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プロローグ
館の見る夢(1)
しおりを挟む目を覚ます。一瞬自分がどこにいるか分からず戸惑い……そしてすぐに思い出す。
思い出して、私は絶望した。
それは見慣れた部屋、ずっと前から私が住む部屋。──けれど私の部屋ではない。私が生まれ育った家ではない。
意味も分からず連れてこられた時は、戸惑いながらも歓喜したものだ。そこはあまりに広く魅力的な部屋だったから。
用意された服はどれも肌触り良く、可愛らしいデザインの物ばかりだった。
用意された部屋の装飾はどれも素晴らしく、溜め息が漏れる物ばかりだった。恐くて触ることが出来ず、最初は緊張ばかりしていた。
用意された部屋は、あまりに自分には不釣り合いで……没落貴族の令嬢が住めるような場所ではなかった。
けれどこの屋敷の当主はそれが許されるのだ。
高価な調度品の数々を、惜しげもなく購入し無造作に置く。
毎日異なる服を着たとして、全ての服を着るには半年はかかりそうな大量の衣服が保管できる場所がある。
異国からの高価な人形を片っ端から仕入れ、落ちても気にしないと言わんばかりに棚の上に大量に並べることができる。
──貧しさに苦しむ一家から、小娘を買うことが出来る程の財を持つ。
それがこの館の当主だった。それほどの大財閥が大きな館を建てたのは、人が住まぬ山奥だった。
変人奇人と言われた当主は、確かに変わり者だったのかもしれない。だが、こうして人を買って隠し持つとしたら、このような場所はうってつけなのかもしれない。それこそを見越して建てたのかもしれない。
いや、きっとその為にこそ、この館はあるのだろう。
この館の外観は、初めて訪れた最初に見たきり。だがそれはあまりに印象的で──その立派さに圧倒され、目を奪われた。目を閉じれば鮮明に思い出されるそれは、確かに新しく、まだ建てられて間もないことが見て取れたのだ。
私は……この館に囚われている。
そっと目を閉じて、在りし日の事を思い出した。
貴族の家に生まれた。けれどそれは明日をも知れぬほどに落ちぶれた家だった。貴族と言うのもおこがましいほどに、傾き古びたボロボロの屋敷。ありふれた日本家屋だったそれは、けれど瓦は落ち、壁はボロボロに剥がれ落ちていた。扉は建付けが悪くうまく開閉せず、庭は雑草がはびこっていた。
一見すれば、まるで幽霊屋敷のようなそれ。見知らぬ者が見れば、人が住んでるとは思いもしないだろう。
だがそんな家に生まれて、私は悲しいと思った事はなかった。
父も母も私に愛情を注ぎ、優しかった。弟は私に懐き可愛かった。
使用人も誰もいない家族だけの生活は、貧しく苦しいものだったが、それでも私は幸せだった。
だがその幸せは終わってしまった。
あの日、彼が来たから。
とある富豪貴族が私を見かけたのは単なる偶然。けれどその偶然が私の人生を変えた。
莫大な金額を提示し、富豪貴族は私の両親から私を買ったのだ。
信じられなかった。信じたくなかった。両親が私を手放すなんて。どれだけお金を積まれたとて、私を手放すなんて有り得ないと思っていたのに。
積まれた大金を前に、両親の目の色は変わってしまった。それらを鷲掴みにし、下卑た笑いをあげる二人は、もう私の知る両親ではなかった。まるで異形のよう。
さよならと告げる私の声に応えることもない。私を見ることもない。
実家で見た最後の光景は、魔物が二人、金に埋もれるものだった。
どれだけ豪華な家具に囲まれようと、どれだけ部屋が広かろうと、どれだけ肌触りの良い服を着ようと、どれだけ美しい人形を手にしようと。
私の心は満たされない。
はあ……とため息をつき、私はベッドから下りた。天蓋から垂れ下がるレースをめくったところで──
「い……!?」
痛みに小さな悲鳴を上げた。見れば長い黒髪がグイと引っ張られているのだ。
引っかけたのではない。視線の先には、無表情で私の髪を鷲掴みにする者がいた。
「やあっとお起きになられましたか、お嬢様。寝坊助が過ぎやしませんか?」
私の身の回りの世話を担当するメイドだ。見下すその目の光は、氷のように冷たい。お嬢様と私に声かけても、全くそうは思ってないのが分かる。
「い、痛い……放して!」
「なんですって?」
「いっ……!!」
抗議の声を上げれば、更に髪が強く引かれた。あまりの痛みに涙が目じりに浮かぶ。
どうにか放して欲しくて、私は小声で懇願する。
「お、お願いです、手を放してください。髪が千切れそうに痛いんです……!」
「ふん、最初からそう言やいいんだよ」
ややあって髪は解放され、ホッと息をついた。
直後、衝撃が私を襲う。
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