25 / 63
第一部
25、語るに落ちましたね、旦那様
しおりを挟むラウルド様の剣は、そのままであれば確実に彼女──ノンナリエの体を貫いていただろう。
はたしてその攻撃を避けられるとラウルド様が読んだかはわからない、だがその剣は鈍い金属音によって阻まれる。
「甘いね」
ニヤリと笑う銀髪美女の手には、いつの間にか抜刀された長剣。髪色よりも濃い銀刃がギラリと光った。おお凄い。
思わず誘拐犯であることも忘れて見惚れてしまった。同じ女として「カッコイイ!」と声が出ちゃったのですよ。
そんな私を一瞬キョトンと見るノンナリエ。それからガッと受けたラウルド様の剣を弾いた。
「ハハッ、クラウド、あんたやっぱり変わったね。趣味が良くなったんじゃないか? なかなか面白い子じゃないか」
「お前に言われるでもなく、メリッサは素晴らしい女性だ」
「ノロケかい」
え、なにこれ、二人して私のこと褒めてる? いやあ、そんな褒めても何も出ませんよお。
「どうせならこの辺が出ればいいんだけどな」
「寝ろ」
「ぐー」
思わず声に出した私のセリフに、いちいち反応すな。
狸寝入りなアーサーが目を開けて私のお胸をちょいちょいするから、氷をも凌駕する冷たい目を向けたわ。
「あれ、アーサー、そんなとこにいたのか」
そこで初めて、ラウルド様はアーサーが私の腕の中にいることに気づいた。
「ええ、はい。奪還成功しましたよ」
「それは良かった。で、彼女が黒幕?」
「そのようで」
「目的は?」
「いえ、まだ全然わかりません」
「そっか」
簡潔に、無駄のない会話の後に、ラウルド様はノンナリエへと向きなおる。
「お前が誰か知らないが「クラウド様の元カノだそうですよ」──え、そうなの!?」
低い声音でもって彼女を睨みつけるラウルド様に教えてあげれば、言葉の途中なのにビックリした顔がこちらを見た。なので私は静かに頷く。
呆気にとられた顔で、今度はクラウド様を見る。頷きはしないが渋い顔をする兄の顔に、全てを悟ったラウルド様は「あ~……」となんとも複雑なため息をついた。
「兄さんは若い頃、よく庶民の女性と一緒にいたもんなあ」
「へえそうなんですか」
新情報ゲットだわ。
それに慌てるのは旦那様である。
「別に彼女たちはただの友人であって……」
「へえ、複数いたんですね」
にっこり笑って言えば、しまったと口を押さえるクラウド様。
若い頃の話は色々聞きたいけれど、それはまた後ほど、落ち着いて聞きたい。
なので今は余談は置いといて、私はノンナリエを見た。
「さて、あなたもラウルド様のことはご存知でしょう? 国内最強とも呼ばれる剣士を前に、逃げられると思って?」
するとノンナリエは不敵な笑みを浮かべた。
「逆に聞きたい。なぜ逃げられないと思うのさ?」
「つまり逃走手段は用意されていると?」
「さてどうだろうね。かもしれないし、そうでないかもしれないし?」
まるで言葉遊びだ。
そしてそれがどういう意味かを悟る。
「……時間稼ぎ、してます?」
「おや、察しのいいことで」
否定はしないか。ならばこの後になにかしらの方法で脱出するつもりであり、それはけして私達に邪魔できないという自信がある、と。
それは一体──?
「逃げるのは勝手だけど、俺の息子をさらった理由は話してからにしてもらえるかな」
再び剣を手に、その切っ先がノンナリエへと向く。ビリッと張り詰めた空気は、ラウルド様が発する殺気か、それとも……。
失礼ながら、そんなラウルド様はちょっと恐い。子供を誘拐されたのだ、そりゃ怒って当然だけど、恐いものは恐い。不意にクラウドが私の肩を抱き寄せた。その温もりに安堵する。
対してノンナリエは怯むことなく、その口元に浮かべた笑みを崩すこともない。
「話さなくても、大体のことは分かるだろう? 公爵家なんて、敵が多いんだから」
「だから今回の件に関する敵が『誰か』を話せと言っている」
「さて? 公爵家を邪魔に思う大勢の中の一人だろ」
「だから……」
「こういう商売は信用第一でね。話したら商売あがったりになっちまう」
「今後も商売を続けられたら、の話だろ」
「そりゃ続けるさ」
ただし、誘拐を失敗しちまったから、しばらくは仕事が減りそうだけど。
そう言う彼女は、ちっとも困っている様子はない。
それほどに、彼女の裏稼業がこれまで成功してきたのだろう。もしかしたら失敗は今回が初めてなのかもしれない。
「逃さないぞ」ラウルド様がジリッと一歩前に出る。
「逃げるさ」ノンナリエは動かない。
と、その時、なんの予告もなしに静寂が訪れる。
いや、それまでだって外はとっくに静かになっていたが──おそらく敵は全てラウルド様が倒したからだろう──それでも風の音に虫の声、衣擦れの音に……人の息遣い。何かしらの音が確かに存在していた。
それが消えた。
静寂と呼ぶにはあまりに静かすぎる。
(え?)
驚きの声は、けれど出ない。
パクパクと口は動くけれど、声が出ない。
(これはまさか──けれど)
聞いたことはある、でも目にしたことはない。それはクラウド様もラウルド様も同じなのか、二人も驚いた顔でこちらを見ていた。
無音。
世界が音を失ったその瞬間。
ピリッと空気が裂けた。
違う。
空間が、裂けた。
ノンナリエとラウルド様の間に黒い線が縦長に現れたかと思った瞬間。
バンッと大きく開いた。黒い空間が、突如目の前に現れたのだ。
驚く私達とは対照的に、ノンナリエはなんら驚かない。彼女は知っていたのだ。それこそが逃走経路。
「遅かったじゃないか」
誰もが言葉を発することができない状況で、彼女は言った。それに応えるように、黒いフードを目深にかぶった、何者かが空間から現れる。
「この魔法は発動に時間がかかるんだよ」
「知ってる。さて行こうか」
「ああ」
二人だけが会話をして、二人して空間へと身を投じる。
(待って!)
声は出せずとも体は動く。
私よりも早く、クラウド様とラウルド様が床を蹴った。
だがその手が、剣が届くのは一瞬遅い。
「またね、クラウド。それから……」
それから?
アーサーなのか、私なのか分からない。だが彼女は確かに私のほうを見て、ニヤリと笑って消えた。
文字通り、消えたのだ。黒い空間と共に。
「くそっ、闇魔法か!」
ラウルド様の悔しげな声が、魔法の干渉が完全に消え、彼女がもう遠い場所に行ってしまったことを告げる。
236
あなたにおすすめの小説
婚姻契約には愛情は含まれていません。 旦那様には愛人がいるのですから十分でしょう?
すもも
恋愛
伯爵令嬢エーファの最も嫌いなものは善人……そう思っていた。
人を救う事に生き甲斐を感じていた両親が、陥った罠によって借金まみれとなった我が家。
これでは領民が冬を越せない!!
善良で善人で、人に尽くすのが好きな両親は何の迷いもなくこう言った。
『エーファ、君の結婚が決まったんだよ!! 君が嫁ぐなら、お金をくれるそうだ!! 領民のために尽くすのは領主として当然の事。 多くの命が救えるなんて最高の幸福だろう。 それに公爵家に嫁げばお前も幸福になるに違いない。 これは全員が幸福になれる機会なんだ、当然嫁いでくれるよな?』
と……。
そして、夫となる男の屋敷にいたのは……三人の愛人だった。
【完】愛人に王妃の座を奪い取られました。
112
恋愛
クインツ国の王妃アンは、王レイナルドの命を受け廃妃となった。
愛人であったリディア嬢が新しい王妃となり、アンはその日のうちに王宮を出ていく。
実家の伯爵家の屋敷へ帰るが、継母のダーナによって身を寄せることも敵わない。
アンは動じることなく、継母に一つの提案をする。
「私に娼館を紹介してください」
娼婦になると思った継母は喜んでアンを娼館へと送り出して──
訳あり侯爵様に嫁いで白い結婚をした虐げられ姫が逃亡を目指した、その結果
柴野
恋愛
国王の側妃の娘として生まれた故に虐げられ続けていた王女アグネス・エル・シェブーリエ。
彼女は父に命じられ、半ば厄介払いのような形で訳あり侯爵様に嫁がされることになる。
しかしそこでも不要とされているようで、「きみを愛することはない」と言われてしまったアグネスは、ニヤリと口角を吊り上げた。
「どうせいてもいなくてもいいような存在なんですもの、さっさと逃げてしまいましょう!」
逃亡して自由の身になる――それが彼女の長年の夢だったのだ。
あらゆる手段を使って脱走を実行しようとするアグネス。だがなぜか毎度毎度侯爵様にめざとく見つかってしまい、その度失敗してしまう。
しかも日に日に彼の態度は温かみを帯びたものになっていった。
気づけば一日中彼と同じ部屋で過ごすという軟禁状態になり、溺愛という名の雁字搦めにされていて……?
虐げられ姫と女性不信な侯爵によるラブストーリー。
※小説家になろうに重複投稿しています。
氷の騎士と契約結婚したのですが、愛することはないと言われたので契約通り離縁します!
柚屋志宇
恋愛
「お前を愛することはない」
『氷の騎士』侯爵令息ライナスは、伯爵令嬢セルマに白い結婚を宣言した。
セルマは家同士の政略による契約結婚と割り切ってライナスの妻となり、二年後の離縁の日を待つ。
しかし結婚すると、最初は冷たかったライナスだが次第にセルマに好意的になる。
だがセルマは離縁の日が待ち遠しい。
※小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。
完結 愛のない結婚ですが、何も問題ありません旦那様!
音爽(ネソウ)
恋愛
「私と契約しないか」そう言われた幼い貧乏令嬢14歳は頷く他なかった。
愛人を秘匿してきた公爵は世間を欺くための結婚だと言う、白い結婚を望むのならばそれも由と言われた。
「優遇された契約婚になにを躊躇うことがあるでしょう」令嬢は快く承諾したのである。
ところがいざ結婚してみると令嬢は勤勉で朗らかに笑い、たちまち屋敷の者たちを魅了してしまう。
「奥様はとても素晴らしい、誰彼隔てなく優しくして下さる」
従者たちの噂を耳にした公爵は奥方に興味を持ち始め……
【完結】転生したら悪役継母でした
入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。
その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。
しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。
絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。
記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。
夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。
◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆
*旧題:転生したら悪妻でした
死に戻りの元王妃なので婚約破棄して穏やかな生活を――って、なぜか帝国の第二王子に求愛されています!?
神崎 ルナ
恋愛
アレクシアはこの一国の王妃である。だが伴侶であるはずの王には執務を全て押し付けられ、王妃としてのパーティ参加もほとんど側妃のオリビアに任されていた。
(私って一体何なの)
朝から食事を摂っていないアレクシアが厨房へ向かおうとした昼下がり、その日の内に起きた革命に巻き込まれ、『王政を傾けた怠け者の王妃』として処刑されてしまう。
そして――
「ここにいたのか」
目の前には記憶より若い伴侶の姿。
(……もしかして巻き戻った?)
今度こそ間違えません!! 私は王妃にはなりませんからっ!!
だが二度目の生では不可思議なことばかりが起きる。
学生時代に戻ったが、そこにはまだ会うはずのないオリビアが生徒として在籍していた。
そして居るはずのない人物がもう一人。
……帝国の第二王子殿下?
彼とは外交で数回顔を会わせたくらいなのになぜか親し気に話しかけて来る。
一体何が起こっているの!?
一年後に離婚すると言われてから三年が経ちましたが、まだその気配はありません。
木山楽斗
恋愛
「君とは一年後に離婚するつもりだ」
結婚して早々、私は夫であるマグナスからそんなことを告げられた。
彼曰く、これは親に言われて仕方なくした結婚であり、義理を果たした後は自由な独り身に戻りたいらしい。
身勝手な要求ではあったが、その気持ちが理解できない訳ではなかった。私もまた、親に言われて結婚したからだ。
こうして私は、一年間の期限付きで夫婦生活を送ることになった。
マグナスは紳士的な人物であり、最初に言ってきた要求以外は良き夫であった。故に私は、それなりに楽しい生活を送ることができた。
「もう少し様子を見たいと思っている。流石に一年では両親も納得しそうにない」
一年が経った後、マグナスはそんなことを言ってきた。
それに関しては、私も納得した。彼の言う通り、流石に離婚までが早すぎると思ったからだ。
それから一年後も、マグナスは離婚の話をしなかった。まだ様子を見たいということなのだろう。
夫がいつ離婚を切り出してくるのか、そんなことを思いながら私は日々を過ごしている。今の所、その気配はまったくないのだが。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる