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女子大生三人組

6、

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「……あれ?」

 扉を開けると、そこには青い顔の渡部さん。

 ──だと思っていた。間違いなくその人が立ってると思っていたんだ。だが現実は違った。

 扉が閉まらないように手で押さえたまま、私は顔を廊下に出して見る。
 右を見る。左を見る。
 だが、どこにも渡部は──

「いない……」

 呟いた瞬間だった。

「あいつを迎え入れたのね」
「わ!?」

 背後から突然声がして、驚いた私は振り返り──大声を上げ、尻もちをついてしまった。背後で扉が閉まる音がする。
 ガチャリと鍵が閉まる音が聞こえた気がするが、私の視線は前方から外せずにいた。
 そこに杏子が立っていたから。異様な光景で立っていたから。
 ポタポタと彼女の髪から、全身から水が滴り落ちる。それ自体はおかしな事ではない。だって彼女はシャワーを浴びていたのだから。
 なにごとかと、慌てて出てきた。そう説明できなくもない。

 だけどどうして……
 どうして彼女は──服を着ているの?
 シャワーを浴びるとバスルームに杏子は向かった。その時のままの服で。服を着たままで。
 彼女はずぶ濡れになっていたのだ。服を着たままシャワーを浴びる理由って何?考えて、そんなもの分からない、普通ではありえない行動の理由など分かるはずもない、と自問自答。

 私に出来るのは、震える声で問いを口にするだけ。

「きょ、杏子……?あなた一体どうしたの?どうして服を着たままシャワーに……」
「あいつが入って来た」
「え?」

 私の言葉が耳に入ってるのかどうか分からない。ただ俯き、ボソボソと杏子は話す。

「私があなたが早苗が犯した罪」
「え、え?杏子、何言ってるの?聞こえない……」
「私達の罪を罰しに、あいつが来た、入って来た」
「何を言って……」
「逃げられない」

 ゾクリ
 恐怖が心を支配する。
 それは杏子の声ではなかった。しわがれた老婆のような。幼い子供のような。うら若き乙女のような。
 どの年代の声にも聞こえ、けれどどの年代にも当てはまらない。奇妙な声を杏子は出す。

「あの子が!」
「ひ!?」

 何が起きたのか分からない。だが既にそれは目の前にあった。
 杏子の目が顔が私の顔面すれすれに──否、それは既に杏子の顔ではなかった。
 皺まみれの老婆のようでいて、幼い子供のようでいて……それは誰か分からない。誰とも分からない、杏子ではない顔がそこに存在し。けれど時折杏子の顔を混ぜて様々に変化する。

 恐ろしくて仕方がないのに、体がガタガタ震えて仕方ないのに、私は目の前のそれから目をそらすことが出来なかった。
 恐怖が過ぎると、目を閉じれなくなるってのは本当だったんだ──
 まるで自分自身を見ている傍観者のような気分で、そんな事を考えていたら「あぐ!?」顎を掴まれた。
 ギリギリと容赦ないその力は、女性でもましてや幼子のそれではないだろう。痛みに涙が出てくる。

「や、やめて……」
「では髪を引っ張ってやろうか?」
「!?」

 今度の声はハッキリと聞き取れた。それは少女の声だった。少し大人びた声に近付きつつあるそれは、紛れもなく杏子の声ではなく、別人の声。俯いていた顔が私の顔を見る。

 それは……その顔は……

「あ、あなた……誰……?」

 杏子ではなかった。ついさっきまで杏子だったその人物は、今や別人になり果てた。幼さが残る、歪な年齢の少女がそこにいた。
 とてつもない美少女が、私を見て。そして──

「きゃあ!?」

 襲い来る衝撃に、たまらず悲鳴を上げた。

「い、痛い……!やめて、放して……!!」

 頭が痛い。髪を鷲掴みにされた挙句、思い切り引っ張られてるから。ブチブチと何本か毛が切れる音が聞こえ、その痛みに涙が出た。だが少女の手は力を緩める事は無い。
 強く引っ張られ、ギリギリとブチブチと音を立て、頭髪が頭皮が悲鳴を上げる。

 直後──

「ぎゃああ!?」

 一気に髪が引き抜かれた!たまらず大声で叫ぶ。

「ひい、ひい、い……痛い……!」

 頭に触れれば、一部だけ髪が無くなってるのが分かった。ヌルリと嫌な感触と共に、鼻につくのは血の香りか──
 涙で滲んだ目に映るのは、抜いた髪をパラパラと捨てる美少女の姿。

 どうして?なぜ私がこんな目に遭わなくちゃいけないの?私が何をしたっていうの?
 目の前にいるのは異常者だろうか。杏子はどこに行ったのか。この少女は一体どこからやって来たのか。
 疑問ばかりが頭に浮かび、けれど誰も答えを私にくれない。

 少女がまた手を伸ばしてくるのが見えて、知らず私は後ずさった。それを扉が阻み、絶望に染まる。
 だが少女の無機質な目と自分の目が合った瞬間、麻痺していた喉が動いた、言葉が口をついて出た。

「いや、やめて!どうしてこんな事をするの!?私が一体何をしたって言うのよ!お願いだからやめて、お願いだから……!!」

 悲鳴しか上げなかった私の問いに懇願に、少女が動きを止めた。マジマジと私を凝視する。
 私もまたその目を見返した。
 恐ろしいのに、痛いのに……少女は驚くほどに美しくて、見とれそうになる。
 こんなにも美しいのに、どうしてこの少女は狂気に走るのだろう。こんな容姿をしているならば、未来は明るいはずなのに。幸せな未来しかないであろうに。勝ち組だと微笑めば良いのに。
 なのに少女は笑わない。幸せだと微笑まない。ただ不思議そうにコテンと首を傾げるのだ。

「何を言ってるの?あなたが私にしたことでしょ?」
「え?」
「朝起きれば寝坊助が過ぎると言って、髪を引っ張ったじゃない。抗議すればより強く髪を引っ張ったじゃない」
「な、なんのこと……」
「お願いしたら解放してくれることもあったけれど、そうでない時もあった。たくさんあった。髪が切れることもしょっちゅう。バレないように密やかに……あなたはいつも、そうして私に酷いことをしてきたじゃない」
「……」
「ねえ?私のメイド?」

 ドクンと心臓が大きく跳ねた。
 瞬間、目の前に見知らぬ光景が広がる。

『やあっとお起きになられましたか、お嬢様。寝坊助が過ぎやしませんか?』

『お、お願いです、手を放してください。髪が千切れそうに痛いんです……!』
『ふん、最初からそう言やいいんだよ』

 これは何?知らない光景だ。
 そのはずなのに……なのに私は知っている。この光景を、確かに私は知っている。かつて私が経験した。
 はるか昔に。遠い昔に。遠い遠い、気の遠くなるほど昔に──

「あ、あああ……お、お嬢様……」

 知らず口をついた言葉。震える体。口の端から垂れる涎。股から流れ出る液体。
 どれも恐怖から生じた。恐ろしくて自分を制御できなかった。

思い出した思い出した私は全てを思い出した
確かに私は罪を犯したかつて私は罪を犯した

「お、お許しを、お嬢様……どうか助け……が!?」

 言葉は最後まで発する事を許されない。少女が私の喉を片手で締め上げる。恐ろしい程の力で、ギリギリと……。
 その痛みと苦しみで、意識を手放すことすら許されず。その瞬間が来るまで、私は少女の顔から目が離せなかった。

 かつて仕えた少女は当時の怯えた様子を微塵も見せず、ただただ微笑む。美しい顔をいびつゆがめて。

幸せそうに
微笑んだ

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