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プロローグ

6、

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 急速に覚醒する意識。フッと目を開けた直後、あまりの眩さに直ぐ目を閉じた。
 どうやら日が傾き始めてるのだろう、沈む太陽の光は寝起きの目にはきつい。しばらく目を細める。それからゆっくり太陽光から視線を外して、しっかりと目を開いた。
 まだバスはガタガタと揺れていた。景色はあまり変わらず、整備された山道をゆっくり走っている。
 体を起こそうとして、肩の重みに気付いた。首だけを動かせば、隆哉の頭頂部が視界に飛び込んで来た。私より先に寝ていたはずの彼は、まだ眠っている。

「もう……人の肩を枕にして……」

 内容だけなら文句のそれは、けれど嬉しくてニヤけた顔を見れば、誰も文句と捉えることは無いだろう。
 しばしその重みを堪能していると、不意に脳裏に声がよぎった。

(リナ──)

 先ほど見た夢だ。ハッキリと覚えてないが、確かに少年がいた。夢の中のせいか、その声質は覚えてない。だが少年は確かに私のことをリナと呼んだ。
 どうしてなのか分からない。夢ということは、いつかどこかで見た映画かドラマか、はたまたアニメと混同してるのかもしれない。
 だけどなぜか私には確信がある。

(鏡に映ったあの少女の名前は間違いなく──リナ、だ)

 一体いつ見た映像なのか分からないが、それだけは確信できた。きっとそれは間違ってないと自信を持てるのは、なぜなのか。
 分からないままバスは揺れ続け……そして目的地に着いた。

「皆様お疲れさまでした。到着致しましたので、下りる準備をしてください」

 ガイドの渡部さんの声が響く。同時に皆が一斉に動き出した。
 荷物を持つ者、いそいそと立ち上がる者、寝起きとばかりに両手を上に上げて伸びをする者。ちなみに隆哉は寝起きでボーッとする者だ。
 肩から重みが離れていくのを寂しいと思いつつ、まあ旅行はまだ始まったばかりだからね、と自分に言い聞かせて私も身支度を整えた。と言っても、薄手のカーディガンを羽織り、ショルダーバッグを持つだけだが。
 目的地は山奥で、夏でも涼しいと聞いて来たから用意したけど、どうやら正解だったようだ。

「うお、寒っ!!」

 バスから降り立った途端、そう言って寒そうに腕を抱く人が数名。上着を持ってき忘れたか、大きなカバンの方に入れてしまったか。
 カーディガンを羽織ってても少し寒く感じる。最初から長袖シャツを着てる隆哉も同様の様子。

「思ったより寒いなあ」
「そうだね」

 さすがに吐く息が白い、なんてことはないけれど、それでも結構な寒さだった。

「高校時代、真夏の修学旅行で北海道行ったんだけどさ」
「なに、唐突ね」
「そん時と同じくらいの寒さだなあ」
「さいで」

 どうでもいい豆知識どうも。今度真夏に北海道行く事があれば、長袖用意してくわ。
 あ、来年の夏休みは北海道旅行もいいなあ。

「来年は北海道旅行で」
「唐突だな」
「隆哉が言い出したんでしょ」

 下らない話をしながらバスのステップを降り、ようやく地面に足をつけた。
 地面に向けていた視線を上に上げる。
 直後、私は息を呑んだ。

「皆様、我が社企画の洋館ツアーへのご参加、誠にありがとうございます。こちらが目的地となる洋館でございます」

 ガイドの渡部さんの声が響く。
 その声だけが響く。
 誰も何も言わなかった。誰もが息を呑んでいた。
 ただただ、その光景に見入っていた。

 目の前にそびえ立つ巨大な洋館。少し離れて左右にも同じように大きな洋館がドンと建っていた。
 遠く離れた背後には、バスで通ったせいか気付かなかった大きな門扉。私達が降り立ったのは、どこの国立公園だと思うくらいに広い庭園。
 手入れの行き届いたそれを通り、洋館の前の石畳の上にバスは停車し、私達は降り立った。
 見上げた洋館は巨大すぎて息を呑む。だが目を奪われたのはそれだけが理由ではなかった。
 傾く太陽、夕陽に照らされる洋館。
 真っ赤な……赤すぎる夕陽を背景に佇む洋館は、ロマンティックとは程遠く感じさせられた。

 白を基調にしてるからこそ、それは際立つ。

 まるで、血に染まったかのように赤い洋館が、私達を出迎えるのだった。


* * *


「え~、それでは早速三つの館をご案内したいところなのですが、皆様長旅でお疲れのことでしょう。また、時間も時間ですし、まずは夕食とさせていただきます。お泊りは三つの館いずれでも構わないのですが、お食事だけは中心にある館の大広間にて、全員でとることになります。まずはそちらへ移動しましょう」

 渡部さんの言葉と同時に鳴る我が腹。……実に素直でよろしい。
 誰かに聞かれなかっただろうな、と慌ててお腹を押さえたら、横でクスクスと笑い声が。
 さすがに真横の隆哉にはバッチリ聞かれてたらしい。
 横の高身長男を見上げれば、クスクス笑う隆哉と目が合った。

「笑わないでよ」
「ごめんごめん。素直なお腹だなあと思って」

 そう言って、尚も隆哉はクスクス笑い続けた。

(あ……その笑い方)

 途端に刺激される記憶。
 忘れかけてた夢を思い出した。夢の中の少年の笑い方……やっぱり隆哉に似てる。ではあの少年は、隆哉をモデルとした架空の人物、私の妄想が作り出したのだろうか。
 だとすれば、あの時呼びかけた名前は、やっぱり『タカヤ』が正解だったのかもしれないな。

 なんとなく、シックリくるようなこないような奇妙な感じを覚えながら、私は食堂に向かって歩き出した。


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