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第一部
9、キミの名は
しおりを挟む異世界転生者の赤ん坊と話していて分かったことが一つある。
「そうか~、俺ってば公爵家の人間に転生したのか。勝ち組じゃ~(カポッ)バブッ!」
「(ポンッ)おい、俺のキュートなお口に、なに突っ込んでくれて(カポッ)バ~ブ~!」
「(ポンッ)いやマジでホントやめ(カポッ)ぶ~(ポンッ)て」
カポッて音は、赤ん坊御用達必須アイテム、おしゃぶりを口にふくませる音。
ポンッて音はそのおしゃぶりをはずす音ね。
どうやらこの転生赤子、おしゃぶりを口にしたら途端に赤ん坊に戻ってしまうらしい。理由は知らん、摩訶不思議。
「一種の封印アイテムってとこでしょうか?」
アルスの言葉に「永遠にしゃぶらせておけ」と旦那様。
なににか分からないけれど、旦那様はどうやら怒っているらしい。
「封印する前に、名前の希望ないか聞いてみませんか?」
「……メリッサがそう言うなら」
やはり名前ってのは、本人の希望が聞けるにこしたことはない。
本来は親が愛情もって、意味ある名前を付けるのだろうが、実の父親であるラウルド様が旦那様に託したからねえ。でもって旦那様がなかなかつけないもんだから、未だに名無しになってるんだもの。
「俺の名前? そうだなあ……ちなみに候補はなにがあるんだ?」
「えっと、私はアーサーなんていいかなと」
「そりゃまた豪華な名前ですこと」
「そうなの?」
「多分前世の記憶が影響してるんだと思う」
言われてもピンとこなくて私は首をかしげてしまった。
たしかに私は、学んでいないこと、この世界に存在しないことを常識のように語るふしがある。
「変わり者扱いされてたけど、私ってば異世界転生者だったってことか~」
そう思ったら、妙に納得。ときおりフッと、知らない記憶が頭をよぎっては消えるんだけど、あれはそういうことだったのね。
「でも、私がどんな子でどんな人生送ったとか、一切記憶ないんだけどね」
「そのほうが気楽でいいんじゃないか?」
赤子に慰められてしまった。いや別に落ち込んでないから、慰めではないのだろうけど。
「それで? アーサーでどうかな?」
本題に戻すとばかりに赤ん坊の顔を覗き込めば、複雑そうな表情が返って来た。不満てか?
「う~ん、悪くはないがありがちでつまんねえなあ」
「ありがち、かな? この世界ではあんまり聞かない名前なんだけど……」
「どうせならもっとカッコイイ名前がいいぜ!」
「じゃあどんなのがいいの?」
尋ねたら、赤ん坊はドヤ顔で鼻息荒く言ってきた。
以下の名前は読み飛ばし推奨。
「ベンジャーノブロルラッサムコーニーファルトドンダニエルラッセンボー」
……うん。
口の悪い赤ん坊に聞いた私がバカでした。
私が呆れた顔で見つめれば、ニシシと笑う赤ん坊。その笑顔は可愛いが、言動は可愛くない。
「もっかい言ってみ?」
「え」
まさかそうくるとは思っていなかったのだろう。だが私は甘いお菓子は好きでも、悪い子には甘くないのだよ。これ、弟が複数いたからこそ得た育児経験。
「私頭悪いから、今の一回で覚えらんなかった~! というわけで、可愛いベビーちゃん、あなたのお名前もう一度教えてくれるかな~?」
「え、ええっと……」
「ベンジョのブロッサムがなんだって?」
「便所じゃねえ! ベンジャミン……」
「さっきはベンジャーノが始まりでしたよ」
アラスがすかさず間違いを指摘する。
旦那様は無表情で赤ん坊を見下ろしている。
私はニマニマ笑ってる。
そして赤子は冷や汗ダラダラ。さあ、どうするね?
「もっかい名前、言ってみそ?」
「……アーサーでいいです」
勝った!(なにに)
「アーサー君は悪い子だねえ。円卓の騎士に処されるよ」
「円卓の騎士ってそんなんだっけ!?」
言っておきながら(円卓の騎士ってなんだっけ)と思う私であった。
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