上 下
48 / 68
広谷一家

館の見る夢(11)

しおりを挟む
 
 
 こんな暗闇の中、明かりも持たずに走るなんて、危険すぎる!
 慌てて追いかけたが、子を思う母の気持ちの強さゆえか、追いつけない。どんどん遠ざかる足音に、私の中に焦りが生じる。
 そもそも私は今、どこを走ってるのだろうか?階段を下りてすぐに広谷さんを見つけて、中を散策することはまだ出来ていない。道が全く分からない状況で走り回るなんて、自殺行為ではなかろうか。
 そんな当たり前の事を頭がようやく理解し、気付いて立ち止まった時には時すでに遅し。手元の携帯以外頼る明かりのない状況で、私は既にどこから来て今どの辺りにいるのか、サッパリ分からなくなってしまった。

「広谷さん!広谷さん!?」

 呼びかけても答える声は無い。シンと嫌な耳鳴りが聞こえるほどに、空間は静まり返っていた。

コツン

 不意に、背後から音が聞こえる。「広谷さん!?」慌てて振り返るも、そこには暗闇が広がるだけで、音はもう続かない。またも静寂が広がる中、ゴクリと私の喉が鳴る音だけが聞こえた。耳を澄ます──

コツンコツン

 心臓が大きく跳ねる。
 聞こえた!今、確かに聞こえた。音が──足音が、聞こえる。ただ、それは広谷さんではなかった。走って行った広谷さんの靴音ではなかった。
 では誰なのか。思い当たるのは霧崎だが、それもまたこんな音では……軽い音ではないと感じた。
 そう、聞こえる足音は軽いのだ。それはまるで子供の……
 そこまえ考えてハッとなった。

「健太君?」

 そっと呼びかける。だが応える声は無い。ただ足音はコツコツと続き、そしてそれは確実に近付いている。手が震える。携帯を持つ手が。それを前方に掲げれば、足音の主が見えるだろう。それくらい足音は近くまで来ていた。だが出来ない、恐ろしくて……足音の主が誰かを見る勇気を出せず、私はただ震えて携帯を握り締めていた。
 直後、視界が変わる。いや、正確には突如明かりが灯され、廊下が照らし出されたのだ。

「え──!?」

 突然の事に驚いて周囲に目をやる。どうやら気付かなかったが、石廊下の壁には、照明器具が設置されていたようなのだ。それを誰かがスイッチを見つけて入れたのだろうか?
 急に明るくなったことで目を細め、戸惑いながら壁を見ていた私は気付かなかった。

コツン

 足音が、私の目の前に来ていたことを。
 すぐそばで止まる足音に、ドクンとまた心臓が大きく鼓動した。ドクン、ドクンと外まで聞こえるようだ。
 顔は壁の照明を見上げたまま──下に向く勇気が出せない私は、眼球だけを下に向ける。

「ひ──」

 もう何度悲鳴を上げそうになったか。悲鳴を上げることもできない衝撃を、何度受けただろうか。
 目だけ下に向けた私と。
 私を見上げる目と。
 その視線がぶつかり合い、絡まる。
 私を見上げるその目の持ち主は──その少年は、私を見ても何の感情も見せない。私の存在を意に介すことなく、ただそこに居ると認識して。
 そして少年は歩き出した。

 少年は──桐生貴翔(きりゅうたかと)は、私を一瞥した後、表情を一切変えることなく正面を見据えて歩き出した。
 過去に存在したはずの少年が、今、私の目の前を歩いて行ったのだ。

 これはなんなのか、一体なんなのか。どうして貴翔がいる?この現代に、どうして過去に生きた者が存在する?
 戸惑い混乱する思考……だが直ぐに気付く。先ほどの暗闇の世界と、今ほんのり明るく照れし出された世界が微妙に異なる事を。
 明るくなったせいもあるのかもしれないが、石造りの廊下はまだ新しく綺麗に見えた。カビ臭さも無く、ところどころにあった欠けもヒビ割れもなく、ここが作られてまだ間もないと感じさせた。

「白昼夢──?」

 また私は眠ってしまったのだろうか。ひょっとして、最初から夢だったのだろうか。広谷さんの奥さんを追いかけてきたことも、霧崎に突き飛ばされたことも。だがそれに関しては違うと、どこかで理解している自分がいる。あれは現実のことだ、実際に経験している。
 そして今、私は気絶してないことも、何となく自分の体が発する痛みから理解出来た。
 ならばこれは白昼夢なのだろう。
 貴翔は私を見て認識したが、それはあくまで夢だから。これは貴翔の過去の映像なのだろうか。こんなものまで里奈は私に見せることが出来るのか。
 呆然としていたら、いつの間にか貴翔は随分前を歩いていた。そのゆっくりな足取りに、けれど生じた距離に焦りを感じた私は、慌てて彼を追いかけた。なぜって理由は分からない。ただ見るべきだと思ったのだ。貴翔がどこへ向かい、何をしようとしてるのか。
 この先に何があるのか。
 私は知るべきだと思った。

 結構な距離を歩き、だが結局目的地は現れず行き止まりになってしまった。無情な石壁が行く手を阻む。
 困惑している私をよそに、貴翔はしゃがみ込んで壁の下の方を何やらゴソゴソしだした。そして壁の一部にある、かけてるというより意図的に作られた小さな穴に、指を入れる。それを軽く引いた瞬間──ガコンと音を立て、壁が動いた。
 いや、そこに扉が現れ開いた。
 またも隠し扉が現れたのである。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

FLY ME TO THE MOON

如月 睦月
ホラー
いつもの日常は突然のゾンビ大量発生で壊された!ゾンビオタクの格闘系自称最強女子高生が、生き残りをかけて全力疾走!おかしくも壮絶なサバイバル物語!

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

本当にあった怖い話

邪神 白猫
ホラー
リスナーさんや読者の方から聞いた体験談【本当にあった怖い話】を基にして書いたオムニバスになります。 完結としますが、体験談が追加され次第更新します。 LINEオプチャにて、体験談募集中✨ あなたの体験談、投稿してみませんか? 投稿された体験談は、YouTubeにて朗読させて頂く場合があります。 【邪神白猫】で検索してみてね🐱 ↓YouTubeにて、朗読中(コピペで飛んでください) https://youtube.com/@yuachanRio ※登場する施設名や人物名などは全て架空です。

すべて実話

さつきのいろどり
ホラー
タイトル通り全て実話のホラー体験です。 友人から聞いたものや著者本人の実体験を書かせていただきます。 長編として登録していますが、短編をいつくか載せていこうと思っていますので、追加配信しましたら覗きに来て下さいね^^*

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

浮気の代償の清算は、ご自身でどうぞ。私は執行する側です。

美杉。節約令嬢、書籍化進行中
ホラー
 第6回ホラー・ミステリー小説大賞 読者賞受賞作品。  一話完結のオムニバス形式  どの話から読んでも、楽しめます。  浮気をした相手とその旦那にざまぁの仕返しを。  サイコパスホラーな作品です。     一話目は、結婚三年目。  美男美女カップル。ハイスペックな旦那様を捕まえたね。  そんな賛辞など意味もないほど、旦那はクズだった。婚約前からも浮気を繰り返し、それは結婚してからも変わらなかった。  そのたびに意味不明な理論を言いだし、悪いのは自分のせいではないと言い張る。  離婚しないのはせめてもの意地であり、彼に後悔してもらうため。  そう。浮気をしたのだから、その代償は払っていただかないと。彼にも、その彼を誘惑した女にも。

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

処理中です...