【第一部完結】「子供ができた」と旦那様に言われました

リオール

文字の大きさ
55 / 63
第一部

55、魔族の子

しおりを挟む
 
 黒い髪の両端から生える、牛のようなツノ。人ならざる耳はまるでエルフのように尖りを見せ、最たる異変はそのズボンの背後……穴が開いたそこから生える尻尾にある。

 ゼンだと思って振り返れば、予想外の小さな存在が、私の手を握っていた。

 それは人ではない、見るからに人ではない。
 だというのに、形状はとても人に近しいもので、その違和感を気にしなければ、それは人と言って差し支えない。

 幼い体に比例するかのように、瞳はキラキラと目を輝かせている。その漆黒の闇の中に、星が浮かぶかのように。

「ええっと……」
「そこをどきな!」
「え!?」

 戸惑う私の体に、衝撃が走る。地面に尻もちついた瞬間に、突き飛ばされたのだと理解する。

「ノンナリエ!?」
「こいつは魔族だ、離れろ!」

 ああやはりな。それが最初の感想。というよりも、納得した感じ。
 そりゃ見るからにそうなのだけれど、実物を見たことない私には、そういった人種がいるのかもしれないと思う部分もあった。実際、獣人達はかようにツノを生やした者がいるのだから。

 とはいえ、獣人は人とは言えない容姿をしている。二足歩行ではあれど、しゃべる獣と表現したほうが近い。

 対して目の前にいる幼子おさなごは、ツノや尻尾を除けば、人と言って差し支えない容姿をしている。
 獣人と人のハーフであっても、ここまで人に近くはならないだろう。

 加えてこの場所に、そういった種族が居る可能性は極めて低い。
 ここは魔の森。魔が棲まう場所。
 人はおろか、腕に覚えのある獣人ですらも入ることのない場所なのだ。

 そこに子供がいるなど、おかしいの一言に尽きる。

 でも、だ。
 ゼンという前例が今ここにはある。

 本来居るべき場所ではないところに、人間の子供がいるのだ。
 なにかしらの種族の子供が居ても、それはそれで実はおかしくはないのかも。

 なんて考えている時点で、私の思考回路はどうにもまとまらずに爆発寸前なのだろう。

 つまり、頭が冷静に働かない。
 だからノンナリエの言葉を素直に受け止めるほかない。

 私はツノと尻尾が生えた子供の前に、目線の高さを合わせるようにしゃがみ込んだ。

「あなた、魔族なの?」
「メリッサ、無警戒に魔族に話しかけてんじゃないよ!離れな!」
「ノン、うるさいからちょっと黙ってて」
「んな……」

 私の言葉に衝撃を受けたような顔をして、ノンナリエが黙り込む。よし、そのまま会話が終わるまで待っててね。

 私は再び子供を見た。

「あなたこんな森の奥で何してるの? お父さんやお母さんは?」
「……あっちにいる」

 おお、返事してくれた。
 中性的な顔立ちで、黒髪は肩より長い。声も子供だから性別の判じようがない。
 どうやら警戒しつつも、私の手を握った子供は不安をより強く感じているようだ。

 私の手を握る手が、少しばかり震えている。

「戻らなくていいの?」
「遊んでたらはぐれたの。この森にはオバケがいるから怖くて……」

 どうやら遊んでいたら(こんな真っ暗な森の中で? という疑問は、今は忘れる)、親元から離れてしまったらしい。
 怖くて動けなくなっていたところに、私達の姿を見つけて寄ってきたといったところか。

「よし、キミの親がいる場所まで一緒に行ってあげよう」
「ちょいと!?」

 私が出した提案に、ノンナリエが驚きの様子で声をかけてきた。

「あんたなに考えてんだい!? この子の親ってことは魔族だよ!?」
「でしょうね」
「あんたねえ、危機意識がなさすぎ! この子の親元に行ったところで、いきなり殺されちまうよ!?」
「まあそこは、光魔法で防御壁張っておきますから……」
「そういう問題じゃないだろ」

 最後は脱力したように、額を押さえて力なく言うノンナリエ。

「危険は分かってますよ。ですのでノンはゼンと一緒にここで待っててください。私はこの子を親元まで案内したら、すぐに戻ってきますから」
「……勝手にしな」
「そうさせてもらいます」

 何を言っても無駄だと理解した……というように、呆れた様子のノンナリエと、心配そうなゼンを置いて私は魔族の子供と共に森の奥へと向かった。

「あなたのパパとママ、こっちにいるの?」
「うん。ママはいない、パパだけ」
「そっか」

 こんな幼いのに──魔族の年齢ってよくわからないけれど、見た目は人間の5歳児くらいだ──ママがいないなんて、寂しいよねえ。

 ふと、アーサーのことを思い出した。赤ん坊なのに、ママはいない彼は、精神年齢18歳で何を思うのか。やはりアーサーも、母親が居ないことを寂しく思っているのだろうか。だとすれば、早く帰らねば。

 寂しい思いをさせたくないと、母親代わりをしてきたのだ。
 ゼンや村の子供たちに、この魔族の子も大事。
 でもやっぱり私にとって一番大切なのは、アーサー。

 早く会いたいと思いながら進める足は、けれど子供に合わせているのでもどかしいほどにゆっくりだ。

「あっち」
「あっち? もう近い?」
「うん」

 子供の指し示す方角へと向かう。
 私の魔法がなければ、きっと真っ暗であろう森の奥。こんな場所で、こんな真っ暗な中で、この子供は平然と遊んでいたというのか。
 やはり紛れもない魔族ということなのだろう。

 と、急に生い茂った木々を抜けて、広々と開けた場所に出た。
 広場の中央には、小さな湖……というには小さすぎるので、小池が妥当と思われるものがある。その池のほとりに、その人……いや、魔族は座っていた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

婚姻契約には愛情は含まれていません。 旦那様には愛人がいるのですから十分でしょう?

すもも
恋愛
伯爵令嬢エーファの最も嫌いなものは善人……そう思っていた。 人を救う事に生き甲斐を感じていた両親が、陥った罠によって借金まみれとなった我が家。 これでは領民が冬を越せない!! 善良で善人で、人に尽くすのが好きな両親は何の迷いもなくこう言った。 『エーファ、君の結婚が決まったんだよ!! 君が嫁ぐなら、お金をくれるそうだ!! 領民のために尽くすのは領主として当然の事。 多くの命が救えるなんて最高の幸福だろう。 それに公爵家に嫁げばお前も幸福になるに違いない。 これは全員が幸福になれる機会なんだ、当然嫁いでくれるよな?』 と……。 そして、夫となる男の屋敷にいたのは……三人の愛人だった。

辺境に追放されたガリガリ令嬢ですが、助けた男が第三王子だったので人生逆転しました。~実家は危機ですが、助ける義理もありません~

香木陽灯
恋愛
 「そんなに気に食わないなら、お前がこの家を出ていけ!」  実の父と妹に虐げられ、着の身着のままで辺境のボロ家に追放された伯爵令嬢カタリーナ。食べるものもなく、泥水のようなスープですすり、ガリガリに痩せ細った彼女が庭で拾ったのは、金色の瞳を持つ美しい男・ギルだった。  「……見知らぬ人間を招き入れるなんて、馬鹿なのか?」  「一人で食べるのは味気ないわ。手当てのお礼に一緒に食べてくれると嬉しいんだけど」  二人の奇妙な共同生活が始まる。ギルが獲ってくる肉を食べ、共に笑い、カタリーナは本来の瑞々しい美しさを取り戻していく。しかしカタリーナは知らなかった。彼が王位継承争いから身を隠していた最強の第三王子であることを――。 ※ふんわり設定です。 ※他サイトにも掲載中です。

訳あり侯爵様に嫁いで白い結婚をした虐げられ姫が逃亡を目指した、その結果

柴野
恋愛
国王の側妃の娘として生まれた故に虐げられ続けていた王女アグネス・エル・シェブーリエ。 彼女は父に命じられ、半ば厄介払いのような形で訳あり侯爵様に嫁がされることになる。 しかしそこでも不要とされているようで、「きみを愛することはない」と言われてしまったアグネスは、ニヤリと口角を吊り上げた。 「どうせいてもいなくてもいいような存在なんですもの、さっさと逃げてしまいましょう!」 逃亡して自由の身になる――それが彼女の長年の夢だったのだ。 あらゆる手段を使って脱走を実行しようとするアグネス。だがなぜか毎度毎度侯爵様にめざとく見つかってしまい、その度失敗してしまう。 しかも日に日に彼の態度は温かみを帯びたものになっていった。 気づけば一日中彼と同じ部屋で過ごすという軟禁状態になり、溺愛という名の雁字搦めにされていて……? 虐げられ姫と女性不信な侯爵によるラブストーリー。 ※小説家になろうに重複投稿しています。

氷の騎士と契約結婚したのですが、愛することはないと言われたので契約通り離縁します!

柚屋志宇
恋愛
「お前を愛することはない」 『氷の騎士』侯爵令息ライナスは、伯爵令嬢セルマに白い結婚を宣言した。 セルマは家同士の政略による契約結婚と割り切ってライナスの妻となり、二年後の離縁の日を待つ。 しかし結婚すると、最初は冷たかったライナスだが次第にセルマに好意的になる。 だがセルマは離縁の日が待ち遠しい。 ※小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。

完結 愛のない結婚ですが、何も問題ありません旦那様!

音爽(ネソウ)
恋愛
「私と契約しないか」そう言われた幼い貧乏令嬢14歳は頷く他なかった。 愛人を秘匿してきた公爵は世間を欺くための結婚だと言う、白い結婚を望むのならばそれも由と言われた。 「優遇された契約婚になにを躊躇うことがあるでしょう」令嬢は快く承諾したのである。 ところがいざ結婚してみると令嬢は勤勉で朗らかに笑い、たちまち屋敷の者たちを魅了してしまう。 「奥様はとても素晴らしい、誰彼隔てなく優しくして下さる」 従者たちの噂を耳にした公爵は奥方に興味を持ち始め……

【完】愛人に王妃の座を奪い取られました。

112
恋愛
クインツ国の王妃アンは、王レイナルドの命を受け廃妃となった。 愛人であったリディア嬢が新しい王妃となり、アンはその日のうちに王宮を出ていく。 実家の伯爵家の屋敷へ帰るが、継母のダーナによって身を寄せることも敵わない。 アンは動じることなく、継母に一つの提案をする。 「私に娼館を紹介してください」 娼婦になると思った継母は喜んでアンを娼館へと送り出して──

【完結】転生したら悪役継母でした

入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。 その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。 しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。 絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。 記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。 夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。 ◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆ *旧題:転生したら悪妻でした

一年後に離婚すると言われてから三年が経ちましたが、まだその気配はありません。

木山楽斗
恋愛
「君とは一年後に離婚するつもりだ」 結婚して早々、私は夫であるマグナスからそんなことを告げられた。 彼曰く、これは親に言われて仕方なくした結婚であり、義理を果たした後は自由な独り身に戻りたいらしい。 身勝手な要求ではあったが、その気持ちが理解できない訳ではなかった。私もまた、親に言われて結婚したからだ。 こうして私は、一年間の期限付きで夫婦生活を送ることになった。 マグナスは紳士的な人物であり、最初に言ってきた要求以外は良き夫であった。故に私は、それなりに楽しい生活を送ることができた。 「もう少し様子を見たいと思っている。流石に一年では両親も納得しそうにない」 一年が経った後、マグナスはそんなことを言ってきた。 それに関しては、私も納得した。彼の言う通り、流石に離婚までが早すぎると思ったからだ。 それから一年後も、マグナスは離婚の話をしなかった。まだ様子を見たいということなのだろう。 夫がいつ離婚を切り出してくるのか、そんなことを思いながら私は日々を過ごしている。今の所、その気配はまったくないのだが。

処理中です...