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第一部
15、そして事件は起こる
しおりを挟む「なー、結局クラウドの秘密ってなんなんだあ?」
私と二人きりの時は、旦那様のことを名前で呼び捨てするアーサー。
結局気まずいお茶会は、あのあと無言で終わりを迎え、話があると言って兄弟は旦那様の部屋にこもってしまった。
で、私はいつものごとくアーサーの相手。ミラとアラスはお茶会の片付けをしてくれている。
窓辺に頬杖ついて、中庭で動いている二人を見下ろしながら「さあねえ」と私は言葉を濁した。
「なんだよ、思わせぶりなこと言っておきながら、肝心なことはだんまりかよ。ひでえ」
「別に私は隠すことではないと思うのよ。でも旦那様ご自身が何も言わないのに、私が勝手にあれこれ話してしまうのも良くないとも思うのよね」
「メリッサから聞いたって言わないから!」
「いや、あなたが旦那様の秘密を知ったら、どう考えても私から聞いたとバレるわよ」
うちの屋敷内で、口が軽い人物は皆無なのだから。
ミラもアラスも、その辺はわきまえてる。
「メリッサが一番軽いと思うから、聞いてるんだろ。なあ、教えてくれよ」
「やだよ。私が言えるのはさっきの一言だけ」
ここはさすがに私も引けない。与えられるのはヒントだけ。
するとブスッと不満そうな顔のあとに、「メリッサおばちゃま、僕に伯父上の秘密を教えてくだちゃい」と、可愛い顔と声で聞いてくる天使な小悪魔が目の前に。
「あざと! でも教えない!」
「ちぇ、ケチ!」
可愛い子作戦もダメとなって、ムスッとするアーサー。すっかりスネモードだ。
「別にいいよ、教えてくれなくても。でもそしたら俺のこと抱っこするのなしな。おしゃぶりもしねえ。可愛い甥っ子はお預けだ!」
「なんと卑怯な!」
さすが18歳、脅し文句もいっちょまえ。だがそれで怯む私と思うなかれ。
「別にいいけどさ。もうすぐアーサーの誕生日だけど、プレゼントなしでいいならね」
そう言えば、チョロいアーサーは一気に顔を真っ青にさせた。
「ひ、卑怯だぞ!」
「なんとでも。大人はいつだって卑怯なのさ♪」
「ぐぬぬぬぬ……」
まあいずれ、旦那様かラウルド様が説明するだろう。私はどちらかといえば部外者なのだから、私から詳細は言わないほうがややこしくなくて良いだろう。
クラウド様は説明下手だし、ラウルド様にでも話を通しておくかな。
ブーブー文句を言う様も可愛いのう、なんて考えながら、もうすぐ行われる予定の誕生日パーティーに思いを馳せた。
まあ本当は、既にプレゼントは用意してあるんだけどね。
でもやはりラウルド様との親子の時間が一番のプレゼントな気がする。そこに母親もいれば何より良かったのだけれど。
彼はそこのところ、どう思っているのだろう?
母親がいない理由は既に話してあるし、彼の反応は「ふーん」と心の内を読めないものだった。
前世の記憶があるとはいえ、肉体年齢に引きずられて幼さを感じる言動も多々ある。
寂しいんじゃなかろうかと思うと、なんとも言えない気持ちになる。
そこに更に旦那様の話までしたら、小さな脳がパンクするんじゃないかしら。
色々一気に詰め込むのは良くない。情報提供は小出しがいいと思って、私は小さくため息をついた。
とりあえず、寂しいなんて思えないくらいに、パーティーは賑やかなものにしよう。
頭の中では、既に計画が目白押し。
なんだか暗くなりかけた思考を持ち上げるべく、私は楽しいことを考えることにした。
──騒動が起こるのは、そのパーティーでのこと。
「賊だ!」
誰かが叫び、ガラスの割れる音が響き。
「アーサー!?」
私が見た光景は、黒装束に身をやつし、顔を隠した賊がその手に幼子を持つ姿。
それは確かにアーサー……めでたく1歳になった、彼の姿であった。
「待って! アーサーを返して!」
必死で追いかけ手を伸ばす。アーサーお青ざめながら私に手を伸ばしてくる。
その小さな手まであと少しというところで、けれど私の手は空を切る。
「アーサー!」
恐ろしく早いその足は、魔法で強化されているのがなんとはなしにわかる。そしてその足に追いつくことはできないと悟る。
「いやあああ!」
日が長くなった夏の夕暮れ、まだ明るい時間に不敵にも侵入した賊は。
「メリッサ! 無事か!?」
憎たらしくも可愛い私の甥っ子をさらっていったのである。
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