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14、私は姉を笑いたい

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「──は?」

 その瞬間の。王太子の言葉を聞いた瞬間の姉の顔!
 きっと忘れる事は出来ないだろう。それほどに滑稽だ。

 姉は、マリナは何を言われたのか理解出来ず、王太子の腕を掴んだ。

「マリナ?」
「え、あの……ルーカス様?今なんて……」
「何度も言わせるな。私の新しい婚約者はクリスティナだ!」

 そう言って、呆然とする姉の腕を振り払い、王太子はスタスタと歩みを進めた。

 そして一人の令嬢の前で跪く。

 それはとある侯爵家が令嬢。栗色の髪が肩にかかった彼女は、大人しそうな印象を与える。

「あ、あの……」
「もう私達を阻むものは無いよ。私の婚約者になってくれるね、クリスティナ?」
「はい、喜んで!」

 そう言って、クリスティナと呼ばれた令嬢は涙を流して伸ばされた手を取るのだった。

 ざわめきが場内を駆け巡る。

 それはそうだろう。
 誰もが疑わなかった。
 次の婚約者はマリナ、我が姉。そう誰もが信じていたのだから。

 でもただ一人。当人である王太子とクリスティナ嬢を除いた、たった一人はこの事態を予想していたのだ。

 ──誰あろう、私である。

「く、くっくっく……」

 今の今まで我慢していたのだけれど。
 ついに耐え切れなくなった私は、笑いを漏らす。

「ルナ!?」

 その私の様子に、顔色を変えて姉が詰め寄って来た。

「どういうことよ、どうして笑ってるの!?この事態を理解出来てるっていうの?」

 胸倉を掴まんばかりの勢いの姉を受け止め、私は冷静に「ええ」と頷いた。

「王太子の心変わり、気付いてなかったのですか?」

 その言葉に、姉は顔を青ざめる。

 気付いてないわよねえ。そりゃ当然よ。
 貴女は私の事しか見てなかったから。

 王太子よりも誰よりも……貴女は妹である私の事だけを見ていたでしょう?

 でも私は違う。王太子が私と姉のイザコザにウンザリし始めた事、すぐに気付いたのよ。
 そして誘導したのよ……そうとは知られずに。
 王太子を。
 別の女の元へと。

 それがクリスティナ。前々から王太子に熱い視線を送っていた彼女。彼女は実に御しやすかった。私の思い通りに動いてくれた。

 ちょっと人を使って王太子と偶然を装って出会わせて。
 そしてその偶然を何度も繰り返す。

 となれば、恋に慣れてない単純な貴族は、それが運命だと勘違いするものだ。
 勘違いはやがて恋心へと変化する。

「あの二人は実に簡単に恋に落ちましたのよ?」
「そ、そんな馬鹿な……嘘よこんなの、嘘よ……」

 信じたくなければどうぞご自由に。
 でも真実はけして覆らないのよ。

「王太子は本当に何と言うか……惚れやすい方なのですねえ。私を愛してると言ってたくせに、アッサリとお姉様に鞍替えして。かと思えば、クリスティナ様にコロッと気持ちを移してしまわれて……」

 正直、ドン引き以外のなにものでもない。
 あんな簡単に浮気するような男、こちらから願い下げというもの。クリスティナ様も……気の毒に。まあ今は恋は盲目な状態ですから、分かってないでしょうけど。

 人の男を奪うのが好きな女性は、同じ事をされると考えないのでしょうか?
 どうして自分こそが一番で絶対だなんて思えるのでしょうか。

 私には理解できません。

「嘘よ!」

 だが未だ状況を呑み込めてない馬鹿な女は、ただ叫ぶ事しか出来ない。

 叫んで、そして。

「こんなの嘘よ!お前、よくもルーカス様を誑かしたわね……!」

 そして、掴みかかる事しか、その愚か者には出来ないのだった。




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