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館の見る夢
館の見る夢(6)
しおりを挟む鞭で打たれる最中は痛くて気絶出来ないのに、事が終われば痛みで気絶してしまう。
これまで何度同じ事があっただろう。
ここへ引き取られた当初に比べれば、その頻度は確実に減った。けれどそれでもふとした瞬間に、当主の機嫌を損ねてしまう。折檻の内容は都度異なる。今日は最悪のムチだった。溜めた水に顔を押し付けられて、窒息しそうになったこともある。棒でぶたれるのが最もマシだ、なんて考えるのは、私もおかしくなってるのかもしれない。
痛みで気絶し、痛みで目を覚ました。私は、うつ伏せで寝かされていた。そこが見覚えのある、与えられた自分の部屋である事に安堵する。当主と会うのはいつも別の部屋。ここではない。つまり当主は今、ここに居ないということ。
ジンジンと熱を持ち、痛みが酷い背中に顔をしかめる。だがそれでも、与えられた直後よりは痛みがマシなことに気付いた。いや、格段にマシになっている。直後、ヒヤリとした感触と、同時に与えられる痛みに声なき悲鳴を上げた。
「ごめん、痛かった?」
不意に聞こえた声。それに聞き覚えがある私は、「少し」と小声で返す。「もう少しだから我慢して」と声が返って来て、また背に冷たい感触。何かが塗られてるのだとすぐに気付き、それが塗られた箇所の痛みが少し引くのを感じて私は目を閉じた。
「終わったよ」
声にハッとなって目を開く。気持ちよさにウトウトしてたらしい。
起き上がろうとして、けれど痛みに顔をしかめて断念する。
「まだ痛むだろうから、動かない方がいい。もう少ししたら薬が効いて楽になるよ」
「うん」
「酷い目に遭ったね」
言われて、顔だけ声の方に向けた。
そこには少年が立っていた。年齢は私と同じか少し上の。大人にはまだ届かず、幼子の期間はとうに過ぎてしまった、少年。
この家系は、美形しか存在しないのだろうか。
そう思うくらいに少年は美しかった。だが、さもあらん。少年はあの美しい美貌を持った、桐生家当主の息子なのだから。肖像画で描ききれない程に美しい母を持った、息子なのだから。
次代の桐生家当主が、目の前に立っていた。狂気の色を持った父親と異なり、少年の目は純粋で澄んでいる。その目が私を心配そうに覗き込んでいた。
「ごめんね、また父様が酷い事をした」
「いえ……」
「嫌なら嫌だと言っていいんだよ?」
何も知らない少年は、残酷なことを平然と言う。だが私は無言でかぶりを振った。
そんなことは出来ない。そんなことをしようものなら、もっと酷い仕打ちが待っている。そうでなくても、実家に何をされるか分かったものではない。
私を金で売った両親への愛は、もうとうに消えていた。だがそれでも親だから。確かに愛をくれてた過去もあったからと。そんな理由で見捨てる事もできない。私がこんな目に遭ってることも知らず、あの人たちは今も金に埋もれ、下卑た笑いを浮かべてるのだろうか。
恨んだ憎んだ愛してない。けれど捨てられない。
何より両親の元には弟がいる。心配だった。変わってしまった、金の亡者となってしまった両親の元で、あの幼い弟は大丈夫だろうかと、毎日気が気でなかった。
会いたい、会えない。せめて無事である姿を一目見れたらと願うのはいつものこと。
願いが叶わぬとしても、私は祈る。どうか無事であれと元気であれと。脳裏に浮かぶ懐かしい愛しい笑顔を思い出し、だからこそ私は逃げることもせずに耐える事ができるのだ。
「嫌ではありません」
だから私は答える。心にもないことを、心から思って言う。
「嫌ではありません、ご当主様には感謝しております。貧しい落ちぶれ貴族だった我が家を救ってくださいました。今なお援助をしてくださってます。家族が幸せなら私もまた幸せ。何を嫌と思いましょうか。大丈夫、私は大丈夫です」
「……そうか」
私の言葉をどこまで本気と受け取ったか、信じたかは分からない。ただそう言って、当主の息子は私の頭を撫でた。
優しく撫でる温かな手の平に、私の瞼はまた重たくなってきた。
「寝ればいい。眠る事が何より回復への近道だ」
「うん」
「待っててくれ。眠ってるうちに僕が終わらせるから」
「何を?」
「全てを。キミの幸せのため、僕は決めたから。次期当主として、為すべきことを」
「……なに、を……?」
優しい言葉はまるで呪文のよう。抵抗できぬ睡魔に襲われながら、どうにか問いを口にする。
だが答えは与えられない。
意識が闇に呑まれそうになる瞬間、聞こえたのは。
「僕がキミを守るから」
それは誰の声だったのか──
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