【完結】復讐の館〜私はあなたを待っています〜

リオール

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館の見る夢(2)

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 ポタポタと、水が髪をつたって落ちる。何が起きたのか一瞬分からなかった。
 目だけを動かせば、正面に立つメイドが一人。先ほど私の髪を引っ張った者とは別のメイドだ。

「おやお目覚めですかお嬢様。ちっとも起きないので、目覚めのお水をお持ちしたのですが無駄になってしまいましたね」

 目覚めの水って顔にかけるものなの?
 そう聞きたいのをグッとこらえ、私は手を握り締めてメイドを睨んだ。

「あらあ、何か?まさか私に文句でもおありでしょうか?こんなにも誠心誠意お仕えしておりますのに」

 なにが誠心誠意だ。悪意の塊のくせに。
 だが文句を言ったらもっと酷い目に遭わされるだろう。……それはもう、経験済みだ。だから私は言葉をグッと呑み込んで背後を見た。案の定、髪を引っ張ったメイドが私にタオルを差し出していた。無駄に手際がよい。
 頭と顔を拭き、服を着替えた私はテーブルについた。そこには朝食が用意されていたから。

「本日はフレンチトーストでございます」

 食事の用意をするのはまた別のメイド。私の世話役はメイドが三人。
 ここへ来てからというもの、西洋の食事が多く出て来ることが多い。慣れないそれに最初はなかなか食が進まなかった。
 だが何事もなれるもので、今や私もすっかりナイフとフォークを使いこなせるまでになった。

「いただきます」

 言って小さくカットされたトーストを口にし……途端に眉をしかめる。上がる笑い声を背後に聞きながら、私はどうにか口の中の物を必死で咀嚼し呑み込んだ。
 とてつもなく固かったのだ。カチカチのフランスパンのように。そして裏を見て合点がいく。表からは分からなかったが、裏面は真っ黒だったのだ。そう、焦げている。
 こんなものを出すなど普通では有り得ない。だが彼女達にとってはそれが有りなのだ。
 この館の当主に贔屓にされている没落令嬢が気にくわない、彼女達にとっては。

 それは一体なんの嫉妬なのか。どうして私がこんな目に遭わねばならないのか。
 最初の頃はそう思ったし、当主に報告したこともある。だが現状は変わらなかった。
 当主からすれば、この館から出たい嘘と思えたのかもしれない。長年雇っているメイドが、そんな陰湿な事をするなんて、考えもしないのかもしれない。確かに彼女達は仕事が出来るからこそ、私の世話役に抜擢されたのだから。

 だがとかく女は嫉妬深い生き物である。
 そしてこの館の当主は、とてつもない美貌を携えた男性である。
 それを憧憬というにはあまりに醜い。嫉妬というには汚い。
 ただ自分は彼女達の八つ当たり対象でしかないのだ。

 チラリと背後を見れば、クスクス笑う三人のメイド。

「どうされました、お嬢様?残さず最後までお食べくださいね?」

 いっそこの焦げたパンを当主に見せてしまえば、嫌でも当主は私の言葉を信じるかもしれない。
 だが当主は毎日来るわけではないのだ。忙しい彼は、いつなんどき此処へやって来るか分からない。そんな現状でうまく対処できるほど、私は大人ではなかった。──この現状に唇を噛み、耐えてしまえる程には子供ではないというのに。
 歯がゆい現状。

「あ……」

 考えごとをしていたら、パンをポロリと床に落としてしまった。
 直後、頬に熱が走る。

 パンッと音を立て、私の頬を誰かがぶったのだ。見れば朝食の用意をしていたメイドが、手の平を振り下ろした状態で私を見下ろしていたのだ。恐怖に体がすくむ。

「パンを落とすなんてマナーがなってませんわ、お嬢様。これはお仕置きが必要ですわね」
「ご、ごめんなさ……」
「謝罪は結構!今後こういったことがないよう、貴女には床で食事をしていただきます!」

 そう言うが早いか、メイドは残ったトーストが乗った皿を持ち上げ、それをクルリと引っくり返すのだ。
 ボトボトリと音を立て、トーストが床に落ちる。それを私は呆然と見つめていた。一体なにを……

「食べなさい」
「え?」

 何を言われてるのか分からず、私はメイドの顔を見た。それは冷たい目で私を見下ろしている。

「床にはいつくばって食べなさい」
「え、あ……そんな……」
「私が用意した物を落とした罰です!床に這いつくばって食べなさい!フォークは勿論手を使う事も禁じます!這いつくばり、犬のように食べなさい!!」
「そ、そんなの嫌!」

 さすがにそれは受け入れられない。血の気が引くのを感じた、恐ろしいと感じた。必死に勇気を振り絞って抗議した瞬間。

「あ──!?」

 気付けば私は床に這いつくばっていた。後頭部が抑えられ、頬が床に着く。どうにか目を動かせば、髪を引っ張っていたメイドが私の体を抑え込んでいた。

「あらあらお嬢様、本当にあなたは駄目ですねえ。反省の色がありませんわ」
「は、放して──!」
「ほら暴れないでくださいまし。手を使ってはいけませんよ?手は私が抑えてさしあげましょうね」

 水をかけてきたメイドが、そう言って私の両手を足で踏んで来た。

「い──!」

 固い革の靴に踏まれ、痛みに悲鳴が喉をつく。痛みに顔を歪め、また涙が滲む。だが二人はけして私を解放しようとはしない。

「ほらお嬢様。パンを召し上がってくださいな」

 私の頭を抑える食事係のメイドがそう言って、口元に落ちたパンを押し付ける。

「い、嫌……ぐぼっ!?」

 拒絶の言葉を口にした瞬間、押し込まれるパン。それは容赦なく、次から次へと口に押し込まれ──息苦しくて目の前が真っ暗になるまで、その折檻は続くのだった。

 脳裏に響く笑い声。女三人のけたたましい、甲高く耳障りな嘲笑。
 それを耳にしながら、私は

(許さない)

 私は

(許さない。絶対お前達を許さない)

 私は……誓った

(いつか、地獄に落としてやる……)

 繰り返される地獄の日々を過ごしながら、私は強く強く



  復讐を誓う



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