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老夫婦

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 スタッフに詰め寄ってるうちに、事情が大体見えてきた。
 よく知らんが、なんとなく覚えてる若い女性三人組。女子大生らしいその三人が、食堂で首つり自殺をしたというのだ。
 遺書も何もなく、理由は分からない。だが結果として、せっかくの旅行にケチがついた。それが俺にとっては重要だった。怒りが胸を占める。

 不意に食堂から悲鳴が響いた。見れば、女が悲鳴を上げて倒れている。男が慌ててそれを抱き上げていた。どうやら好奇心で中を覗いたのだろう、ショックで倒れたというところか。首吊り死体がどんな様かも知らないのだろうか。これだから今時の若い奴は、と俺は鼻で笑った。

 警察が来るまで待機と言われたが、こんな山奥どれだけ時間がかかるんだ。どうでもいいから飯を用意しろ!そうスタッフに言ってやろうとしたら、また騒がしくなってきた。

「電話が繋がらない!」
「土砂崩れで車が通れなくなってるぞ!」

 一体これはなにごとだ。まさに踏んだり蹴ったりではないか。慌てふためくスタッフの首根っこを捕まえて説明させるも、向こうも状況がよく分かっていないようで要領をえない。

 そこにようやく全員が揃ったのか、渡部が顔を出した。全員がピタリと口を閉じ、渡部に注目する。
 視界の片隅に、先ほど悲鳴を上げて倒れた女が、青い顔をしながら男に寄り添うように立ってるのが見えた。

「皆様、もう話はお聞きかと思いますが……昨夜、食堂で自殺をされた方がいます。朝起きてきたスタッフが発見致しました。すぐに警察をと思ったのですが……なぜか電話が繋がりません。携帯も同じくです」

 そこでざわめきが一度。

「それゆえ車でふもとまで向かおうとしたのですが……土砂崩れが起き、道が塞がっていて通れなくなっています」

 その言葉でざわめきが更に大きくなった。「帰れないじゃない!」「どうするんだよ!」と抗議の声が上がる。

「土砂崩れに関しては、通いのスタッフが直ぐに気付くと思いますので、対応はすぐさま為されると思います。道が通じれば、警察への連絡も行えますので……しばらくご遺体はあのまま置いておくしかありません」

 遺体を置いておく。
 その言葉に皆が顔を青くした。「い、嫌よ。死体と一緒のとこで生活するなんて」と言ったのは誰か分からないが、それには激しく同意だ。
 他の者も一様にそう思ったのだろう。ウンウンと頷いている。それに対して渡部も頷いた。

「仰る通り、この館での生活は出来ません。よって、別の館に移動したいと思います。この本館を挟むように二つの館がありまして、元々お好きな所にお泊りいただく予定でした。それゆえ設備は整っております。ただ、バラバラにというのは宜しくないと思いますので、一つにまとまりたいと思います。というわけで、桐生家当主の奥方用であった、薔薇館に移動したいと思います。皆様お手数ですが、お荷物を持って移動をお願い致します」

 その言葉を皮切りに、バタバタと皆が動き始めた。

「現場保存のために鍵を閉めますので、お忘れ物のないようお願い致します」

 渡部の声が、部屋に入ろうとした俺の耳に届いた。
 言われなくとも。誰がこんな館に忘れ物などしようか。
 絶対に戻りたくないと思いながら、俺は荷物をまとめ始めるのだった。

「まったく、お前が選ぶとロクな事が起きないな」

 同じく荷物をまとめている妻を見ることなく、俺はブツブツ言いながら荷物をまとめる。

「そんな……まさか自殺があるなんて、私にも分かりませんよ」
「こんな何もない山奥でのツアーだなんて、何かあってもおかしくないだろうが。おとなしく温泉旅館とかにすれば良かったんだ」
「ごめんなさい」
「お前に任せたのが間違いだった。いいか、これからは俺が決める。お前はいつだって間違えるんだから、何も決めるな。いいな?」
「……はい」
「あ~あ、最悪だ」

 本当にろくでもないな。帰ったら、絶対ツアー会社に文句言ってやる。慰謝料もらわにゃやってられん。
 怒り収まらぬ俺は乱暴に荷物を詰め、部屋を後にするのだった。

「あ、あなた待って!大きな荷物を持つの手伝ってください!」

 妻の言葉を無視して、俺は出た。ふん、これは罰だ。俺に迷惑かけた妻が悪いんだからな。
 ズンズンと歩き、俺は早々に館を後にするのだった。後ろを追いかけてくる気配はない。

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