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8、※王子視点
しおりを挟むあの日、貴族の子供達の為に開かれたお茶会で。
ずっと人に囲まれていた私は少し疲れて人目のつかない場所に逃げていた。
そして大きな池に出た時、持ってたハンカチが飛ばされて池に落ちて。
浮いてるそれをどうにか取ろうと手を伸ばしていたら──落ちてしまったのだ。
その後のことはあまり覚えてない。
必死で泳ごうともがくも、服が邪魔で思うように泳げず。そうこうしてるうちに体力は尽き、意識が遠のき沈みかけたあの瞬間。
強い力で腕を引かれた。
引かれて、そして口に柔らかい何かが当たって空気が入ってきて……。
おぼろげに、水面に引き上げられたこと。
『頑張って!あと少しだから!』
そう言って私を励ます声を聞いた気がした。
それから地面に横たわった感触がある事から、どうにか助かった事は分かった。
けれど朦朧とする意識では体を動かす事は出来なくて。
その時だった。
『今度からは気を付けてね』
そう言って、彼女は優しく頬に口づけを落としたのだ。
あの瞬間。
私はその子に恋をした──
「エディ?」
意識があの日に飛んでいた事に声をかけられるまで気付かなかった。ハッとなって慌てて目の前の少女に目を向ける。
あの日──私を助けてくれた少女、メリッサに。
「ごめん、なんだい?」
「だからキスしてって言ったの」
言われて言葉を失う。
何が不安なのか、メリッサは事あるごとにそれを自分に要求する。
それに対して自分が困惑するのはいつもの事だ。
だが誤魔化してもきっと納得しないメリッサに、私はいつものキスを──頬へのキスを送る。
それを不満そうに口を尖らせる彼女に苦笑しながら、私は立ち上がった。
「さ、落ち着いたなら教室に戻ろう。途中からでも授業には出なくちゃ」
「ええ……」
きっと彼女はこのまま私と一緒に居たいと思ってるのだろう。だがそれは駄目だ。
彼女はそろそろ自覚を持たなくちゃいけない。
私は王子で、彼女は婚約者。
おそらくは彼女が卒業と同時に結婚となるだろう。そうなると今以上に大変な状況が待っている。
このままいけば私は間違いなく次期王となる。そうなれば困るのはメリッサだ。
王妃たるもの学が無くては話にならない。国内はもとより諸外国と渡り合うのは、何も王だけでは無いのだから。
王妃が陰で支えてこその王なのだ。
だからこそメリッサには厳しい事も言ってきたが……彼女がどこまでそれを理解してるのか。
重い足を引きずる彼女を、強めに引っ張って。
強引に授業へと行かせるのだった。
※ ※ ※
何度も何度もあの日のことを思い出す。
おぼろげな記憶を……。
溺れた私が重たい瞼を開けると、目の前に雪のように白くて美しい髪が目に入った。
ああ、そう言えばこんな色だったな……。
そう思って手を伸ばすと慌てて逃げられてしまった。
「あ、ごめん……」
言うが早いか、ワッと複数の大人に取り囲まれてしまった。
「王子!大丈夫ですか!?」
心配げなその顔は、いつも王宮内で見ている面々だ。
どうやら自分はベッドの住人になってるようだ。確かに体は重くて、まだ動かせそうになかった。
「私は、一体──?」
「我が公爵邸の池で溺れたのです。申し訳ありません、王子。池は即刻埋めて立ち入り禁止に致しますので……」
「いや、その必要は無いよ」
申し訳なさそうに頭を下げる公爵に、慌ててそんな必要はないと告げる。
あれは自分の失態なのだから。せっかく綺麗な池を無くしてしまうなんて、そんな事してほしくないのだ。
何より。
記憶に残る彼女との思い出のそれを、消してしまいたくなかったのだ。
そういえば、とふと思う。
あの少女は。自分を助けてくれた少女はどこだろうか?
その場にいる全員をグルリと見回して。
一人の少女に目がいった。さっき逃げた少女だ。
見覚えのある白銀の髪。
けれど瞳の色に疑問を感じる。
違和感を感じたのだ。
白銀の髪は、確かに間違いない。でも目の前の少女の瞳の色は紫で……あの子は何色だっただろうか?
思い出そうとして、けれどまだハッキリしない頭ではどうにも思い出せなかった。
そうこうしてると、目の前にその少女が進み出てきた。
「キミは……?」
「王子、この子が王子をお救いしたそうなんです」
「キミが私を助けてくれたの?」
「は、はい、そうです」
「そうか、ありがとう……キミの名前は?」
「メリッサと言います、王子様」
「私はエドワード。キミは勇気があるね、メリッサ」
ニコリと微笑めば、赤く頬を染めるその様を素直に可愛いと思った。
けれど拭えぬ違和感。
きっと意識が朦朧としてたからだ。
そう言い聞かせるも、その後も違和感は消えることはなかった……。
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