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里奈と美菜と貴翔と隆哉

館の見る夢(14)

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 気付けば部屋は闇が支配していた。目をこらしても、陽の光が一切入らぬこの部屋では、照明がなければ何も見る事ができない。
 ただ覚えていた配置のおかげで、立ち上がって照明をつけることは出来る。
 椅子で座りながら眠ってしまったのかと、体にけだるさを感じながら立ち上がる。体がふらついた。フラフラとおぼつかない足取りで、どうにか壁に辿り着き、照明をつけた。
 パチンという音と共に照らされる室内。その眩しさに目を細め、それからグルリと室内を見回して──なんら変化のないことを確認する。
 またフラフラしながら、椅子に戻り、体重全体をかけるようにドサリと座り込んで、ハアと溜息をついて天井を見上げた。
 疲労を感じて眉間に指を当てる。目を閉じ、グッと力を込め、ややあって指を離し。天井から顔を正面に向き直す。
 そこには変わらず里奈が横たわっていた。上質な寝具にくるまれ、里奈は眠り続ける。

「里奈……」

 そっと声をかける。反応が無いのはいつものこと。
 もう里奈が目を覚まさなくなってどれだけの日数が過ぎただろうか。
 食事もとらず薬も飲まない。まるで死んでるかのように。
(なんて恐ろしいことを考えるんだ──)
 最悪なことを考えてしまう自分を叱咤して、首を振る。そんなわけないと自分に言い聞かせる。
 里奈が死ぬはずない。里奈はただ眠り続けてるだけなのだ。そしていつか目を覚まし、僕の名前を呼んでくれる。微笑みを向けてくれる。
 きっとそのはずだ、そうでなければいけない。
 まるで呪文のように繰り返し自分に言い聞かせ、その手をそっと握った。もう細くカサカサになってしまった、その手を。それでも愛しく感じるその手をとって、口づけて囁く。

「愛してるよ、里奈」と。

「愛してる、愛してるよ里奈。僕にはキミだけだ、キミこそが僕の全て。大切にするからね、これまでのようにこれからもずっと、ずっとこの部屋で……」

 不意に聞こえた気がした。

(私もあなたを愛してるわ)

 驚いて顔を上げる。そこには目を閉じたままの里奈。
 だが僕は確かに聞いた、ハッキリと聞いたのだ。里奈の声を、ようやく僕の想いに応えてくれる声を。

「本当に?」僕は問いかける。
「本当よ」里奈が答える。

 目を開くことはない、唇が動くことはない。そんなことは問題ではなかった。
 ようやく里奈は僕の想いに応えてくれたのだ。僕を愛してくれる人が、ようやく現れたのだ。

「あ、ああ……ありがとう。ありがとう、里奈……」

 もうとうに枯れたと思っていた涙が、その瞬間溢れ出した。溢れて頬を伝い落ちる。握ったままの里奈の手に。その瞬間、彼女の手が僕の手を握ってくれた気がした。
 ああ、もうすぐ彼女は目を覚ますんだ。そして目覚めて僕の目を見て言うんだ。
 愛してると。僕を愛してると、彼女は言って抱きしめてくれるだろう。
 そうとも、僕らはそうすべき運命なんだ。
 一人ぼっちのキミと僕。誰からも愛されることのない、けれど互いに愛し合う僕らはこれからずっと一緒なんだ。
 ずっと、ずっと一緒に……

 安堵した瞬間、空腹を感じた。そう言えば、里奈もそうだが僕ももう何日もロクに食べていなかった気がする。
 外に出て自分の館に戻れば、いつも口うるさい使用人達が無理矢理何かを食べさせようとした。空腹でもない僕に食べさせようとすることに苛立ちを感じた。それどころか医者に診せようともした。僕に医者は必要ないのに。必要なのは、里奈に与える薬だけだというのに。

 どれもが邪魔でうざったく、面倒だった。当主の仕事など、遠縁の者でも呼んでやらせれば良いではないか。僕はまだ子供なんだ、仕事なんてしたくない年齢なんだ。それが無理なら執事長がやればいい。
 だから邪魔をするな、どうか邪魔をしないでくれ。
 そう思っていたから、久々の空腹感に驚いてしまった。
 だがこれから里奈と一生を共にするなら、食べないわけにはいかないと、力ない足をどうにか奮い立たせて僕は立ち上がった。
 そっと里奈の手を寝具の中に戻す。

「ちょっと待っててね。僕ら二人分の食事を用意させて戻るから」

 席を外すのは少しだけだから。外に出るのはほんの少しだから。
 すぐ戻るから、僕はすぐに戻るから。

 愛するキミの元へ、僕はすぐに戻るから。

 だから待ってておくれ。
 そう告げて、僕は地下部屋を後にした。
 自分の館に戻り使用人に声をかけようとしたけれど。
 意識を失って倒れたのは、その直後のこと。


* * *


 声がする、声が聞こえる。目を閉じたまま、開けるのも億劫だと眠り続けたままの僕に、声が聞こえる。


待っています待っています
私はあなたを待っています

冷たい部屋の中で
暗闇の中で一人ずっと

愛するあなたを待っているのです


 ああ、里奈が待っていてくれる。僕が戻るのを、僕を愛する里奈が、里奈を愛する僕を待っててくれる。
 早く戻らねばと思う。そう思うのに、体が言う事を聞いてくれない。

 愛しい里奈の声にかぶせて、誰かの声が聞こえる気がする。それは煩わしい使用人達の声の気がした。
 もう駄目だと声が聞こえる。
 なんとなく知ってる遠い縁者の声も聞こえる。
 大人の難しい話などどうでもいい。早く僕を起こしてくれ。
 僕は早く里奈のところに戻りたいんだ。それさえ出来れば、こんな家、誰にでもくれてやるから。
 だからどうか──

 早く
 
 僕を

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