上 下
34 / 68
老夫婦

11、

しおりを挟む
 
 
 一目見て死んでると分かった。もうその人は息をしてないと、頭から流れる血が固まってるのを理解し、思った。
 女子大生三人が自殺した。
 初老の婦人が行方不明になった。
 どれも不可解で、事件性があるのかどうか分からなかった。
 だが今回のは嫌でも分かる。
 坂井という老人は、殺された。そしてその遺体は異様な状態で発見された。

 私は見てたんだ、確かに見てたんだ。直前まで、肖像画を見ていた。なのに一瞬目を離した隙に、どうしてそこに現れるの?老人の遺体が、どうして磔になってるの?
 見逃した?見落とした?そんなわけない。

 気を失うその瞬間、私は聞いた。ハッキリと聞いた。
 少女の笑い声が、聞こえたのだ──



* * *



 目を開けば、そこは見覚えのある部屋だった。自分の部屋ではない。けれど自分の部屋なのだ。
 これはあの夢だ。リナという少女になって訪れた部屋だ。
 ということは、自分はまたリナになったのだろうか。思って自分の手を見て──けれどそうではない事に驚いた。
 それは見覚えのある、嫌というほど知っている自分の手だった。美菜の手、だった。
 体を起こせば、やはり沈みそうなベッドはリナの物だ。天蓋から垂れるレースカーテンを開けば、そこに広がるのはやっぱり見覚えのある室内。飾られた多国籍な人形が、一斉に私を見た気がした。もちろん、気がした、だけのことでそんなはずないけれど。

 立ち上がる。素足に感じる絨毯の感触は、夢とは思えない。
 どこか曖昧さを感じた夢とは異なり、その部屋はあまりにリアルだった。

(夢じゃない?)

 そんなはずはないのに……私はさっきまで隆哉と一緒にいたんだ。坂井という老人の遺体を見て、ショックを受けた。倒れた。隆哉の腕に抱かれるのを感じた。つまり、実際にはこんな場所に居るはずない。
 だからこれは夢なんだ。
 自分に言い聞かせるも、その生々しさが嫌で周囲を見渡した。前の時と同じで、やっぱりこの部屋は暗い。どうして窓が無いのだろう。ただ無機質に広くて大きな壁に目をやり、ほのかに灯された明かりに目を細めた。

「目が覚めた?」
「!?」

 その声を聞いた瞬間、心臓が飛び出るかと思った。ガタンと側にあった椅子を蹴り飛ばし、痛む足を気にする余裕もなく振り返って背後を見る。
 そこに、彼女は居た。以前の夢のように少年がいるのかも、とチラと思って直ぐに否定したのは間違いではなかった。声が違ったのだ。それは少年のそれではなかったのだ。そこに居たのは──少女だった。

「リナ……?」
「うん。里奈、だよ」

 やはりこれは夢なんだなと、それを聞いて確信に変わる。だって勝手に脳裏に浮かんだんだもの。彼女の名前が、漢字がなんであるかを、不意に頭が理解したのだもの。そんなこと、現実でありえるはずもない。

「あなたは、なんなの?」

 夢の中なのに、頭は妙に冴えている。だからか、私は問いかけることが出来た。夢の中なのに、夢の状況に疑問を感じてしまう。
 里奈は夢に出てきた。その後、現実でバスルームに現れた。いや、あれも実は夢だったのかもしれない。
 なんであれ、彼女は自分の前にやたらとその存在をアピールしてきた。
 元々私は霊感ゼロだ。さまよう霊を成仏させることなんて、当然できやしない。だというのに、どうして彼女は私にその存在を誇示してくるのだろうか。ここにいるよと、言ってくるんだろうか。
 あんな血まみれの自分を見せて──私を怖がらせて、何をしたいのだろうか。

「あなたは、なんなの?」
「ふざけないで」

 私の言葉をオウム返ししてくる里奈を睨むと、クスクスと笑う。それはとても無邪気で、少女らしさを感じさせ……異様な空気は感じられなかった。

「別にふざけてるわけじゃないよ。ねえ、あなたはなんなの?」
「私は私……如月美菜よ」
「そう。私は時任(ときとう)里奈」

 時任……それはつまり、桐生家と関係ないことを示唆している。では一体彼女はなんなのか?疑問はなんら解決せず、頭の中でこんがらがった糸はほぐれそうにない。

「一体あなたは……」
「あの男には気を付けてね」

 質問しようとしたら遮られ、おかしな事を言ってくる。

「あの男?」

 首を傾げれば、里奈は頷いた。

「うん」
「誰のこと?」
「あなたの大事な人」

 大事な人。親兄弟でないとすれば、思い当たるのは一人しかいない。彼しかいない。

「隆哉の、こと……?」

 私の言葉に無言で微笑む里奈。正解だとその表情が告げている。だが私はますます首を傾げてしまう。
 隆哉に気を付けろ?どうしてそんなことを言うのだろう?

「彼の何に気を付けろと?」
「彼は危険。あなたを害する者」
「隆哉が?」
「そうだよ」
「……危険なのは、あなたでしょ?」

 分からないが確信がある。
 女子大生三人に坂井という男性の死、そして坂井夫人の行方不明。これらにはきっと、里奈が関与している。どうやって、どうしてなんて分からない。そもそもこの世に存在してるかも分からない相手に、リアルを求めても意味がない。

 少女は笑う。里奈は無邪気にクスクス笑う。笑って言う。

「違うよ違う、私はあなた、あなたは私、私は私に危害を加えるつもりはない」
「何を、言ってるの……」

 まるで言葉遊びだ。要領を得ない里奈の言葉に、私はだんだん苛立ちを感じ始める。
 それを理解したのか、笑うのをやめ、スッと目を細めて里奈は言った。

「弟を、探して」
「え?」
「私の大切な、弟。大嫌いな世界で、たった一つの私の救い。私の愛する弟を探してよ」
「弟って、どこに……あ!」

 探せと言われたところで、どうやって?どこにいるの?
 質問は、けれど里奈は許さない。
 途端にグニャリと視界が回り、その場に立っていられなくなった。

「ちょっと!」
「弟を、探して」

 呼び声虚しく、里奈はそう言い残して消えた。部屋も消えた。
 残されたのは、真っ暗な世界。

しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

お嬢様と少年執事は死を招く

リオール
ホラー
金髪碧眼、まるで人形のような美少女リアナお嬢様。 そして彼女に従うは少年執事のリュート。 彼女達と出会う人々は、必ず何かしらの理不尽に苦しんでいた。 そんな人々を二人は救うのか。それとも… 二人は天使なのか悪魔なのか。 どこから来たのか、いつから存在するのか。 それは誰にも分からない。 今日も彼女達は、理不尽への復讐を願う者の元を訪れる…… ※オムニバス形式です

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

真実の愛は素晴らしい、そう仰ったのはあなたですよ元旦那様?

わらびもち
恋愛
王女様と結婚したいからと私に離婚を迫る旦那様。 分かりました、お望み通り離婚してさしあげます。 真実の愛を選んだ貴方の未来は明るくありませんけど、精々頑張ってくださいませ。

【完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

アリシアの恋は終わったのです【完結】

ことりちゃん
恋愛
昼休みの廊下で、アリシアはずっとずっと大好きだったマークから、いきなり頬を引っ叩かれた。 その瞬間、アリシアの恋は終わりを迎えた。 そこから長年の虚しい片想いに別れを告げ、新しい道へと歩き出すアリシア。 反対に、後になってアリシアの想いに触れ、遅すぎる行動に出るマーク。 案外吹っ切れて楽しく過ごす女子と、どうしようもなく後悔する残念な男子のお話です。 ーーーーー 12話で完結します。 よろしくお願いします(´∀`)

さよなら、皆さん。今宵、私はここを出ていきます

結城芙由奈 
恋愛
【復讐の為、今夜私は偽の家族と婚約者に別れを告げる―】 私は伯爵令嬢フィーネ・アドラー。優しい両親と18歳になったら結婚する予定の婚約者がいた。しかし、幸せな生活は両親の突然の死により、もろくも崩れ去る。私の後見人になると言って城に上がり込んできた叔父夫婦とその娘。私は彼らによって全てを奪われてしまった。愛する婚約者までも。 もうこれ以上は限界だった。復讐する為、私は今夜皆に別れを告げる決意をした―。 ※マークは残酷シーン有り ※(他サイトでも投稿中)

処理中です...