【第一部完結】「子供ができた」と旦那様に言われました

リオール

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第一部

22、モフモフの正体なんて言わずもがななのですよ

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 シーンと嫌な沈黙が流れる。
 私は冷や汗ダラダラ、多分アーサーはもっと汗まみれ。

 思わず普段通りにやり取りしてしまったが、これは非常にまずいのではなかろうか?

 もし、もしもだよ?
 しかるべき機関がアーサーの存在を知ったとしよう。
 これは非常に珍しいケースだと言って、連れられてあれこれ実験されたら……されたら? どうなる?

 今の状況をちょっとは反省するかもしれんな。

「アーサー、私のことを絶壁と言ったことは許すわ。だから頑張って研究材料になりなさい」
「言ってないし、なんでいきなり研究材料!? よく分からんが恐いんですけど!」

 また普通にしゃべっとるし。
 まあ今更赤ちゃん言葉に戻したところで、時すでに遅しといったところだろう。

 そしていきなり、銀髪美女はアーサーの胸倉つかんで持ち上げた。

「ちょっと、子供になんてことするのよ!」
「別に殺しゃしないさ。ただ今の会話が気になってねえ。なんなの18歳って?」

 そこまでちゃんと聞きとってましたかそうですか。誤魔化し……は無理だよねえ。
 その鋭い目に睨まれ、はぐらかせないなと諦めた。

「まあ、色々事情がありまして……」
「このガキ、ひょっとしなくても転生者ってやつかい? へえ、こんな幼い時に前世の記憶を取り戻すなんて、面白いねえ」

 そう言って、女はマジマジとアーサーを見つめた。ブランと首元掴まれ持ち上げられるアーサー。
 その時、風が吹いた。

「──しまっ……!」

 女が驚愕に目を見張る。その手の中には、もうアーサーはいなかった。
 風は私の目の前にも吹く。そして……

「アーサー、良かった!」

 思わず閉じた目を開けば、目の前には獣に咥えられたアーサーがいた。

 そっと抱き上げる。

「絶壁で我慢しなさいよ」
「いやだから、俺別に絶壁だなんて言ってないし」
「思ってはいるでしょ?」
「まあちょっとばかし……嘘です、冗談です。18歳による大人のジョーク」
「そんなジョークあるかい」

 家に帰ったら覚えてなさいよ? とニッコリ微笑めば、戦慄したように青ざめるアーサーであった。

「ちっ油断したわ」
「アーサーは返してもらったし、私たちは帰ることにするわね」
「そりゃ困る」

 女が言って、手を挙げる。するとまだこんなに居たのかってくらいに、武装した者達が部屋へとなだれ込んで来た。
 ふと開いた壁の向こう、外を見下ろせば未だ敵を相手に無双しているラウルド様が見えた。助けは期待できないか。

 自分の中に残された魔力に意識を集中させる。それはあまりに微弱で……魔力の残り少なさを物語っている。

(さて、どうしようか)

 思案している私の服がクイクイと引っ張られたのはその時。一瞬でもアーサーの存在を忘れていたわと腕の中を見下ろせば、不思議そうな顔が私を見上げていた。

「なあに?」
「なあ、このモフモフの動物……これ、ひょっとして狼か?」
「あら、よく分かったわね」

 そう、獣は標準よりはるかに大きいが、紛れもなく狼の姿をしている。恐いのか、顔を引きつらせながらアーサーが聞いてきた。

「いやまあ、狼だってのは分かるんだけど……でかすぎね? あと、こんな毛色、初めて見た」

 そういうアーサーの眼下には、私の足に寄り添うように座る大きな狼。それはとても、黒い毛におおわれている。

「俺の知る狼、毛色は白や茶に黒、色々あるけど……ここまで黒一辺倒なのがこの世界には存在するのか?」

 それは前世の知識によるものなのか。
 1歳のアーサーがこの世界の狼を見たことはないはず。知識としても知るはずもないこと。それを知っているということは、そういうことなのだろう。

 そしてその前世の知識は、この世界にも通用する。

「黒一色の狼はいないわ。この子は特別な狼なのよ」
「へ~特別な狼なあ」

 言ってから、何かに気付いたように、目を丸くするアーサー。
 その顔がゆっくり私を見上げて、ギュッと服を握りしめてきた。

「アーサー?」
「なあ、なんか狼という単語に引っかかりを覚えるんだけど」
「引っかかり?」
「最近、狼に関する話、しなかったっけ?」
「そうだっけ?」

 とぼけてみるも、「いや絶対覚えてるだろ」とアーサー。私は内心舌を出す。

 まあ、別に隠すことでもないし、百聞は一見に如かずで見た方が早いと思ったのも事実。
 チラッと下に目をやれば、『変化』が始まっていた。

 狼が大きく体をくのらせる。
 それが徐々に姿を変えて……ビックリして言葉も出ない、というようなアーサーの目の前で、それは姿を変えた。

「……ふう。やはり人の姿のほうが楽だな」
「あら、モフモフの旦那様も私は好きですよ」

 狼から人へ。
 姿を変えたその人は……旦那様は、私の言葉に耳まで真っ赤になるのであった。
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