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7、聖女に呪う力は無いのです
しおりを挟む「あんたの婚約者は、私がもらったあぁっ!!!!」
結局あの後、ラムサール様は帰ってしまわれて、ロクに会話も出来なかった。
そのことに軽く……いや、非常に凹んでいるところに現れた謎の女性。それがいきなり私を指差して、声高らかに宣言したのである。私の婚約者もらっちゃった宣言を。
「はい?」
いきなりすぎて意味不明。目が点状態で首を傾げる私は、なに一つおかしなことはしていない。だって理解できないのだもの。
しかし目の前の女性──よく見たら、さっきビョルンとイチャイチャしてた女性だなと気付いたが、どうでもいい──は、私を小ばかにしたように鼻でフフンと笑った。というか、フンッ! と鼻息荒い。
「ええっと、お話がよく理解できないのですが」
「だーかーら! あなたの婚約者! この国の第一王子にして後継者の王太子ビョルン様! あのかたは私がもらったと言ったのよ!」
「あ、そうですか、それは良かったですね。それじゃさようなら」
「はいさようなら……って、そんだけかーい!」
爵位は知らないけれど、確かに貴族令嬢であるお方が、そんなツッコミでいいの? と思ったら、慌てて口元押さえてたから、失言だったという自覚はあるらしい。キョロキョロ周囲を見回して、誰も見ていないことを確認してから、彼女は手を口から放してまたニヤリと笑う。
茶色のクルクル巻き毛が揺れる。
「もう一度言うわ。アリーナ様、あなたの婚約者であるところの、ビョルン王太子様。あのかたの心は、私が頂戴しましたわ」
「と言いますと?」
「あのかた、先ほど私に言ったんですのよ。『好きだよ』と」
「へえ、そうなんですね。良かったですね」
「そうよ、良かったわ。じゃなくてー!」
「私忙しいんですが、もういいですか?」
「はいどうぞ。だから良くないっての!」
なんなの一体。言ってることが支離滅裂で疲れる相手。それが目の前の令嬢の第一印象。
可愛らしいかただな、とは思う。そうかあの王太子は、こういうタイプが好みなのね。
あの王太子が『好きだ』と告白した相手らしいので、そういうことなのだろう。
そう聞かされても、嫉妬とか、嫌だななんて気分はこれっぽっちも、砂ひと粒ほどにもわき上がらない。のだが、どうやら目の前の女性は、私が嫉妬で悲しむことを期待しているらしい。
しょうがない、早く話を終わらせて、今後の予定を計画したい。
そう思って、私はため息をついてから「わー悲しー」と言っといた。
「……すっごい感情こもってないわね」
「そりゃこめてませんから」
「少しはこめなさいよ」
「じゃあもう一度。グスン、アリーナ悲しい!」
「無表情棒読みで言われても」
「どうしろと」
「私が聞きたいわ」
なんなのこの不毛な会話。もう終わって帰りたいのだけど。ラムサール様はまた明日、登城されると聞いた。あの人のいない城に用はない。早く帰って夢で彼に会いたい。夢で会えたら。
「私とビョルン様は、政略による婚約ですから、そこに愛はありません。ですので、彼の心があなたに向かおうと、私は一向に気にしませんので、ご自由に恋愛なさってください」
「え!」
なぜそこで驚くのだろう。私が彼のことを好いているとでも思っているのかしら。私、そんな素振りを人前で見せたこと無いのだけれど。
それにもうすぐ、婚約は解消するつもりだしね。
とは、まだ口にするのはまずいので、心の中で呟く。
「じゃあいいのね?」
確認するように彼女は聞く。
「なにがでしょう?」
「私があの方の側室になっても」
そこはさすがに正妻とは言わないのね。聖女を差し置いて、それはさすがに無理と、彼女にも分かっているのだろう。
もともと、結婚したところで私たちの間に愛はなく、子作りもしない予定だった。となれば、側室の存在は必須。後継誕生のためにも絶対にその存在は必要だったのだ。だから私は躊躇なく「構いませんよ」と答えた。
「私がビョルン様とラブラブしてても、呪わないでよ!?」
それが本音か。どうやら彼女は、聖女の能力を魔王のようになんでもありと捉えているらしい。そんなわけあるか。
「呪いませんよ」
「絶対だからね!」
言質はとったとばかりに、安堵した顔で彼女は去って行った。聖女は嘘を言ってはいけない。もし嘘をついたら、その魂に傷がつき、聖女としての資格も能力も失うから。
それは誰もが知る事実だ。
だから私が呪わないと言ったことに、彼女は安心したのだろう。そんな能力、元からないというのに。
女性が去り、帰りの馬車の中で「あ」と思わず口をつく。
「名前、聞いてなかったわ」
結局彼女はどこの誰だったのだろうか。
一瞬考えてから、すぐに「ま、いいか」と頬杖ついて窓の外を見た。
女性の名前がなんであろうと私には関係ない。今の私に重要なのは、どう王や親、周囲を言いくるめて婚約解消するか。
そしてどうやってラムサール様の心を手に入れるか、だ。
それ以外は今はどうでもいいと、夜空に浮かぶ満月を見て溜め息をつくのであった。
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