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しおりを挟む侯爵家の執務をこなしていた私が関わって来た者は、大勢居る。だが大体は頻繁に会う事もなく、一度きりの者が多い。そういった連中は『実はあれはバルバラではなくハリシアだった』と言われても、そうなのか、くらいにしか思わないだろう。顔の違いに気付くほどの記憶は残ってないだろう。
証人としては弱い。
だが伯父に渡した書類三件の貴族・商会の代表者は違う。
私が直接何度も会って来た人物達だ。確実に私の顔を覚えており、私が紛れもないバルバラで、侯爵家の執務をこなしていることを証言出来る人たちだ。
正直、そんな証人なんて必要なく信じて貰えたら良かったのだけど。
疎遠となってしまった伯父に理解しろと言う方が無理なのかもしれない。だがどこか悲しく感じるのはやはり肉親だからか。
そして一人目が来た。とある共同事業で頻繁に顔を合わせていたボルス伯爵だ。正直最初に来てくれたのが彼で良かった。
ボルス伯爵は父と年齢が近く、父が形だけの当主だという事をよく知ってる方だ。
そして何度も私と会ったことがある。会うたびに大変ですねと同情し、親身になってくれた。まだ執務に慣れない私にあれこれ教えてくれた中の一人でもある。彼に私と年齢の近いご息女がいるのも理由だろうけど。
「お久しぶりでございます、ノウタム公爵。急用との事ですが、どうされましたか?」
「ボルス伯爵、急な呼び出し申し訳ない。ちと会ってもらいたい人物が居てな」
「それは一体──おや、バルバラ様ではありませんか。お久しぶりです」
「ご無沙汰しております、ボルス伯爵」
伯父の後ろに控えていた私を見るや、直ぐに伯爵は私に気付いてくれた。すぐに顔をほころばせてくれるのも……歳の近いご息女──以下略です。
そんな私達を見やって、少し目を瞠る伯父。
「二人は知り合いなのか?」
そんな伯父の問いに笑い声を上げるのはボルス伯爵だ。
「知り合いも何も。侯爵家の執務をこなされてるバルバラ様とは、仕事で何度かご一緒した事がありますから。ノウタム公爵様こそ、バルバラ様とお知り合いだったとは存じませんでした」
「ノウタム公爵は私の伯父──父の兄ですの」
私がそう説明すると、合点がいったというようにポンと手を叩く伯爵。
「なるほどそうでしたか。そう言えば似ておられますね」
それはけして嘘では無いだろう。
父と伯父は似ている。そして私は父似だ。必然的に伯父にも似ているのだから、親族という説明に首を傾げる者はいないだろう。
「執務で──では伯爵はれいの噂は?」
「ああ、あの……ハリシア様が執務をされてる、バルバラ様の名前を語っておられる、という噂ですか?とんでもない話ですね。私も知り合いに会えば説明してるのですが、何分バルバラ様を直接知らない者たちの疑心を取り除くには不十分のようでして」
知らない事実に私は少し驚いた。
そうか、私をよく知る人たちはそうやって噂を否定してくれてるのかもしれない。
けれど例えば国王が否定するならともかく、一介の貴族や商人の言葉、信用してくれるかどうかは……難しいのかもしれない。
実際伯父は完全に噂を信じていたのだから。
ボルス伯爵と、まだ来てないあと二人もそうだが、我が侯爵家と頻繁にやり取りしてた方と伯父様はあまり繋がりがないのだろう。互いを知ってるが、どこかよそよそしい。
きっと伯父様はボルス伯爵のような、真実を知る人たちと会う事が無かったのではなかろうか。
ボルス伯爵からひとしきり話を聞いた後。
その後訪れた同じく伯爵家の方も同様に、私が紛れもなく侯爵家を率いていたことを証言。
最後に訪れた大商会の代表者も同じ証言をしてくれるのだった。
伯父様との関わりが薄い、けれど確かな実力を持った三人。伯父様が疑いようのない、信用できる三人を選んだつもりだ。
三人が帰宅後。
通された応接間で、伯父はドサッとソファに倒れ込むように座り、頭を抱えるのだった。
真実を知らず、噂を信じた己を恥じてるのかもしれない。
長い沈黙の後。
「────すまなかった」
重い空気の中、伯父はポツリと呟いた。
「馬鹿な弟ですまない……。お前が父親と姉に苦労していたこと、何も知らず……あんな嘘の噂も信じて放置していたこと、心から謝罪する。本当にすまなかった──いや、申し訳なかった」
「……いえ」
なんと言えばいいのか分からず、私の返事は簡潔だった。
フッと顔を上げて私を見る伯父は、この数時間で随分疲れた顔になっていた。そんな顔をさせたことに少しの罪悪感を覚える。
気にしないでくださいと言えばいいのだろうか。
それとも笑えばいいだろうか。怒ればいいだろうか。
どう反応すればいいのか分からず悩む私に、伯父は立ち上がって近づき。
そっと抱きしめてくれるのだった。
「伯父様?」
「バルバラ……これまでよく頑張ったな。本当に、よく、頑張った……。そしてありがとう。侯爵家のため、領民のため、頑張ってくれて……ありがとう……ありがとう」
「────!!」
優しく頭を撫でてくれる。
頑張ったと褒めてくれる。労ってくれる。
その事が。
ただそれだけの事が単純に嬉しくて。
「う──……」
ポロポロと溢れだす涙を、私は止める事ができなかった。
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