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6、シリアスなのもぶっ込んでくるのです
しおりを挟む「ビョルン様、どうかされましたぁ?」
語尾を間抜けに伸ばして、女が僕の肩にしなだれかかる。
(……香水が随分とキツイな)
顔をしかめて、そっと自然に体を離すも、女は追いかけてきて腕を絡ませる。
その仕草にイラッとするが、自分で呼んでおきながら冷たい態度をとることはできない。
そう、呼んだのだ。以前なにかしらの夜会で会った彼女のことを思い出したのは、彼女の父親が城に用があって来たから。顔は覚えていたが名前を覚えていなかった彼女のことを、不意に思い出して気まぐれに呼んでみた。
そしたらアッサリ釣れたと。
顔はまあまあ。美人の類に入ると思う。
17歳の彼女には婚約者がいると聞くが、身分はあまり高くない相手。だからこそ、釣れたのだろう。
(うまくすれば、国王側室になれるとふんでだろうな)
いつもそうだ。僕のところにやって来る女性は、いつだって僕自身を見ない。王太子という地位しか見えていないのだ。
思えば、まともに愛されたことがない。
両親は基本優しいし、愛してはくれる。だがひとたび王家という地位のある仮面をかぶったら、途端に厳しくなるのだ。王子として、王太子──後継者として、しっかりしなさいと。
王家の後継者。
幼い頃から口酸っぱく言われ続けた、呪いの言葉だ。
耳にタコができすぎて、タコ焼きが食べたくなる。
貴族連中も、誰も彼もが自分を一人の人間としてではなく、王子という立場しか見ない。そして陰で笑うのだ。無能な王子、と。
ならば弟を後継にすればよいものを、現時点ではまだ判断できないと保留されて、自分は王太子のまま。
(いつか弟が正式に後継となるならば、今頑張る必要なんてないだろ)
そう思って、執務は適当に流してきた。どうせ期待されていない自分のところに来る案件なんて、大したものは無いのだから。仕事のできない無能王子には、簡単な案件を回しておけ。そう誰かが言っているのを、聞いた事がないと思っているのだろうか。
僕はたしかに無能だ。それは認めよう。でも僕にだって心はあるし、傷つくことだってある。
(早く──)
早く、弟が成長すればいいのに。
早く、弟が後継になればいいのに。
そうすればこの窮屈なしがらみから解放されて、気が楽になるのに。
『そんなことで次期国王が務まるとお思いで?』
不意に、脳裏に金の髪が浮かんで揺れた。
美しい金髪をなびかせ、厳しい目を向ける美しい人。
聖女でもって、自身の婚約者。
キミもまた、僕に王が務まるなんて思っていないだろうに。
それでも僕を見捨てることなく、キミは今日も僕を叱るんだ。
彼女の目に宿るのは、けして愛ではない。もちろん友情でもない。
それでも何かしらの『情』を感じるのは、彼女が聖女だからか。
吸い寄せられる。
彼女の目は、いつも僕の視線を奪う。
だというのに、僕は素直に彼女の目を見れない。こうやって、別の女性に目を向けて、偽りの愛を囁くのだ。
「……キミはとても美しいね」
「!! 嬉しいですわ、ビョルン様!」
本当に告げたい相手ではない。ただ僕の脳裏にある人に告げた言葉を、自身に向けられたと勘違いした女が、今度は僕の胸にしなだれかかってきた。
(香水が臭い)
思わず顔をしかめたその時。視線を感じて息を呑む。中庭に面した廊下に、婚約者を認めたのはその瞬間。
(アリーナ……)
愛すべき、我が婚約者。この国になくてはならない、聖女。聖力のこもった美しい金の髪をなびかせ、空を映したかのような青い瞳を僕に向けて、彼女は汚い物でも見るような光を浮かべる。
瞬間、僕の背にビリビリと電気のようなものが走る。
ゾクゾクとした感覚に、僕は笑いそうになった。
なにを思う?
キミは何を思って僕をそんな目で見る?
きっとキミは思っていることだろう。
(最低な男、と……思って、いるのだろうね)
それでいい。
キミはそうやって僕を見下してくれればいい。
僕を陰でバカにする連中は嫌いだ。大嫌いだ。
でもキミは違う。
キミは堂々と僕を『正面から嫌う』から好きだ。
嫌いな僕を、それでも突き放せないキミが好きだ。
フイと視線を背け、そのまま僕に背を向けて彼女は歩みを再開した。
その背に向かって「好きだよ」と呟けば、胸元の勘違い女が喜びに涙する。
それを冷めた思いで見下ろしながら、僕はもう一度アリーナのほうを見た。
彼女の姿は、もうどこにも無かった。
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