16 / 68
女子大生三人組
2、
しおりを挟む「早苗……?どしたの?」
「ごめん起こしちゃった?ただのトイレだから、寝ててね」
「うん……」
そんな会話をしたことは何となく覚えてる。けれど直ぐに眠ってしまった私は、次に目を覚ましたら朝だと信じていた。だが実際にはまだ暗闇の支配する夜。
手探りで枕元のメガネを探し、かけてから携帯を確認する。それはまだ日の出前の時間を指していた。カーテンの向こうでは、まだ太陽が昇る気配はない。
ふと横を見れば、三つのベッドの真ん中が空になってる事に気付いた。そこの主は早苗だ。
私達三人組の中で最も派手な、いかにもリア充と思わせる金髪メイクバッチリの早苗。メイクを落とせば眉は消え、一体誰だと別人になる彼女に笑ってしまったのは寝る前の話。
その早苗が居ないのだ。
「トイレかな?」
会話を思い出し、ベッドを降りてトイレの扉をノックした。シンと静寂だけが返って来る。電気が漏れる様子もないので扉の取っ手をひねれば、難なくそれは開いた。もちろん中には誰も居ない。
ふと見れば、部屋の入口そばに設置された鍵置きに、あるはずの鍵が無い。早苗が持って出たのだろうか?
ここはオートロック式だから、扉が閉まれば自動でロックがかかる。持って出なければ部屋に入れない。
でもどうして?
こんな夜中に館内を一人で散策ってのは考えにくい。
考えられるのは……
「う~ん……タバコ、かなあ?」
実は早苗が喫煙者であることを、私は知っている。本人はイメージが良くないからと隠したがっているが、香水に隠れて香る煙い匂いに、私は気付いていた。
この洋館は、ホテルとして建てられたものではないが、今は宿泊客を受け入れる時点で色々改装されている。火災報知器も当然あるので、好き勝手にタバコを吸う事はできない。トイレでこっそりなんてことすれば、私と結衣にバレてしまう。もう少しお金を出せばバルコニー付きの部屋に泊まることも出来たが、残念ながらその余裕はなく、この部屋には無い。
「外に吸いに出たのかな?」
玄関扉が開いてるのかは分からないが、一階のどこかの窓を開けて吸ってるのかもしれない。
なかなか帰ってくる様子がないのが心配で、私は上着を羽織った。ちょっと探しに行ってみよう。もし外ならスリッパでは出れないからと、靴を履く。
爆睡する結衣を起こさぬよう静かに扉を開けて、そっと廊下を覗き見る。深夜だから当然誰も居ないのだが、シンと静まりかえる廊下に、少し足がすくんだ。
ややあって、どうにか足を踏み出し廊下へと出て、扉を閉めた。
カチャンと自動で閉まる鍵の音に、なぜか不安を感じる。鍵を持ってないからだろうか。別に扉の向こうには結衣がいるのだ、激しく叩けば起こす事も出来るだろう。まあそんなことしなくても、早苗が鍵を持ってるのだろうけど。
これからその早苗を探しに行くのだから問題ない、と自分に言い聞かせて私は歩き出した。
なんだかよくある中世ロマンの漫画の世界のようだ。
そう思って自分が選んだこのツアー。卒業してしまえばもう二人とはあまり会えなくなる。その最後の旅行に自分の趣味を押し付けるのも気が引けたが……優しい二人が頷いてくれた時は小躍りしたものだ。
だから誰にも文句を言える立場ではないのだけれど……やっぱりこういった雰囲気は苦手だ。
一部リフォームされてるとはいえ、基本は古めかしい洋館。散策時のガイド、真殿のあの演出的な表情を思い出して苦笑する。バトラーみたいだなと、凝り固まったイメージでテンションが上がったものだが。今思い出すと、なんとなく恐くなってくる。それこそがガイドの狙いなのだろうけど。
こんな洋館ツアーにやって来るような人間は、そういう雰囲気を楽しみたいに違いない。きっとツアー会社はそう思ってることだろう。
私としては、お嬢様気分を味わいたかったんだけどね。
考えてるうちに一階に着いた。だだっ広い玄関ホールからグルリと周囲を見回す。
さて、早苗はどこにいるのかな?
と思った直後。
「あれ、早苗じゃん」
なんと早苗が食堂の扉前に立っていたのだ。
食堂か、その奥にあるキッチンの換気扇使ってタバコ吸ってたのかな?
とにかく見つかって良かったと安堵し、足早に駆け寄る。
その時だった。
「わ!?」
何かが足に引っかかり、つんのめる。転倒はどうにか免れたが、一体何につまづいたのだと足元を見て──私は絶句した。
手があったのだ。
正確には、肘より先の手だけがあった。肉体などない。ただ手だけが床の上に存在し──それが……その指が……
「ひい!?」
動いたのだ。カクカクと奇妙な動きで指がうごめき。
そして──消えた。
まるで最初から何も無かったかのように、その場から消失したのである。
何がなんだか分からない。私は夢でも見ているのだろうか?だが踏みしめるこの足、確かに掴まれた足首の感触。それはハッキリ感じた。夢だとは思えぬほどリアルに。
恐ろしくなって、とにかく早く早苗の元にと顔を上げ、私はまたも言葉を失った。
「早苗──?」
そこに立ってたはずの早苗が居ないのだ。代わりに開いた食堂の扉。その奥にポッカリと、穴のように暗闇が広がっている。早苗は食堂に入ったのだろうか?
恐る恐る扉から中を覗く。
微かに室内が月明かりに照らし出されているものの、その大部分が暗くて見えない。壁をまさぐって照明のスイッチが無いかと探すも、そこにはただ凹凸のない壁が存在するのみ。
その時、奥の方に何かがあるのが見えた。
何かが揺れてるのが、見えた。
勇気を振り絞って食堂内に歩みを進め、目を凝らし──
それが何かを理解した瞬間、私はその場に尻もちをついた。
揺れている
体が揺れている
天井からロープが垂れ下がり
そのロープの先に作られた輪に頭を通して
早苗が
首を吊って死んでいた。
10
お気に入りに追加
83
あなたにおすすめの小説
はる、うららかに
木曜日午前
ホラー
どうかお願いします。もう私にはわからないのです。
誰か助けてください。
悲痛な叫びと共に並べられたのは、筆者である高宮雪乃の手記と、いくつかの資料。
彼女の生まれ故郷である二鹿村と、彼女の同窓たちについて。
『同級生が投稿した画像』
『赤の他人のつぶやき』
『雑誌のインタビュー』
様々に残された資料の数々は全て、筆者の曖昧な中学生時代の記憶へと繋がっていく。
眩しい春の光に包まれた世界に立つ、思い出せない『誰か』。
すべてが絡み合い、高宮を故郷へと導いていく。
春が訪れ散りゆく桜の下、辿り着いた先は――。
「またね」
春は麗らかに訪れ、この恐怖は大きく花咲く。
怪異の忘れ物
木全伸治
ホラー
千近くあったショートショートを下記の理由により、ツギクル、ノベルアップ+、カクヨムなどに分散させました。
現在、残った作品で第8回ホラー・ミステリー小説大賞に参加し、それに合わせて、誤字脱字の修正を行っています。結果発表が出るまでは、最後まで推敲を続ける予定。
さて、Webコンテンツより出版申請いただいた
「怪異の忘れ物」につきまして、
審議にお時間をいただいてしまい、申し訳ありませんでした。
ご返信が遅くなりましたことをお詫びいたします。
さて、御著につきまして編集部にて出版化を検討してまいりましたが、
出版化は難しいという結論に至りました。
私どもはこのような結論となりましたが、
当然、出版社により見解は異なります。
是非、他の出版社などに挑戦され、
「怪異の忘れ物」の出版化を
実現されることをお祈りしております。
以上ご連絡申し上げます。
アルファポリス編集部
というお返事をいただいたので、本作品は、一気に削除はしませんが、順次、別の投稿サイトに移行することとします。
まだ、お読みのないお話がある方は、取り急ぎ読んでいただけると助かります。
www.youtube.com/@sinzikimata
私、俺、どこかの誰かが体験する怪奇なお話。バットエンド多め。少し不思議な物語もあり。ショートショート集。
※タイトルに【音読済】とついている作品は音声読み上げソフトで読み上げてX(旧ツイッター)やYouTubeに順次上げています。
百物語、九回分。【2024/09/08順次削除中】
「小説家になろう」やエブリスタなどに投稿していた作品をまとめて、九百以上に及ぶ怪異の世界へ。不定期更新中。まだまだ増えるぞ。予告なく削除、修正があるかもしれませんのでご了承ください。
いつか、茶風林さんが、主催されていた「大人が楽しむ朗読会」の怪し会みたいに、自分の作品を声優さんに朗読してもらうのが夢。
【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。
ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。
彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。
「誰も、お前なんか必要としていない」
最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。
だけどそれも、意味のないことだったのだ。
彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。
なぜ時が戻ったのかは分からない。
それでも、ひとつだけ確かなことがある。
あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。
私は、私の生きたいように生きます。
【完】意味が分かったとしても意味のない話 外伝〜噂零課の忘却ログ〜
韋虹姫 響華
ホラー
噂話や都市伝説、神話体系が人知れず怪異となり人々を脅かしている。それに対処する者達がいた。
エイプリルフールの日、終黎 創愛(おわり はじめ)はその現場を目撃する。怪異に果敢に立ち向かっていく2人の人影に見覚えを感じながら目の当たりにする非日常的光景────。
そして、噂の真相を目の当たりにしてしまった創愛は怪異と立ち向かうべく人並み外れた道へと、意志とは関係なく歩むことに────。
しかし、再会した幼馴染のこれまでの人生が怪異と隣り合わせである事を知った創愛は、自ら噂零課に配属の道を進んだ。
同時期に人と会話を交わすことの出来る新種の怪異【毒酒の女帝】が確認され、怪異の発生理由を突き止める調査が始まった。
終黎 創愛と【毒酒の女帝】の両視点から明かされる怪異と噂を鎮める組織の誕生までの忘れ去られたログ《もう一つの意味ない》がここに────。
※表紙のイラストはAIイラストを使用しております
※今後イラストレーターさんに依頼して変更する可能性がございます
『怪蒐師』――不気味な雇い主。おぞましいアルバイト現場。だが本当に怖いのは――
うろこ道
ホラー
第8回ホラー・ミステリー小説大賞にエントリーしています。
面白いと思っていただけたらご投票をお待ちしております!
『階段をのぼるだけで一万円』
大学二年生の間宮は、同じ学部にも関わらず一度も話したことすらない三ツ橋に怪しげなアルバイトを紹介される。
三ツ橋に連れて行かれたテナントビルの事務所で出迎えたのは、イスルギと名乗る男だった。
男は言った。
ーー君の「階段をのぼるという体験」を買いたいんだ。
ーーもちろん、ただの階段じゃない。
イスルギは怪異の体験を売り買いする奇妙な男だった。
《目次》
第一話「十三階段」
第二話「忌み地」
第三話「凶宅」
第四話「呪詛箱」
第五話「肉人さん」
第六話「悪夢」
最終話「触穢」
※他サイトでも公開しています。
ill〜怪異特務課事件簿〜
錦木
ホラー
現実の常識が通用しない『怪異』絡みの事件を扱う「怪異特務課」。
ミステリアスで冷徹な捜査官・名護、真面目である事情により怪異と深くつながる体質となってしまった捜査官・戸草。
とある秘密を共有する二人は協力して怪奇事件の捜査を行う。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる