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広谷一家
1、
しおりを挟む健太君の捜索は、男性が複数人でグループを作り、一人にならないようにして行われた。女性は食堂で待機だ。一緒に探したいと言っていた広谷さんの奥さんだったが、私達がどうにか説得して留まらせた。もし健太君が帰ってきた時に居てあげないと、と言ったら放心したように椅子に腰かけた。
出された温かいお茶を口にし、少し落ち着いたように見える。
そこに誰かが問いかけた。何があったのか、と。
広谷さんは小声で、ポツリポツリと話し始めた。
「トイレに行きたいと健太が言うので、部屋に戻ったんです。子供用便座がありませんので、私が付き添いながら用を足し終えて……お菓子が食べたいと言うので、荷物からお菓子を出そうとしました。そしたら健太の声がして……」
「健太君はなんて?」
「たしか……『キミだあれ?』って」
「え……」
「『一緒に遊ぼうよ』とか言ってるので、なにごとかと振り返ったら、部屋の扉が閉まったんです」
「健太君が一人で部屋の外に出たと?」
「はい。慌てて追いかけて外に出た時には、もう息子の姿は──」
言って、広谷さんは手で顔を覆った。その背を落ち着かせようと、誰かがそっと撫でる。
それを見やって、私は食堂の入口へと顔を向けた。
「この館は、何かがおかしいわ」
私の言葉ではなく、誰かが不意に言った言葉だ。
それ以上続くことはなく、シンと静まりかえる。
それは誰もが思っていた事。誰もが敢えて考えようとしなかったこと。
最初はただの集団自殺だと思った。だが次は行方不明者と惨殺死体。この時点でもう異様だ。そして子供の失踪。これで正常な状況だと思うほうがどうかしてる。
不意に足元で何かが落ちる音がした。見れば、何かが転げてテーブルの下に入っていく。
なんだろうとしゃがみ込んでテーブルの下に顔を突っ込む。そこには、今まさに転がるのをやめたバッジが、床に倒れようとしていた。
それはツアー最初に渡部さんに渡されたもの。ツアー参加者の証として、渡されたバッジだった。
誰かが落としたのだろうか。
拾おうと手を伸ばした瞬間──
ヒヤリとした感触が、私の腕を掴む。
「ひ──」
悲鳴が漏れる、だがそれ以上の声が出せない。
私の腕を掴む青白い手。血が通ってないかのように白い手。
だが私はそれを視界の隅に見えても、直接見る事はしなかった。いや、出来なかった。
目と鼻の先。
私の目を覗き込む瞳。
血走った目。
大きく見開かれた瞳。
それから目が離せなくて、動けなかった。声すらも出せない恐怖。
『探して』
その口は動かない。いや、動いてるのかもしれないが、私の視界いっぱいに広がる瞳から目が離せず、確認する事は出来ない。
ガタガタと震えることしか出来ない私に、彼女は──里奈は言う。
『探して。弟を、探して』
目はまだ離せない。体は震え続ける、ガタガタと。
そんな私を凝視する目は、けして私を解放しない。
『探して』
もう一度、声が聞こえた。脳裏に響くようなその声に、私は訳が分からないまま、ただ頷いた。ただただ首を縦に動かした。そしてそのまま──里奈は、消えていなくなった。
「──は!っはあ!はあっ!!ごほっ!」
呼吸をすることすら忘れていたのか、突然肺に飛び込む空気にむせる。
涼しいはずの山奥で、灼熱の太陽の下に数時間いたような汗が流れるのを感じた。
「はあ、はあ……」
「どうかしました?」
私のむせる声が聞こえたのか、誰かがテーブルの下にいる私を覗き込んできた。
それに応えることもできず、私はまだ見えてるかのように、眼前をずっと見据えていた。
まるで、そこに里奈の瞳がまだあるかのように。
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