45 / 68
広谷一家
4、
しおりを挟む廊下の石床には長細い絨毯が敷かれている。まるで、催事にセレブが歩くレッドカーペットのように。
そのお陰で靴音が響くことはない。
私は静かにゆっくりと歩いた。そして人影が見えた廊下の突き当りに辿り着く。右を見てから左を見る。人影は左に歩いて行ったのだ。長い廊下はほんのり明かりがあるだけで、奥の方は暗くてよく見えない。ただ、誰も居ないのだけは分かった。
どうしよう、戻ろうか。そう考えながら、少し廊下を進んだ。だが歩みはそこで止まる。
正直に言おう。
非常に恐い。
当たり前だ。人が死んだり行方不明になったりしてるのに、こんな夜中に一人で行動なんて怖すぎる。
とりあえずの確認はしたのだ、これ以上私が動くこともないだろう。脳裏の片隅に里奈の恐ろしい顔が思い出されたが、まあ別にこんな深夜にやる必要もないだろう。そんな条件は里奈も言ってなかった。
よし、部屋に戻ろう。鍵は忘れたが、ドアを激しく叩けばさすがに隆哉も起きるだろう。……他の部屋の住人も起こしかねないが、そこは申し訳ないと謝るしかあるまい。
そう思って踵を返そうとしたその時。
廊下に沿った窓の外。ふと、視界の片隅に何かが動くのが見えたのだ。その瞬間、私の動きは止まる。ギシッと体が軋む、嫌な音が聞こえた気がした。
そのまま、ギギギ……と音がしそうなぎこちない動きで首を横に向け、窓の外を見る。
気のせいだろうか、気のせいであって欲しい。
こんな夜更けに、外に誰かが居るなんてこと、今の状況では考えられないのだから。
だが私の願いは聞き届けられる事は無かった。
「あれは……」
そこに確かに見覚えのある人を見つけて、私は走り出した。
フラフラと、まるで夢遊病者のように歩くその人を追いかける為に。
広谷さんの奥さんを追いかけるべく、考えるより先に私は走り出した。
* * *
「あれ!?どこ行ったんだろう……」
館の大きな玄関は鍵がかかってなかった。見た目に反して軽く押せば開くそれをくぐり、私は慌てて外に出る。さっきまであった恐怖心は、焦る気持ちが凌駕しているのか、今は無い。とにかく早く広谷さんを連れ戻さねば!
明らかに尋常ではない様子だった奥さんの姿を思い出し、私はキョロキョロと外を見回した。
「──いた!」
だいぶ遠くに、白い服を着た彼女が見えた。どうやら第二の館──桐生家奥方の為の館に向かってるらしい。
まさかこんな夜更けに息子を探しに行ったのだろうか?心配で朝まで待ってられずに、行ってしまったのかもしれない。
事情は分からないが、とにかく止めた方がいいのだけは分かった。朝まで待てば、ご主人と隆哉と渡部さんが向かう事になってるのだから。それまで待てない彼女の心情も分からなくもないが、だからと言って好きにさせれる状況でもない。
慌てて追いかける私の目の前で、広谷さんは迷わず第二の館の扉を開けて中に入ってしまった。
建物が大きいと遠近感が狂う。そんな事は知ってるけれど、実際第三の館から第二の館は本当に遠かった。移動時、気絶してたから知らなかったけど。
ようやく第二の館に辿り着いた時には、息が完全に上がっていた。
「──っはあ、はあ、はあ……し、しんどい……」
扉に手をかけた状態で、肩で息をする。息を整えるのにしばしの時間を要した。
「よし」
ようやく息が整ったところで顔を上げる。そして私は扉を押し開け……られない。
だってそうでしょ?この扉の向こうは玄関ホール。そしたら直ぐに目に飛び込んでくるのだ。あの、大きな肖像画が。
そしてその肖像画には、アレがある。すなわち、そこに磔となった坂井さんの遺体が。
入る勇気が出ない私は、ひたすら悩み続けた。どうする?誰かを呼びに戻る?誰かって?隆哉を?でも今から第三の館に戻って誰かを起こしてまた戻って来たとして、はたして広谷さんを見つけられるだろうか?
考えて出る結論は嫌なもの。人を呼んでくるのでは間に合わない、というものだった。そんな結論に達してしまう自分が本当に嫌になる。
だが出てしまったものは仕方ない。そう結論を出したのは自分なのだから、その結論に従った行動をするしかない。
「大丈夫、里奈は私には何もしてこない。弟を探せと言ってるんだから……うん、大丈夫、きっと大丈夫」
散々これまで酷い目に遭わされてるのに、大丈夫も何もないのだが、そう言い聞かせでもしなければ到底勇気など出やしない。
私は大きく深呼吸をしてから、意を決したように、扉に触れた手に力を込めた。
その瞬間、誰かの手が私の肩に置かれ──悲鳴が夜の闇に響き渡る。
10
お気に入りに追加
83
あなたにおすすめの小説
The Last Night
泉 沙羅
ホラー
モントリオールの夜に生きる孤独な少女と、美しい吸血鬼の物語。
15歳の少女・サマンサは、家庭にも学校にも居場所を持てず、ただひとり孤独を抱えて生きていた。
そんな彼女が出会ったのは、金髪碧眼の美少年・ネル。
彼はどこか時代錯誤な振る舞いをしながらも、サマンサに優しく接し、二人は次第に心を通わせていく。
交換日記を交わしながら、ネルはサマンサの苦しみを知り、サマンサはネルの秘密に気づいていく。
しかし、ネルには決して覆せない宿命があった。
吸血鬼は、恋をすると、その者の血でしか生きられなくなる――。
この恋は、救いか、それとも破滅か。
美しくも切ない、吸血鬼と少女のラブストーリー。
※以前"Let Me In"として公開した作品を大幅リニューアルしたものです。
※「吸血鬼は恋をするとその者の血液でしか生きられなくなる」という設定はX(旧Twitter)アカウント、「創作のネタ提供(雑学多め)さん@sousakubott」からお借りしました。
※AI(chatgpt)アシストあり
鬼手紙一現代編一
ぶるまど
ホラー
《当たり前の日常》は一つの手紙を受け取ったことから崩壊した
あらすじ
五十嵐 秋人はどこにでもいる高校1年生の少年だ。
幼馴染みの双葉 いのりに告白するため、屋上へと呼び出した。しかし、そこでとある事件が起き、二人は離れ離れになってしまった。
それから一年…高校二年生になった秋人は赤い手紙を受け取ったことにより…日常の崩壊が、始まったのである。
***
20180427一完結。
次回【鬼手紙一過去編一】へと続きます。
***
不労の家
千年砂漠
ホラー
高校を卒業したばかりの隆志は母を急な病で亡くした数日後、訳も分からず母に連れられて夜逃げして以来八年間全く会わなかった父も亡くし、父の実家の世久家を継ぐことになった。
世久家はかなりの資産家で、古くから続く名家だったが、当主には絶対守らなければならない奇妙なしきたりがあった。
それは「一生働かないこと」。
世久の家には富をもたらす神が住んでおり、その神との約束で代々の世久家の当主は働かずに暮らしていた。
初めは戸惑っていた隆志も裕福に暮らせる楽しさを覚え、昔一年だけこの土地に住んでいたときの同級生と遊び回っていたが、やがて恐ろしい出来事が隆志の周りで起こり始める。
経済的に豊かであっても、心まで満たされるとは限らない。
望んでもいないのに生まれたときから背負わされた宿命に、流されるか。抗うか。
彼の最後の選択を見て欲しい。
禁踏区
nami
ホラー
月隠村を取り囲む山には絶対に足を踏み入れてはいけない場所があるらしい。
そこには巨大な屋敷があり、そこに入ると決して生きて帰ることはできないという……
隠された道の先に聳える巨大な廃屋。
そこで様々な怪異に遭遇する凛達。
しかし、本当の恐怖は廃屋から脱出した後に待ち受けていた──
都市伝説と呪いの田舎ホラー
[全221話完結済]彼女の怪異談は不思議な野花を咲かせる
野花マリオ
ホラー
ーー彼女が語る怪異談を聴いた者は咲かせたり聴かせる
登場する怪異談集
初ノ花怪異談
野花怪異談
野薔薇怪異談
鐘技怪異談
その他
架空上の石山県野花市に住む彼女は怪異談を語る事が趣味である。そんな彼女の語る怪異談は咲かせる。そしてもう1人の鐘技市に住む彼女の怪異談も聴かせる。
完結いたしました。
※この物語はフィクションです。実在する人物、企業、団体、名称などは一切関係ありません。
エブリスタにも公開してますがアルファポリス の方がボリュームあります。
表紙イラストは生成AI
182年の人生
山碕田鶴
ホラー
1913年。軍の諜報活動を支援する貿易商シキは暗殺されたはずだった。他人の肉体を乗っ取り魂を存続させる能力に目覚めたシキは、死神に追われながら永遠を生き始める。
人間としてこの世に生まれ来る死神カイと、アンドロイド・イオンを「魂の器」とすべく開発するシキ。
二人の幾度もの人生が交差する、シキ182年の記録。
(表紙絵/山碕田鶴)
※2024年11月〜 加筆修正の改稿工事中です。本日「60」まで済。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる