世間を騒がせた。
「いいえ。趣味みないなものかしら」
 勝手にファイルの中身を見たことについて、女性が青年を責めることはなかった。
「あの事件の犯人って、確か、光鐘の支援者の息子でしたよね。でも、逮捕される直前で自殺しちゃったって」
「まあ、そうなってますね」
 女性は青年の向かいに腰を下ろし、すらりと伸びた脚を組む。それを見て、青年は視線を逸らす。
「それより、依頼の件をお聞きしましょう」
「あ、そのことなんですが……」
 思い出したかのように、青年の身体が固まった。
「そんなに、緊張なさらずに。コーヒーでも飲んで、気を落ち着かせてください」
 青年は「はい」と頷くと、湯気の立ち上るカップを手に、コーヒーを一口すする。
「おいしいです」
「インスタントですけど、お気に入りのなんですよ」
 女性も微笑み、カップにそっと口をつけた。コーヒーのおかげなのか、青年の頬に朱が差した。
「あの、これを見まして」 
 青年は手の中で皺くちゃになっていた一枚のチラシを、そっと机の上に広げた。

『探偵募集 アルバイト 時給1050円~ 
 勤務日、勤務時間 相談
 交通費支給
 要普通免許
 探偵実務経験者、二輪免許所持者優遇』
 
 そういった内容があり、一番下には『朝霧探偵事務所』という言葉と、電話番号、簡易な地図が印刷されていた。
「あなた、探偵志望の子?」
 女性はその大きな瞳で青年の顔、身体を観察し、「ちょっと意外でした」と呟いた。
 黒髪、黒縁眼鏡、無地のパーカーにジーンズ、これといった特徴のない青年の見てくれは、確かに意外かもしれなかった。
「え、ええ。探偵志望です」
「ごめんね、失礼なこといっちゃって」
 そこで初めて、女性は子供のような笑みを浮かべた。ちょっと気が緩んだのか、伸びもした。
 そして人差し指で唇をなぞり、「それだったら、すぐに面接をしましょうか」といった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

三位一体

空川億里
ミステリー
 ミステリ作家の重城三昧(おもしろざんまい)は、重石(おもいし)、城間(しろま)、三界(みかい)の男3名で結成されたグループだ。 そのうち執筆を担当する城間は沖縄県の離島で生活しており、久々にその離島で他の2人と会う事になっていた。  が、東京での用事を済ませて離島に戻ると先に来ていた重石が殺されていた。  その後から三界が来て、小心者の城間の代わりに1人で死体を確認しに行った。  防犯上の理由で島の周囲はビデオカメラで撮影していたが、重石が来てから城間が来るまで誰も来てないので、城間が疑われて沖縄県警に逮捕される。  しかし城間と重石は大の親友で、城間に重石を殺す動機がない。  都道府県の管轄を超えて捜査する日本版FBIの全国警察の日置(ひおき)警部補は、沖縄県警に代わって再捜査を開始する。

籠の中物語

稚葉 夢依
ミステリー
目が覚めた時、初めて目にした景色は"この部屋"。 私以外誰もいる気配を感じ取れない。 なのに私の後ろには常に気配がある。 1人の少女と1冊の分厚い本。 そして 私の後ろには何があるのか────

霜月壱谷の探偵録

joker_moriG
ミステリー
霜月が新宿に引っ越したこと。それが全ての始まりだった。

リモート刑事 笹本翔

雨垂 一滴
ミステリー
 『リモート刑事 笹本翔』は、過去のトラウマと戦う一人の刑事が、リモート捜査で事件を解決していく、刑事ドラマです。  主人公の笹本翔は、かつて警察組織の中でトップクラスの捜査官でしたが、ある事件で仲間を失い、自身も重傷を負ったことで、外出恐怖症(アゴラフォビア)に陥り、現場に出ることができなくなってしまいます。  それでも、彼の卓越した分析力と冷静な判断力は衰えず、リモートで捜査指示を出しながら、次々と難事件を解決していきます。  物語の鍵を握るのは、翔の若き相棒・竹内優斗。熱血漢で行動力に満ちた優斗と、過去の傷を抱えながらも冷静に捜査を指揮する翔。二人の対照的なキャラクターが織りなすバディストーリーです。  翔は果たして過去のトラウマを克服し、再び現場に立つことができるのか?  翔と優斗が数々の難事件に挑戦します!

おさかなの髪飾り

北川 悠
ミステリー
ある夫婦が殺された。妻は刺殺、夫の死因は不明 物語は10年前、ある殺人事件の目撃から始まる なぜその夫婦は殺されなければならなかったのか? 夫婦には合計4億の生命保険が掛けられていた 保険金殺人なのか? それとも怨恨か? 果たしてその真実とは…… 県警本部の巡査部長と新人キャリアが事件を解明していく物語です

イグニッション

佐藤遼空
ミステリー
所轄の刑事、佐水和真は武道『十六段の男』。ある朝、和真はひったくりを制圧するが、その時、警察を名乗る娘が現れる。その娘は中条今日子。実はキャリアで、配属後に和真とのペアを希望した。二人はマンションからの飛び降り事件の捜査に向かうが、そこで和真は幼馴染である国枝佑一と再会する。佑一は和真の高校の剣道仲間であったが、大学卒業後はアメリカに留学し、帰国後は公安に所属していた。 ただの自殺に見える事件に公安がからむ。不審に思いながらも、和真と今日子、そして佑一は事件の真相に迫る。そこには防衛システムを巡る国際的な陰謀が潜んでいた…… 武道バカと公安エリートの、バディもの警察小説。 ※ミステリー要素低し 月・水・金更新

ザイニンタチノマツロ

板倉恭司
ミステリー
 前科者、覚醒剤中毒者、路上格闘家、謎の窓際サラリーマン……社会の底辺にて蠢く四人の人生が、ある連続殺人事件をきっかけに交錯し、変化していくノワール群像劇です。犯罪に関する描写が多々ありますが、犯罪行為を推奨しているわけではありません。また、時代設定は西暦二〇〇〇年代です。

RoomNunmber「000」

誠奈
ミステリー
ある日突然届いた一通のメール。 そこには、報酬を与える代わりに、ある人物を誘拐するよう書かれていて…… 丁度金に困っていた翔真は、訝しみつつも依頼を受け入れ、幼馴染の智樹を誘い、実行に移す……が、そこである事件に巻き込まれてしまう。 二人は密室となった部屋から出ることは出来るのだろうか? ※この作品は、以前別サイトにて公開していた物を、作者名及び、登場人物の名称等加筆修正を加えた上で公開しております。 ※BL要素かなり薄いですが、匂わせ程度にはありますのでご注意を。

処理中です...