「僕は病弱なので面倒な政務は全部やってね」と言う婚約者にビンタくらわした私が聖女です

リオール

文字の大きさ
上 下
6 / 15

6、シリアスなのもぶっ込んでくるのです

しおりを挟む
 
「ビョルン様、どうかされましたぁ?」

 語尾を間抜けに伸ばして、女が僕の肩にしなだれかかる。

(……香水が随分とキツイな)

 顔をしかめて、そっと自然に体を離すも、女は追いかけてきて腕を絡ませる。
 その仕草にイラッとするが、自分で呼んでおきながら冷たい態度をとることはできない。
 そう、呼んだのだ。以前なにかしらの夜会で会った彼女のことを思い出したのは、彼女の父親が城に用があって来たから。顔は覚えていたが名前を覚えていなかった彼女のことを、不意に思い出して気まぐれに呼んでみた。
 そしたらアッサリ釣れたと。

 顔はまあまあ。美人の類に入ると思う。
 17歳の彼女には婚約者がいると聞くが、身分はあまり高くない相手。だからこそ、釣れたのだろう。

(うまくすれば、国王側室になれるとふんでだろうな)

 いつもそうだ。僕のところにやって来る女性は、いつだって僕自身を見ない。王太子という地位しか見えていないのだ。

 思えば、まともに愛されたことがない。
 両親は基本優しいし、愛してはくれる。だがひとたび王家という地位のある仮面をかぶったら、途端に厳しくなるのだ。王子として、王太子──後継者として、しっかりしなさいと。

 王家の後継者。

 幼い頃から口酸っぱく言われ続けた、呪いの言葉だ。
 耳にタコができすぎて、タコ焼きが食べたくなる。

 貴族連中も、誰も彼もが自分を一人の人間としてではなく、王子という立場しか見ない。そして陰で笑うのだ。無能な王子、と。
 ならば弟を後継にすればよいものを、現時点ではまだ判断できないと保留されて、自分は王太子のまま。

(いつか弟が正式に後継となるならば、今頑張る必要なんてないだろ)

 そう思って、執務は適当に流してきた。どうせ期待されていない自分のところに来る案件なんて、大したものは無いのだから。仕事のできない無能王子には、簡単な案件を回しておけ。そう誰かが言っているのを、聞いた事がないと思っているのだろうか。

 僕はたしかに無能だ。それは認めよう。でも僕にだって心はあるし、傷つくことだってある。

(早く──)

 早く、弟が成長すればいいのに。
 早く、弟が後継になればいいのに。

 そうすればこの窮屈なしがらみから解放されて、気が楽になるのに。

『そんなことで次期国王が務まるとお思いで?』

 不意に、脳裏に金の髪が浮かんで揺れた。
 美しい金髪をなびかせ、厳しい目を向ける美しい人。
 聖女でもって、自身の婚約者。

 キミもまた、僕に王が務まるなんて思っていないだろうに。
 それでも僕を見捨てることなく、キミは今日も僕を叱るんだ。
 彼女の目に宿るのは、けして愛ではない。もちろん友情でもない。
 それでも何かしらの『情』を感じるのは、彼女が聖女だからか。

 吸い寄せられる。
 彼女の目は、いつも僕の視線を奪う。
 だというのに、僕は素直に彼女の目を見れない。こうやって、別の女性に目を向けて、偽りの愛を囁くのだ。

「……キミはとても美しいね」
「!! 嬉しいですわ、ビョルン様!」

 本当に告げたい相手ではない。ただ僕の脳裏にある人に告げた言葉を、自身に向けられたと勘違いした女が、今度は僕の胸にしなだれかかってきた。

(香水が臭い)

 思わず顔をしかめたその時。視線を感じて息を呑む。中庭に面した廊下に、婚約者を認めたのはその瞬間。

(アリーナ……)

 愛すべき、我が婚約者。この国になくてはならない、聖女。聖力のこもった美しい金の髪をなびかせ、空を映したかのような青い瞳を僕に向けて、彼女は汚い物でも見るような光を浮かべる。
 瞬間、僕の背にビリビリと電気のようなものが走る。

 ゾクゾクとした感覚に、僕は笑いそうになった。

 なにを思う?
 キミは何を思って僕をそんな目で見る?
 きっとキミは思っていることだろう。

(最低な男、と……思って、いるのだろうね)

 それでいい。
 キミはそうやって僕を見下してくれればいい。
 僕を陰でバカにする連中は嫌いだ。大嫌いだ。

 でもキミは違う。

 キミは堂々と僕を『正面から嫌う』から好きだ。
 嫌いな僕を、それでも突き放せないキミが好きだ。

 フイと視線を背け、そのまま僕に背を向けて彼女は歩みを再開した。
 その背に向かって「好きだよ」と呟けば、胸元の勘違い女が喜びに涙する。
 それを冷めた思いで見下ろしながら、僕はもう一度アリーナのほうを見た。

 彼女の姿は、もうどこにも無かった。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

【完結】姉は全てを持っていくから、私は生贄を選びます

かずきりり
恋愛
もう、うんざりだ。 そこに私の意思なんてなくて。 発狂して叫ぶ姉に見向きもしないで、私は家を出る。 貴女に悪意がないのは十分理解しているが、受け取る私は不愉快で仕方なかった。 善意で施していると思っているから、いくら止めて欲しいと言っても聞き入れてもらえない。 聞き入れてもらえないなら、私の存在なんて無いも同然のようにしか思えなかった。 ————貴方たちに私の声は聞こえていますか? ------------------------------  ※こちらの作品はカクヨムにも掲載しています

【完結】義姉の言いなりとなる貴方など要りません

かずきりり
恋愛
今日も約束を反故される。 ……約束の時間を過ぎてから。 侍女の怒りに私の怒りが収まる日々を過ごしている。 貴族の結婚なんて、所詮は政略で。 家同士を繋げる、ただの契約結婚に過ぎない。 なのに…… 何もかも義姉優先。 挙句、式や私の部屋も義姉の言いなりで、義姉の望むまま。 挙句の果て、侯爵家なのだから。 そっちは子爵家なのだからと見下される始末。 そんな相手に信用や信頼が生まれるわけもなく、ただ先行きに不安しかないのだけれど……。 更に、バージンロードを義姉に歩かせろだ!? 流石にそこはお断りしますけど!? もう、付き合いきれない。 けれど、婚約白紙を今更出来ない…… なら、新たに契約を結びましょうか。 義理や人情がないのであれば、こちらは情けをかけません。 ----------------------- ※こちらの作品はカクヨムでも掲載しております。

【完結】婚約破棄の代償は

かずきりり
恋愛
学園の卒業パーティにて王太子に婚約破棄を告げられる侯爵令嬢のマーガレット。 王太子殿下が大事にしている男爵令嬢をいじめたという冤罪にて追放されようとするが、それだけは断固としてお断りいたします。 だって私、別の目的があって、それを餌に王太子の婚約者になっただけですから。 ーーーーーー 初投稿です。 よろしくお願いします! ※こちらの作品はカクヨムにも掲載しています

【完結】真実の愛だと称賛され、二人は別れられなくなりました

紫崎 藍華
恋愛
ヘレンは婚約者のティルソンから、面白みのない女だと言われて婚約解消を告げられた。 ティルソンは幼馴染のカトリーナが本命だったのだ。 ティルソンとカトリーナの愛は真実の愛だと貴族たちは賞賛した。 貴族たちにとって二人が真実の愛を貫くのか、それとも破滅へ向かうのか、面白ければどちらでも良かった。

【完結】ええと?あなたはどなたでしたか?

ここ
恋愛
アリサの婚約者ミゲルは、婚約のときから、平凡なアリサが気に入らなかった。 アリサはそれに気づいていたが、政略結婚に逆らえない。 15歳と16歳になった2人。ミゲルには恋人ができていた。マーシャという綺麗な令嬢だ。邪魔なアリサにこわい思いをさせて、婚約解消をねらうが、事態は思わぬ方向に。

冷遇する婚約者に、冷たさをそのままお返しします。

ねむたん
恋愛
貴族の娘、ミーシャは婚約者ヴィクターの冷酷な仕打ちによって自信と感情を失い、無感情な仮面を被ることで自分を守るようになった。エステラ家の屋敷と庭園の中で静かに過ごす彼女の心には、怒りも悲しみも埋もれたまま、何も感じない日々が続いていた。 事なかれ主義の両親の影響で、エステラ家の警備はガバガバですw

〖完結〗では、婚約解消いたしましょう。

藍川みいな
恋愛
三年婚約しているオリバー殿下は、最近別の女性とばかり一緒にいる。 学園で行われる年に一度のダンスパーティーにも、私ではなくセシリー様を誘っていた。まるで二人が婚約者同士のように思える。 そのダンスパーティーで、オリバー殿下は私を責め、婚約を考え直すと言い出した。 それなら、婚約を解消いたしましょう。 そしてすぐに、婚約者に立候補したいという人が現れて……!? 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話しです。

義妹のせいで、婚約した相手に会う前にすっかり嫌われて婚約が白紙になったのになぜか私のことを探し回っていたようです

珠宮さくら
恋愛
サヴァスティンカ・メテリアは、ルーニア国の伯爵家に生まれた。母を亡くし、父は何を思ったのか再婚した。その再婚相手の連れ子は、義母と一緒で酷かった。いや、義母よりうんと酷かったかも知れない。 そんな義母と義妹によって、せっかく伯爵家に婿入りしてくれることになった子息に会う前にサヴァスティンカは嫌われることになり、婚約も白紙になってしまうのだが、義妹はその子息の兄と婚約することになったようで、義母と一緒になって大喜びしていた 。

処理中です...