上 下
1 / 40
第一部

プロローグ

しおりを挟む
 
 
 ファインド伯爵令嬢こと、フィーリアラ・セラス・ファインドは──私は今日も頭を悩ませていた。

 原因は目の前の山となる書類。
 パチパチと弾いていたソロバンの音を不意に止める。そして出るのは大きな溜め息。

 ああ……また今月も赤字だわ。

 今月「も」。そう、今月「も」!

 先月も先々月も先々々月も、その前ももっと前も……というかこの数年!齢15という有り得ぬ若さで会計デビューした日──自分がこの伯爵家の財布を預かるようになる前から、ずっと……ずっと、だ!

 この家は、いやこの伯爵家が有する領土は赤字続きだった。

 それもこれもあの──

 頭を抱えたくなるような状況に、溜め息が止まらなくなっていた頃。
 扉をノックする音が耳に入った。

 嫌な予感……

 返事も待たずに、ガチャリと扉を開けて入ってきたのは──

「お姉さま!」

 はい来た、これ来た、やっぱり来た。

 どピンク頭を今日もフワフワ綿菓子ヘアーにして、纏め上げて。翡翠のような緑の目をクリクリにして。そして色白な肌をほのかに朱に染めて。

 外見だけは可愛らしい、我が妹、ウェンティが駆け寄ってきた。

 そして椅子に座っている私に飛び付いてきたのだ。

 ええい、鬱陶しい。

 そうは思っても実の妹を邪険にするのは憚られるので、そこはぐっと我慢する。大人だ。私は大人だ。18才の私がこらえればいいのだ!

 わずか1つしか違わないというのに、幼すぎる妹に頭を抱えて溜め息でもつきたいものだ。しないけど。大人だから。

「ねえお姉さま、新しいお洋服が欲しいんですの」

 大人!だから!
 グッとこらえて話を聞くのよ私!

「どうして?お洋服ならたくさん持ってるでしょう?」
「うーん、もう飽きちゃったの」

 ……ふざけんなよ、貴様。

 な、に、が、飽きちゃったの、だ!

 私なんかこの1年、まともに服なんか買っとらんわ!同じ服をあれこれアレンジして、ワンパターンにならないように工夫しとるわ!

 なーにが飽きちゃった、だ、馬鹿者が!頭のピンクは花か!実は頭にお花が咲いてるのか!?

「ウェンティ……我が家にはそんなにポンポンと新しい服を買う余裕はありません。今ある物でどうにかなさい」

 ひきつる顔を必死で抑えて、無理に笑顔を作るのって苦しくなるね!
 努めて冷静に言ってやったら
「えー、お姉さまのケチー!」

 おーい、誰かハンマー持ってきてー!
 こいつの脳天かち割ってもいいですかー?

 お前の脳みそはどうなっとんじゃ!

 思わずそう叫びかけた時だった。

 再びノックの音、そして返事する前に入ってきて私の元にかけ寄る2人の影。

「フィーリアラちゃん、このカタログにある異国のお茶、是非取り寄せて頂戴!今度のお茶会で皆さんにお出ししたいの!」
「フィーリアラ、先程この壺を商人が持ってきてな。素晴らしいフォルムに一目惚れしたのだ!後で請求が来ると思うので支払いを頼むぞ!」

 我が家の経済状況を全く把握してないバカップル──もとい、愚両親。

 プチッと何かが切れる音がした。

「あら?何か切れました?」

 そうか、お前にも聞こえたかウェンティよ。では私が大きく息を吸った意味を理解せよ!

「全員、そこに並べぇぇっっ!!!」

 渾身の雄叫び炸裂!
 よし、並んだ。
 父、母、ウェンティ。
 見事に横並びになって気を付けしてる。

 ……いつもの光景だね、うん。

 スーッと大きく息を吸い一気にまくし立てる!

「いつも言ってますが、あなた方は我が家の経済状況を理解されてますか!?それほど潤ってない領土に大した税収も無く、それどころか狭まる領土。曾祖父の時に比べて半分以下ですよ、半分以下!」

 祖父の代で少し減って、父の代で一気に減ったわ!
 分かっとんのか、そこのハゲ予備軍!

 最近ちょっと薄くなってきた父は、そんな頭をポリポリ掻きながら困った顔をする。

「いやまあそうなんだけど。伯爵家としての矜恃は忘れちゃ駄目かなあと」
「忘れて下さい」

 バッサリ切ってやる。
 何が矜恃だ!
 そもそもどこに忘れるプライドがある!そんな物があるならこんな状況になっとらんわ!

「そんなものは忘れて下さい。我が家の経済状況がアップアップしてるのだけ覚えておいてください。そしてその壺はさっさと返品してきて下さい。今すぐに」

 言ってやったら「え~」とか抜かすから思っきし睨んでやると、慌てて出て行った。
 これ以上私を怒らせると毛をむしられると思ったのだろう。大正解だけどな!

 そうして残された2人──母と妹。

 父よりも厄介なこの2人!

「あらあらフィーリアラちゃんったら、そんなに怒ると可愛い顔が台無しよ?」
「誰のせいですか!」

 ポヤポヤンとした母は、私に譲った遺伝子である金色の髪を綺麗に結い上げて、ウェンティに譲った緑の瞳を私に向けてニッコリと微笑んだ。

「まあお父様のあの壺は無駄でしかないけれど、わたくしのは違うでしょ?お茶会でお出しするお茶ほど重要な事はないのだから」
「それ以前の問題です。お茶会なんて開く余裕が我が家のどこにあるんですか。まず開かないで下さい、何も買わないで下さい」

 言ってやったら「え~」とか抜かすから思っきし睨んでやると、慌てて出て行った。
 これさっき見た光景な!

 母が出て行った扉から目を離して、最後に残った人物を見る。

 最も厄介、面倒な人物を。

 父でもなく母でもなく、祖母譲りのピンク頭。
 我が愚妹の顔を見る。
 ニコニコと微笑んでる、状況をまっっったく理解してない妹を!

 ハ~と、ついに出てしまう溜め息。そりゃ出るわな。

 只でさえ苦しい家計を更に追い込む魔物のような家族。その中でも最も容赦なく首を絞めてくるのが、このピンク頭だ!

 もうそのピンク、目がチカチカするわ!いっそ真っ青に染めてやろうか!

 知ってる?色って結構人の精神に影響するのよ。
 赤は興奮するので激論する時は部屋のカーテン赤くするといいよ!
 逆に青は落ち着くので、冷静な話し合いの時には最適だよ!

 ……ピンクはイライラさせるだけだね!

「お姉さま、お洋服はもういいのでお小遣い下さいな」

 お前、全っ然分かってないだろう!

 もうあの親父よりも早くハゲるんじゃなかろうか。

 泣きそうになりながら頭をかきむしる私を、ウェンティは相変わらずニコニコと微笑んで見ているのだった。

 誰か!
 この悪魔のような家族をどうにかしてえぇぇ!




しおりを挟む
感想 60

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

旦那様は大変忙しいお方なのです

あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。 しかし、その当人が結婚式に現れません。 侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」 呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。 相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。 我慢の限界が――来ました。 そちらがその気ならこちらにも考えがあります。 さあ。腕が鳴りますよ! ※視点がころころ変わります。 ※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

2度目の人生は好きにやらせていただきます

みおな
恋愛
公爵令嬢アリスティアは、婚約者であるエリックに学園の卒業パーティーで冤罪で婚約破棄を言い渡され、そのまま処刑された。 そして目覚めた時、アリスティアは学園入学前に戻っていた。 今度こそは幸せになりたいと、アリスティアは婚約回避を目指すことにする。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

平凡令嬢の婚活事情〜あの人だけは、絶対ナイから!〜

本見りん
恋愛
「……だから、ミランダは無理だって!!」  王立学園に通う、ミランダ シュミット伯爵令嬢17歳。  偶然通りかかった学園の裏庭でミランダ本人がここにいるとも知らず噂しているのはこの学園の貴族令息たち。  ……彼らは、決して『高嶺の花ミランダ』として噂している訳ではない。  それは、ミランダが『平凡令嬢』だから。  いつからか『平凡令嬢』と噂されるようになっていたミランダ。『絶賛婚約者募集中』の彼女にはかなり不利な状況。  チラリと向こうを見てみれば、1人の女子生徒に3人の男子学生が。あちらも良くない噂の方々。  ……ミランダは、『あの人達だけはナイ!』と思っていだのだが……。 3万字少しの短編です。『完結保証』『ハッピーエンド』です!

身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~

湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。 「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」 夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。 公爵である夫とから啖呵を切られたが。 翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。 地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。 「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。 一度、言った言葉を撤回するのは難しい。 そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。 徐々に距離を詰めていきましょう。 全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。 第二章から口説きまくり。 第四章で完結です。 第五章に番外編を追加しました。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

処理中です...