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プロローグ
10、
しおりを挟むザーッと音を立ててシャワーが湯を吐き出す。その熱が心地よい。火照った体に熱い湯とくれば余計にのぼせそうだが。
──映画なら、目を閉じて顔面シャワーがお約束よね。
どこの何の映画だとかどうでもいいが、偏ったイメージが私の頭に浮かび、そのイメージのまま私は目を閉じた。
熱いお湯を直接顔面に浴びせるのは、お肌に良くないんだよなあ……。物凄くどうでもいい豆知識を思い出した。
その時
ピチャン
水を踏む足音が聞こえた。降り注ぐシャワーの音や垂れてくる水音ではない。
それは確かに足元から……正確には、私の背後から聞こえたのだ。
「……隆哉……?」
そう言えば鍵を閉めてなかったな。
隆哉は紳士で真面目で、けしてこういう事をするタイプではない。
そう思ってたけど違ったのだろうか?やっぱり彼も男だったということ?
そうだとして、私はどうしたらいいのだろう。悲鳴を上げるか振り向いて引っぱたくか、それとも──
あれこれ考えるのに、体は動かない。
ドクンドクンと心臓が激しく鼓動する。
不安半分、期待半分──いや嘘だ、ほぼ期待が胸を占める。
だから私は動けなかった。そしてもうすぐ伸ばされるであろう腕、もしくはかけられる声にドキドキしていた。
だが──どれだけ待っても一向に気配がしない。
そして無言のまま、またピチャリと足元で動く気配がした。
「隆哉?なに──」
「どうして?」
息が止まる。
それは隆哉の声ではなかったから。男性の声ではなかったから。
それは──少女の声だったから。
「誰!?」
恐怖を感じるよりも条件反射で私は振り向いた。そして息を呑む。
そこには少女が立っていた。
真っ直ぐな黒髪を、飛び散る水しぶきで濡らすこともなく。立ち込める湯気に目をしかめることもなく。
目を見開き、黒髪の少女が真っ直ぐ私を見つめて立っていた。
そしてその少女の顔に、私は見覚えがあった。
「リ、ナ……?」
夢の中の少女。夢の中で、私は彼女だった。姿見に映った瞬間しかその顔は確認できなかったが、忘れかけていた夢の断片は、目の前の少女を目にした瞬間一気に繋がる。
確かに夢で見た少女が、そこに立っていたのだ。
「どうして?」
少女はもう一度私に問うた。
何が?どうしてって?
聞きたいのに喉から荒い息が漏れるだけで、言葉を生成することは出来ない。唇は動かない。動かせない。
「どうして私は──死ななくちゃいけなかったの?」
直後、少女の目からツツ……と赤い涙が流れ落ちた。それは床に落ちて、水に流されていく。つまり少女は幻ではなく、確かにそこに存在するのだ。
「ひ……」
声にならない悲鳴が喉をついて出る。だがそれ以上の声は、やっぱり私は出すことが出来なかった。
「どうしてなの?」
「ひい……!?」
少女が言葉を紡ぐと同時、今度は額から赤い液体が流れだした。それは──血は、どんどん溢れ出し、少女の顔を濡らす。口元からも血は垂れ落ち、じわじわと少女を朱に染める。
「ひ、あ……あ!?」
思わず後ずさった私は、背に壁を感じて動きを止めた。シャワーが頭上に降り注ぐ。
「どうして?ねえ、どうして?」
とめどなく少女は問いを繰り返す。
不意にその手が前に伸ばされた。私に向かって……
「あ……?」
その瞬間、視界が朱に染まる。
なぜ?どうして?
答えはすぐに明確になる。
シャワーが……シャワーから注がれる透明だったはずのお湯が、真っ赤に染まっていたのだ。
真っ赤な血が、私の頭上から降り注ぐ。
目の前の少女と目が合った。
互いに血まみれのまま、少女の目を見た直後……
つんざくような悲鳴が、私の喉をついた──
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