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「これが俺の調査結果です」
「────そうか」

 話終えると、長い沈黙の後、エドは一言だけそう言って。
 大きく息をつくと、深々とソファにもたれかかる。

 上を向き、目を閉じて何かを思案していた。

 全てのピースが合わさってパズルは完成した。
 いびつで強引に当てはめていたピースは、もう無い。

「やはり……メリッサでは無かったか……」

 誰にともなく、ポツリと呟く。
 その心情を俺は推し量る事は出来ない。

 初恋だと王子は言っていた。

 愛しそうに、頬を染めて。

「子供だったんだ。俺たちは子供だったんだよ、エド……」

 昔のように、くだけた口調で言えば。

 俺に顔を向けたエドは、少し悲し気に微笑んだ。




※ ※ ※




 子供の頃に読んだ絵本があった。

 それは人魚の悲しい恋物語。

 王子様を助けた人魚は、自分が助けたと言うことも出来ず。
 目の前には、自分を助けたと信じる姫に恋する王子様。
 自身よりも王子の幸せを願い、泡となった人魚姫。

 真実を知らぬまま別人を愛した王子は幸せだったのか。
 王子を真に救ったわけではない姫は、それでも王子の愛を得られて幸せだったのか。

 人魚姫は。結局最後まで真実を伝えないままで幸せだったのか。

 真実を伝えたとしても、王子の愛を得られるわけではない。けれど知らないよりは知っておきたい真実だってある。

 言葉の話せない人魚姫は。
 本当に伝える方法を持たなかったのだろうか。

 私は人魚姫じゃない。似て非なる境遇に、けれど私の選択は人魚姫と同じでなくていい。

 私はどうすればいいのだろう。
 私は一体……どうしたいのだろう?


 懐かしい絵本を手に取ったのは、ほんの気まぐれだった。
 なんとわなし気になって、つい手が伸びた。

 幼い頃、ボロボロになるまで読んだそれを手にして。

 私の胸を占める苦しみは、これは一体何なのか。

 自身に問いかけるより早く、部屋に響くノック音に意識はそちらへと向かった。




※ ※ ※




「こんにちは、フィリア」
「──こんにちは、エドワード様」

 ここは学園じゃない。本来ならもっと仰々しい挨拶が必要なのかもしれないけれど。

 こんにちはと彼が言うなら、私もそれで答えるべきなんだろう。

 公爵家から──アンドリュー様から手紙が来て、その呼び出しに大慌てで出てきた。何事だろうかと思いながらも、ある程度の予感はあった。

 訪れた公爵家にて出迎えてくれたのは、勿論アンドリュー様。
 けれど挨拶もそこそこに、行くように言われた場所を聞いて。全てを悟る。

 重い足取りを向けたのは。

 あの日の、あの池──

 そこに柵が施されてるのを確認し。
 その前に佇む人物を目にして息を呑む。

 ゆっくりと振り返ったエドワード様は、優し気に微笑んで挨拶をしてくれた。それに一瞬の間を置いて返す私。

 ああ、これはそういう事なんだろう。

 きっともう、隠す事は出来ない。なぜなら彼は

「ああ、こうやってこの場でキミを見て全てを思い出した。光を反射して眩しい程に美しい白の髪に──あの時は必死の形相で私を見ていたね、その茶色の瞳で……。どうして忘れてしまってたんだろうな」

 最後は自嘲気味に。呟くように彼は言って、悲し気に目を伏せた。

 彼は思い出してしまったのだ。記憶の淵に沈んでしまった記憶を。溺れて死にかけたあの時、確かに彼と私の視線は一瞬交錯していた。

 その一瞬を、彼はついに思いだしたのだ。

「申し訳、ありません──」
「……それは何の謝罪?」

 慌てて頭を下げる私に、苦し気な声が降ってくる。

 黙っててごめんなさい。本当の事を言わないでごめんなさい。

「全て、です。王子様」
「そんな風に泣きそうな声で言わないでよ、フィリア。どうか顔を上げてくれ」

 泣くまいとしてもどうしても声が震えてしまった。それに気づいた王子もまた、何だか泣きそうで。

 顔を上げた私はその瞬間──

 ふわりと金色の太陽に抱かれていたのだ。




 
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