【完結】復讐の館〜私はあなたを待っています〜

リオール

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里奈と美菜と貴翔と隆哉

10、

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 ヘタリと膝から床に崩れ落ちる。立っていられなかった、理解が追い付かず、現実を直視できない。
 自分が貴翔だなんて思ったこと一度もないのに、受け入れらるわけがない。ただ、夢を見たというだけで、私が──

「僕らは貴翔を憎んでる」隆哉の声が届く。
「え?」
「俺が見た里奈の夢は、美菜が見た以上にたくさんあったんだよ。美菜の知らない話もたくさんある。たくさん、本当にたくさん……」

 そう言って、隆哉は苦し気に眉根を寄せた。
 そんなにも里奈は苦しめられたのだろうか。それらを隆哉は全て見てしまったというのか。
 私の場合は、見た貴翔の記憶は少ない。亡くなった母親や、かつて自分を愛してくれてた頃の父親の記憶なんか、一切無い。狂ってしまった貴翔の記憶も曖昧だ。だから本当に自分が貴翔だったのか自信がもてないほどだ。

 対して、隆哉はたくさん見せられたのだろう。苦しめられたのだろう。私が見たおぞましい夢がほんの一部だったとしたら、隆哉の苦しみは想像を絶するものだろう。

「ごめんなさい……」

 私が謝ったところでどうなるものでもない。過去が変わるわけでもない。悲惨な最期を迎えた里奈とアユムの恨みは、到底消えるものでは。
 分かってはいたが、それでも謝った。それしか出来ないと思ったから。

「本当にごめんなさい。何も覚えてないけれど……ごめんなさい」
「謝罪なんていいよ」

 俯き謝り続ける私にかけられた声は、とても冷たい。それに驚いて顔を上げれば、いつの間にか隆哉は離れていた。私に背を向けていた。その背に──もう里奈もアユムも居ない。

「隆哉!?」

 目を見張り、立ち上がって慌てて鉄格子に縋りついた。ガシャンと音を立てるだけで、それはけして道を開けてはくれない。
 鉄格子の合間から、私は必死で手を伸ばして叫んだ。

「隆哉!お願い、ここから出して!」

 必死に手を伸ばすも、けれどけして隆哉には届かない。それどころか、どんどん離れてしまう。そして隆哉は外に出る扉の前に立った。それが何を意味するのか考えるのも恐ろしく、私は狂ったように鉄格子を揺らし続けた。

「待って、待ってよ隆哉!私をどうする気!?こんなとこに置いて行かないで!お願いよ!」

 ガシャガシャと揺らし、叩く。叩いて叩いて叩き続けて……拳に痛みが走って血の匂いが充満しても、私は叩くのをやめなかった。けれどやっぱり隆哉は表情一つ変えない。冷たい目を私に向けるだけ。

「キミを愛してたよ、美菜」

 希望の言葉のようなのに、それはとても冷たく感情がこもってない。縋るような目を向けても、眉一つ隆哉は動かさない。

「隆哉……?」
「貴方を愛してるわ、貴翔」

 呼びかけに答えたのは、隆哉ではなかった。
 聞こえた声にビクリと体が震えた。それは隆哉の声ではない。背後から、私の背後から聞こえたそれは……里奈の声。
 恐ろしさに振り返る事が出来ない私を一瞥し、隆哉はしゃがみ込んで扉に手をかけた。

「隆哉!」
「俺は里奈の最後の願いを叶えたいんだ」

 私が名を呼び続けるのに、隆哉はそれに応じず独り言のように呟く。

「里奈は貴翔を愛してた。変だよな、憎いのに愛してるなんて」
「……」
「憎いけど、憎み続けるってのは結構難しいんだ。だから里奈は里奈なりに、貴翔を愛そうとした。アユムの為というのもあったけど、長く一緒に居れば情なんて簡単に湧くものさ。そうだろ?」

 そんなことを言われても、私に分かるはずもない。里奈の気持ちは貴翔には分からない。
 首を振り続ける私に、気にすることなく隆哉は言葉を続ける。

「愛するアユム。愛する貴翔。二人と一緒に居たいと里奈は望んだ。それが彼女の最後の望みだ」
「そ、んな……」
「でも貴翔はここに居ない。ちゃんと葬儀が為され葬られたからね。成仏したってやつ?」

 だから、ね?
 隆哉は言う。残酷な言葉を。ここでようやく笑みを浮かべて。優しく冷たい笑みを浮かべて、隆哉は言った。

「美菜、貴翔の生まれ変わりであるキミが、キミこそが貴翔でキミ以外に貴翔は居ない。だからキミが里奈のそばに居てあげてよ」
「た、かや……?」
「そうすれば里奈は幸せになれる。死んで輪廻に乗った里奈と、呪う気持ちが強すぎてこの世に残った里奈と……分かれてしまった魂は、一つになれる。俺の魂も、それで救われる。きっと来世は一つになって、幸せになれる予感がするんだ」
「隆哉は、不幸だったと言うの……?」

 私の問いに答えない隆哉は最後まで答えることはなかった。何か思うところがありそうな複雑な顔を向けるだけ。

「隆哉!」

 名を呼び、もう一度ガシャンと音を立てて鉄格子を殴った。血が飛び散る。それを感情なく見つめ、上辺だけの笑みを浮かべた隆哉は、扉を開けた。

 だから、ね?
 また言って、扉をくぐり、一度だけ振り返って隆哉は言った。

「さよなら、美菜」

 言って、扉は閉ざされる。
 足元の懐中電灯がチカチカと点滅して。

 そして

 消えた
 
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