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広谷一家
11、
しおりを挟む「ふふ、ふふふ……」
笑って里奈の手が動いた。ゆっくりとその手は、指は上に上がっていく。霧崎の顔を這いずって上へと。
「あ、や、やめ……」
ハアハアと苦し気な息遣いで、霧崎が懇願する。だが里奈の動きはその震える唇を通り、更に上へ。鼻も過ぎて更に上で止まる。
「ぐへ、ぐふ」
妙な声を出して、アユムの指も動く。骨が見える指がゆっくり霧崎の顔を這い上がり、「ひい……」という小さな悲鳴にも止まることなく上がり続けて、そこで止まった。
里奈の指は霧崎の右目に。アユムの手は、霧崎の左目に。
何をするのか──なんて、考える間もなかった。直ぐにそれらは、指はその中へとめり込んだのだから!
「──!!」
悲鳴を出すことも出来ず、私は目を逸らした。
「うああああ!やめ、やめろああああ!!!!」
霧崎の悲鳴が地下に響き渡る。狭い通路の中を、壁が反射させて恐ろしい響きを作り出す。
思わず私は耳を押さえたが、それくらいで聞こえなくなるような叫びではなかった。
更に聞こえる。グチュグチュと掻きまわす音が。里奈とアユムの指が、霧崎の目の中をかき回すその音が──!!
「ぎゃああああ!なぜ、どうして!俺は歩なのに!なぜだ姉様あああ!!!!」
「キャハハハハ!」
「うふふふふ」
苦しみもだえる霧崎の声に、アユムと里奈の笑い声が重なる。恐ろしくて、聞いてられなくて、どうにか逃げようとまた四つん這いで進もうとしたその時。
視界の片隅で、青ざめながら健太君を抱き上げる広谷さんが見えた。
広谷さんも、地獄の光景から目を離せず、動けないでいた。
「走って!」
直視してないからこそ出せたその声。思考が動かない広谷さんに、考えなくても行動できるいように、私は叫んだ。
「走ってください、広谷さん!健太君を連れて逃げて!」
「──あ……」
その瞬間、弾かれたように彼女の目が私を捉える。正気の色を取り戻した彼女は、強く頷いて走り出した。闇の中に向かって。
私も行かなくては、と震える足を叱咤して立ち上がる。その時、コツンと足に何か固い物が当たるのを感じ、視線を落とした。そこには懐中電灯が転がっていたのだ。おそらく霧崎が持ってたものだろう。
それを拾い上げようと耳から手を放した瞬間、耳を突く霧崎の悲鳴。
「どうしてだよ!どうして俺を……姉様!」
霧崎は理解できないというように、ずっと「どうして!」と繰り返している。それは私も同じだ。どうしてなの?と思う。
見つけたのに。里奈の弟を見つけたのに。前世も現世も、両方のアユムを見つけたのに、どうして里奈は──
そう思った時、不意に霧崎の言葉を思い出した。
『死んで詫びろ、姉様に!そしてその魂を姉様に返せ!今度こそ本物の姉様が──美しい姉様が生まれ変わるんだ!お前は……お前如きは、お呼びじゃねえんだよ!』
あの言葉、霧崎が私に放った言葉。つまりはそういうことなのだろうか?
霧崎が死ぬことによって、歩の魂をアユムに返す。そうして里奈と歩は同時に生まれ変わって……
「!!」
その瞬間、私は走り出した。懐中電灯を照らしながら、かすかに見える広谷さんの背を追いかける形で、猛ダッシュした。
嫌な事を考えてしまったから。
見つけろと言われて弟のミイラを見つけた。
霧崎が弟の生まれ変わりだった。
里奈の亡霊が徘徊する館。
そこに里奈の転生であろう私が来た。
私を殺して魂を里奈に返す。
霧崎を殺してアユムに魂を返す。
私と霧崎が同時に死ぬことによって、私達は同時に転生するのかもしれない。
何に誰に生まれ変わるか分からない。出会えるかも分からない。それでも同時に死んで生まれ変われば、わずかでも希望は生まれる。
里奈とアユムはその一縷の望みにかけてるのだとしたら?
私と霧崎を殺して、自分達の魂を同時に生まれ変わらせ、出会おうとしてるのなら?
だが私と霧崎がこれまで出会わなかったように、次も出会える可能性は低い。
きっと里奈とアユムはこれからも惨劇を繰り返すのだろう。
出会えるまで。互いの魂が、生まれ変わって出会える日がくるまで。何度でも、この館に自分たちの魂を持つ者を呼び寄せ、何度でも殺して──
ゾッとした。それは愛ではないと思った。それはもはや執着。愛とは呼べない醜い感情。死んでしまった彼らには、もう人としての理性は無いのだろう。
さっきまで霧崎に殺されて終わるなら良いと思ってたけれど、違う。里奈とアユムが出会うまで惨劇が繰り返されるというのなら、私は『私』のままで生を終わらせなければいけない。そうすることで、この魂は里奈ではなく美菜の魂となるだろう。悲劇のループは断たれることだろう。
「死ぬわけには、いかない──!!」
どこまで行っても聞こえてくる霧崎の悲鳴にも、もう手でふさぐことはしない。ただひたすらに走り、子供を抱えた広谷さんに追い着き、二人で交代で健太君を抱きながら走った。
どこをどう走ったか分からない。同じ道なのか違う道なのかも分からない。
ただ我武者羅に走っていたら、私達は行き着いたのだ。
見慣れた場所に。
「階段だ……」
始まりの場所に、私達は戻ることが出来たのだ。
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