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老夫婦

3、

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ドンドンドンッ!!!!

「坂井様!起きておられますか!?」

 目覚ましベルより先に与えられたその怒鳴り声は、俺を不機嫌にするには最適なものだった。
 夢を見ていた。何か夢を見ていた。
 大事な夢だと思った。どうでもいい夢だと思った。
 忘れたい夢。けれど忘れたくない夢。
 矛盾したまま目を覚ませば、あっという間に夢は消えて無くなった。どんな夢だったか微塵も思い出せない。
 それが俺の気分をより不快にさせる。

 ガバリと体を起こせば、隣のベッドの妻も体を起こして、不安そうに扉を見ていた。

ドンドンドンッ!!!!

「坂井様!坂井様!」

 無視しようにもそれはあまりにうるさくしつこい。腹が立った俺はバンッと乱暴に扉を開けた。そこには声で分かってはいたが、案の定ガイドの渡部が立っていた。

「なんだこんな朝っぱらから!朝食の時間にしても早すぎるだろうが!」

 帰ったら旅行会社にクレームをつけてやる!そう密かに考えていたら、俺の怒りもなんのその、渡部がホッとしたような顔で俺に迫って来た。

「ああ良かった、ご無事でしたね!奥様もおられますか?」
「私はここにおりますが」

 何がご無事で、なのか。意味が分からず首を傾げていると、俺の背後から妻が顔を覗かせた。

「一体何ごとですの?」
「あ、えと……実は問題が発生しまして……。申し訳ないのですが、急ぎ玄関ホールにお集まりいただけますでしょうか?そこで皆様にご説明したいと思います」

 それだけ言うと、渡部は「それでは、私は他の方にもお知らせしないといけませんので……」と言って、足早に去って行った。一体なんだというのだ。せめて大まかにでも説明すべきだろうに。なんと不親切な!

 これはクレーム決定だな。
 そんな事を考えながら、俺と妻は着替えて玄関ホールへと向かった。そこにはまだ数名しか客はおらず、困惑した顔をしている。そして、神妙な面持ちのスタッフが数名。

「おい、こんな朝っぱらから一体なんの騒ぎだ?早く説明しろ」
「あ、おはようございます坂井様。申し訳ありませんが、全員が集まるまでもうしばらくお待ちいただけますか?」
「そんなもの遅い奴が悪いんだろうが。俺は今すぐ説明を聞きたいんだ」
「ですが……」
「待てと言うなら先に飯を用意しろ!ルームサービスも何もなく、こちとら腹が減ってるんだ!おまけにこんな朝早くに叩き起こされては、空腹もあってイライラするだろうが」

 頼りにならないスタッフに呆れて文句を言い、俺は食堂に向かって歩き出した。いや、そうしようと思ったのだが、慌てたスタッフがそれを阻んできた。

「お、お待ちください坂井様!今食堂は使えない状態なのです!」
「はあ?一体何を言って……」

 使えない状態とはなんだ。昨夜は確かに夕食をとったではないか。昨日の今日で一体何があれば使えない状態になる?
 眉をしかめ不服を表情に浮かべていると、スタッフが逡巡した後、顔を上げて声を潜めて言った。

「実は……夜の間に、食堂で首を吊った方がおられまして……」
「……は……?」
「今、三人のご遺体が首を吊った状態で食堂にあります。警察が来るまでこのままにする必要がありますので、どうか食堂へは……」

 汗を拭きつつスタッフが説明するが、後半は耳に入ってこなかった。
 首を吊った?誰が?三人も?一晩で?
 理解の範疇を超えた話に、俺は「なんだそれは!!」と叫ぶ事しか出来なかった。

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