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里奈と美菜と貴翔と隆哉
7、
しおりを挟む「あ、ああ……いや、来ないで……!」
どうにか里奈の手を外そうと暴れるも、ガシャガシャと鉄格子が揺れるだけで、一向に外れる気配はない。
「いや……いや!!」
そうこうしてるうちに、二人がどんどん近付いてきた。恐怖のあまり、涙がにじみ出る。そのお陰で二人の恐ろしい姿がぼやけ、それが私の体を突き動かした。
叫んで私は懐中電灯を振り回したのだ。振り回し──鉄格子の隙間からそれを振り下ろす。里奈の頭上めがけて!!
ガッと鈍い音がした。だが里奈は動じない、力は緩まない。負けじと私は振り下ろした。何度も何度も。
そのうちグシャリと嫌な感触があって、里奈の黒い血が飛び散った。顔に腕に体にそれらが飛び散っても、構わず私は懐中電灯を振り下ろし続けた。
そしてついに里奈の手がズルリと落ちる。私から一瞬離れた隙を見逃さず、私は慌てて腕を引き、鉄格子から牢から離れた。直後、それまで私がいた場所に、坂井さんと男性の動く屍が被さるようにして倒れ込んで来たのだ。
「ひ!」
間一髪。もしあのまま捕まっていたらどうなってたのか。想像する事は恐ろしく、そんな時間の余裕もないと私は屍たちに背を向ける。
直後、ガシャンと鉄格子が揺れた。走りながら振り向けば、鉄格子の隙間から手を伸ばす里奈の目と合った。頭が半分潰れ、真っ黒な血で染まった顔から覗かせる白い目、それが私を捉え彼女は叫び続ける。
「どうしてどうしてどうして──!!!!」
背後の里奈と、扉の向こうの広谷さん。
究極の選択は一瞬で結論が出る。私は迷わず扉を開け、廊下へと飛び出したのだ。ガコンと音を立てて扉が閉まる直後、扉に何かがぶつかる。それが何かとか考えてる余裕はない。私は息つくヒマもなく立ち上がり、周囲を見回した。背後にそびえ立つ行き止まりの壁。前方には長く続く石造りの通路。
だがそこに、広谷さんの奥さんの姿は無かった。異様な姿をした彼女は、もうどこにも居なかったのだ。
それに安堵し、一瞬息をついた。だがまた扉がガンガン叩かれ奇声が聞こえてきた瞬間、私は弾かれるように走りだした。
走りながら巡るのは、後悔の念。
どうして戻ってきてしまったのかという、激しい後悔の念にさいなまれる。あのまま帰れば良かったのに。隆哉達と共にバスに乗って、現実に帰れば良かったのに。そうすれば今頃帰途についていたかもしれない。家に帰り、温かいお風呂に入って母の作った美味しい食事をとり、慣れた自分のベッドで眠りについてたはずなのに。
どうしてそうしなかったのか、どうして戻ってしまったのか今となっては分からない。里奈の精神が及ぼしたのか、正常ではなかったのか。
この地下のことを知られたくないなんて、なぜ思ったのか理解できない。
(何を考えてたのよ私は!戻ってくるべきじゃなかったのに……!)
分かっていたはずのことを分かっていなかった。ただただ後悔を胸に、私は走り続けた。なんとか覚えてる道を進み、ひた走る。
不意に風が吹いた気がした。
ヒュオオと感じる冷たい風。
この地下へと通じる扉は、出られるように開けたままにしてきた。そこから風が来てるのだろうか。
いや違う。
これは背後から。
なぜか背後から感じる風に、つい私は振り返り、そしてそこに見えたモノが信じられず、驚愕に目を見張る。
「嘘!どうして!?」
一瞬向けた懐中電灯が照らしたものは、あの三人だった。
見知らぬ男性と、坂井夫人と、そして広谷夫人。
三人が異様な形相で、私を追いかけてきたのだ。
「ひい!!」
けして早いとは思えぬ、けれど歩いていては追い付かれる速度に、足が悲鳴を上げるのを無視して、私は走り続ける。
走って走って走り続けて──そこの角を曲がれば階段が現れる!
もう動かすのも億劫で、けれど今足がもつれて倒れようものなら終わりがくると理解し、私は必死で足を動かし続けた。そしてついに最後の角を曲がる。
だが──
「きゃあ!?」
絶望が私を阻む。
何かにぶつかり、私は歩みを止めてしまったのだ。衝撃に耐えられず、床に倒れ込んでしまったのだ。絶望が私を支配する。
ああもう駄目だと、私はここで終わりなのだと。
目の前に現れるであろう異形の存在を予感して、私は恐る恐る目を開いてそれを見上げた。
だが。
それは絶望ではなく希望だったとしたら──
「隆哉!?」
「美菜!無事だったか!」
前世の彼がなんであったのかなんて知らない。貴翔だったのかもしれないし、何者でもなかったかもしれない。
それでも今、確かに私が愛する人。何より大切な存在。今、誰より会いたかった存在を目にして。
「隆哉ぁっ!!!!」
私は恋人の隆哉の体に縋りついたのだ!
「美菜、良かった、急に走り出すから驚いたんだぞ!扉は開いてるし確かにここにいるのは分かったけれど、下手に入って迷うと危ないと思ってどうしようかと……」
「うん、うん、ごめんね、本当にごめんね隆哉!」
泣きながら謝る私に、隆哉が驚いた顔を向ける。それはそうだろう、私の顔は腕は体は血まみれだから。里奈の返り血を浴び、凄いことになってるのは自分でも分かる。隆哉が驚くのも無理はない。
でも今は説明してる時間は無いのだ。
感動の再会をしてる場合ではないことを、背後から聞こえる音で直ぐに理解する。
隆哉から体を離して、その顔を見上げた。
「逃げよう隆哉!」
「え?」
「ここは狂気に染まってる。里奈の怨念が、呪いが憎しみが支配していて、もう正常なモノはどこにもない。ここから出て扉を閉めて、永遠に封印しないと……!」
困惑する隆哉の目からは、もっと詳しい説明を求める光が見えた。その気持ちは分かるが、今はそんな余裕はないのだ。
切羽詰まった私の様子が分かったのだろう。聞きたい気持ちを押さえて隆哉は頷き、私の手を引いて階段を上り始めた。
重たい足を必死で動かし、隆哉が手を引いてくれることでどうにか私は上り続ける。
「大丈夫か、美菜!?」
心配して隆哉が声をかけてくれるが、私には返事をする余裕などない。朦朧とする意識の中、俯き自分の足の動きを見つめながら、ただひたすらに階段を上る。
上って上って上り続けて……ついに……
「見えた!」
隆哉の声に顔を上げた私は、扉の向こうの明かりに、その眩しさに目をしかめて閉じた。
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