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3、今現在はこの国は幸せなのです
しおりを挟むゴホン、と一つ咳ばらいをしてから、ラムサール様は私を見た。
「お会いできて光栄です、聖女様」
どうやら簡潔に言えば失敗せずに済むと思ったのか、言い直してきた。そしてそれは成功したらしい。
「私もお会いできて光栄ですわ、ラムサール大魔法使い様」
「なに、数十年に一度出るかでないかの聖女に比べれば、魔法使いなどそこらにゴロゴロしている」
「ゴロゴロ転がるほど、暇なのですか?」
「……」
「……」
「アリーナちゃん、さすがにそれは寒いよ」
分かってます、失言だったと自分でも分かってるので、耳元でコソコソ言わないで。余計に恥ずかしくなる。
あと『ちゃん』付けはやめて、国王様。
ゴホン、と今度は私が咳払いをした、その時。「く、くくく……」と何やら聞こえるので見たら、ラムサール様が体をくの字にして、必死に笑いをこらえているではないか。こらえきれてないけど。
「よし、笑いとれました。国王様、私の勝ちです」
「なにが勝ちなのか分からんが、まあ……うん。とりあえず話進めていいかな」
さっきからちっとも話が進んでいないことに苦笑する国王に、私は頷いてラムサール様を見た。
「いや、話すのワシだから、ワシを見て」
「大丈夫です、王様の話を聞きながらラムサール様を見てます」
「ワシの目を見て話を聞いて!?」
「なにが悲しくて、オッサンの顔を見ながら話を聞かなきゃいけないんですか!?」
オッサン
オジサマでもなければオジサンでもない。
オッサン。
これ中年男性にはなかなかダメージが大きいワードである。(私調べ
「まあいい」いいんだ。諦めたように王様が話すのを耳で受け止めながら、私はラムサール様を見つめた。
彼も彼で、面白そうに私と王を交互に見ている。
「隣国の王太子が立派な王となられたところで、彼はお役御免となった。とはいえ大魔法使いであるから、隣国は国にとどまって欲しいと思っていたそうなのだが、ラムサール殿は一国にとどまることを好まないそうでな」
「一国にずっととどまれば、その国の所有と考えられてしまいますからね。私のように規格外の魔力を持った者は、どこにも属さないほうが世界のためにいいんです」
「……というわけで、今度は教育係を募集していた我が国に来て下さることになったんだよ」
能力が高いというのは、良いことばかりではないのねえ。
きっと彼は今まで、その魔力の高さゆえに色々苦労もしてきたのだろう。
「しんちゅうお察しします」
「真鍮?」
「ちゃう。心中」
サッと真鍮のロウソク立てを出すな。どこにあったのそれ。魔法で出した? 魔力の無駄遣いを見た気がする。
いつもは私のボケ(?)に国王がツッコミ(?)入れるのになあ。まさか私がツッコミ入れる日が来るとは。
人生って何があるか分からない。
そいでもって、恋ってどこに落ちてるか分からない。
「ラムサール様があの王子を教育してくださるなら、心強いですわ。どうか国の為、宜しくお願いいたします」
「こちらこそ。そういえばビョルン王子は、あなたの婚約者だとか……」
「そんな事実は一切ございません」
「え」
最後の「え」は国王のものである。
「いや、アリーナちゃんはビョルンと婚約して……むごむご」
「どうしましたか国王様、むごむご言って饅頭でも喉につめましたか?」
「むふ、むごふごむすふおむ(いや、ワシ何も食べてない)」
「それは大変、では急ぎ寝室で横になってくださいまし。後で私が治療して差し上げますわね」
魔力ならぬ聖力の無駄遣い。
沈黙の魔法を王にかけて黙らせる。
え、という顔の国王は無視して、私はパチンと指を鳴らした。直後、王室直属の使用人が入って来る。
「国王様が体調不良ですので、寝室へお連れして。のちほど私が治療しますわ」
聖女の言葉を疑うような民は、この国にいない。
みなが頷いて、「え、えええ……!?」と戸惑う王の抵抗を無視して、えっほえっほと担いで行くのであった。よし、そのままフェードアウトしてください。
王が居なくなり、誰もいなくなった王の執務室で、私は背後を振り返りニコリと微笑んだ。
「失礼しました。わたくし、これから王を治療してまいりますので、またお話は後程……」
「ああ。この国は幸せだね、あなたという聖女が居るのだから」
「まだまだ未熟者ですわ」
「そんなことはない。城下町を見たが、皆が幸せそうに暮らしている。これも聖女であるあなたの守護があってのことだろう」
「国王様のおかげです」
そう、ツッコミ担当だが、あの国王は本当に優秀なのだ。だから何があってもビョルンにはまともになってもらわないと。もしくは不幸なことでも起きて、弟君に後継の座を譲ってもらわないと。
不穏な考えを読まれないように、俯いて考えてから、また顔を上げてニッコリ笑った。
意味不明な笑み、これ大事!
「有能で、しかも美しい聖女……この国は、本当に幸せだね」
言って、ラムサール様は私の聖力のこもった金の髪をひと房つまんだ。
もう一度恋に落ちるのには、十分な行為である。
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