17 / 27
16、※アンドリュー視点(前編)
しおりを挟む学園が休みの日。
俺は自分の邸宅、その庭に立って居た。
腕を組んで見やるは、大きな池。
よく手入れされたそれは、周囲に美しい花を咲かせ、澄みきった水はキラキラと陽の光を反射させていた。
けれどそんな美しい池に不釣り合いの柵。
背は低いものの池の周囲に張り巡らされたそれは、確実に景観を損なっていた。
数年前のあの日──親友であり第一王子であるエドワード……エドが落ちてからだ。
こんな柵を立てるくらいなら、もういっそ埋めてしまえばいいものを。
けれど王子がそこまでしなくていい、そんな事をしてくれるなと言ったもんでそれも無くなった。
結果、見目の悪い事になってしまったわけだ。
まあ確かに、個人宅の庭に存在するには大きすぎて危険ではあるのだけど。
真夏の暑いさかりには、兄妹で水遊びしまくったものだ。
せめてもう少し小さくするとかなかったのか。
そう思わなくもない、池。
それを見ながら思い返すはあの日の騒動。
数年前のあの日、エドが少し疲れたから散歩してくると皆から離れたのを見送った。それを後悔するのは直後のこと。
随分遅いなと思ってた頃に、屋敷内へと走っていく子供の姿を見た。直後に血相変えて飛び出してくる大人たち。その中には自分の父であり、お茶会主催者の公爵が居たのもよく覚えている。
(あっちは池の方?)
そんな大人たちが走っていく方向は、確かに大きな池のある方だった。
そしてすぐに走って戻ってくる父。使用人たちに何かを指示してるようだが、声は聞き取れなかった。次いで、一人の子供を抱きかかえて走ってくる者が──それは第一王子の側近で、その腕に抱かれてるのが誰あろうエドワード自身で会った事をみとめて。
血の気が引いたのをよく覚えている。
その後、エドの容体は大したことがないと知って、安堵のあまりその場に泣き崩れたことは……それはまあ忘れたい。
夜になって父から聞いた事のあらましはこうだ。
池でエドが溺れた。そこを偶然通りがかった令嬢が助けて。そしてエドワードは助かった。
実に簡潔で分かりやすい内容に呆れ、勇気ある令嬢の行動に感動したものだ。その後、王子のそばを離れた自身の行動を激しく責めたものだったが。
エドを助けた令嬢は、結局その後は見なかった。お茶会初参加の伯爵令嬢だとは聞いたけれど。
その家名を聞いて、ふとある人物を思い出す。
雪のように輝く白き髪をもった少女の事を。初めて会った時、雪の精霊か何かかと思ってしまった、美しき少女を。
男子が苦手なのか、全くと言っていいほど接点がなく。当然のように自分も挨拶を交わした事しかない。
エドを救ったのは、あの少女の妹だと聞いた。
その後、エドがその娘、メリッサと婚約をしたと聞いて安堵したのはなぜなのか分からなかった。
そして今。
メリッサの人格が分かってきた今。
俺もエドも疑っていた。
本当にメリッサがエドを助けたのか、と。
池を目の前にして、俺は必死であの日の記憶を手繰り寄せる。
思い出せ。
エドが席を離れた時、メリッサはどうしてた?フィリアは?
思い出せ。
エドを助けたと言った少女、メリッサ。おそらく助けた直後──屋敷内に飛び込んで行った彼女の様子はどうだった?
そしてあの時、フィリアは何処に居た?
思い出せ。
思い出せ。
必死で自分に言い聞かせるも、けれど遠い記憶は不鮮明で。
何度目を閉じ、茶会の場所だった庭や池を往復しても。
全てが曖昧で、思い出せる事は出来なかった。
あの日茶会に参加した者には全て話を聞いた。が、皆が皆幼い子供の頃の話ゆえ記憶が曖昧で……何かしらの手がかりとなる証言は得られなかった。
使用人しかり。
そもそもあの日のことは、父が全員から話を聞いている。その結果、目撃者ゼロで話は終わってると聞いた。
それはつまり、王子の曖昧な記憶と唯一の目撃者であるメリッサの話しか、事実確認出来る事は無いという事だ。
今更だが何といい加減な話か。
だが、王家にとっては真実はどうでも良かったのだろう。
何かと命を狙われやすい王子が暗殺されたとかなら大問題だったが。それは万全の警備体制を敷いている公爵家としても、大問題だ。
けれど暗殺ではなかった。王子の……まあつまるところはドジのせいだ。
それであれば、特に問題としないのが王家だ。暗殺か否か、重要なのはそこだけだった。誰が王子を救ったとか、その相手を王子が婚約者に選んだとか……正直どうでもいい話なのだ。
だから王家は誰が王子を本当に助けたとかは調べなかった。父もまた、特に気にする案件ではないと話は早々に終わっている。
皆が皆、重要視しなかった案件。そのせいで、エドは今苦しんでいる。
エドに信頼されて調べてくれと頼まれたけど、新しい事実を発見できることは何もなかった。
さてどうしたものか……。
顎に手を当て悩んでいたら。
そこに庭師のガードンが通りかかったので声をかけた。
「なあガードン、ちょっと聞きたいんだけど……」
それが真実を知る第一歩となる。
19
お気に入りに追加
2,688
あなたにおすすめの小説
【完結】巻き戻りを望みましたが、それでもあなたは遠い人
白雨 音
恋愛
14歳のリリアーヌは、淡い恋をしていた。相手は家同士付き合いのある、幼馴染みのレーニエ。
だが、その年、彼はリリアーヌを庇い酷い傷を負ってしまった。その所為で、二人の運命は狂い始める。
罪悪感に苛まれるリリアーヌは、時が戻れば良いと切に願うのだった。
そして、それは現実になったのだが…短編、全6話。
切ないですが、最後はハッピーエンドです☆《完結しました》
婚約者に「愛することはない」と言われたその日にたまたま出会った隣国の皇帝から溺愛されることになります。~捨てる王あれば拾う王ありですわ。
松ノ木るな
恋愛
純真無垢な心の侯爵令嬢レヴィーナは、国の次期王であるフィリベールと固い絆で結ばれる未来を夢みていた。しかし王太子はそのような意思を持つ彼女を生意気と見なして疎み、気まぐれに婚約破棄を言い渡す。
伴侶と寄り添う心穏やかな人生を諦めた彼女は悲観し、井戸に身を投げたのだった。
あの世だと思って辿りついた先は、小さな貴族の家の、こじんまりとした食堂。そこには呑めもしないのに酒を舐め、身分社会に恨み節を唱える美しい青年がいた。
どこの家の出の、どの立場とも知らぬふたりが、一目で恋に落ちたなら。
たまたま出会って離れていてもその存在を支えとする、そんなふたりが再会して結ばれる初恋ストーリーです。
拝啓、大切なあなたへ
茂栖 もす
恋愛
それはある日のこと、絶望の底にいたトゥラウム宛てに一通の手紙が届いた。
差出人はエリア。突然、別れを告げた恋人だった。
そこには、衝撃的な事実が書かれていて───
手紙を受け取った瞬間から、トゥラウムとエリアの終わってしまったはずの恋が再び動き始めた。
これは、一通の手紙から始まる物語。【再会】をテーマにした短編で、5話で完結です。
※以前、別PNで、小説家になろう様に投稿したものですが、今回、アルファポリス様用に加筆修正して投稿しています。
不倫相手の方を選んで出ていった夫が「復縁したい」と言ってきた。
ほったげな
恋愛
不倫して出ていった夫・メレディス。しかし、私に「復縁したい」と言ってきた。理由は不倫相手の性格が悪いから。そんなの自業自得ですよね?!※シナリオ形式です。
【完結】名ばかり婚約者だった王子様、実は私の事を愛していたらしい ~全て奪われ何もかも失って死に戻ってみたら~
Rohdea
恋愛
───私は名前も居場所も全てを奪われ失い、そして、死んだはず……なのに!?
公爵令嬢のドロレスは、両親から愛され幸せな生活を送っていた。
そんなドロレスのたった一つの不満は婚約者の王子様。
王家と家の約束で生まれた時から婚約が決定していたその王子、アレクサンドルは、
人前にも現れない、ドロレスと会わない、何もしてくれない名ばかり婚約者となっていた。
そんなある日、両親が事故で帰らぬ人となり、
父の弟、叔父一家が公爵家にやって来た事でドロレスの生活は一変し、最期は殺されてしまう。
───しかし、死んだはずのドロレスが目を覚ますと、何故か殺される前の過去に戻っていた。
(残された時間は少ないけれど、今度は殺されたりなんかしない!)
過去に戻ったドロレスは、
両親が親しみを込めて呼んでくれていた愛称“ローラ”を名乗り、
未来を変えて今度は殺されたりしないよう生きていく事を決意する。
そして、そんなドロレス改め“ローラ”を助けてくれたのは、名ばかり婚約者だった王子アレクサンドル……!?
片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜
橘しづき
恋愛
姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。
私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。
だが当日、姉は結婚式に来なかった。 パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。
「私が……蒼一さんと結婚します」
姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
悪役令嬢に仕立て上げたいのならば、悪役令嬢になってあげましょう。ただし。
三谷朱花
恋愛
私、クリスティアーヌは、ゼビア王国の皇太子の婚約者だ。だけど、学院の卒業を祝うべきパーティーで、婚約者であるファビアンに悪事を突き付けられることになった。その横にはおびえた様子でファビアンに縋り付き私を見る男爵令嬢ノエリアがいる。うつむきわなわな震える私は、顔を二人に向けた。悪役令嬢になるために。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる