3 / 3
後編
しおりを挟む必要ない事を願っていた。万が一の為に根回しはしていたけれど、出来る事ならそれが無駄骨となって欲しい、そう願っていたの。
けれどそんな私の思いは踏みにじられたのです。
愛するアーサー様。
愚かなアーサー様。
恋に盲目なアーサー様。
そんなあなたでも、私はまだ愛してるのです。優しかった頃のあなたの記憶が、私のあなたに対する愛を消してはくれないのです。
けれど形だけの夫婦となるのは嫌。カーラに愛の言葉を囁くのも、見たくない。
だから決めました。
私はあなたを放さない。
そう私は決めたのです。
「アリス、これはどういうことだ!オイお前達、何をしてるのか分かってるのか!?」
とある地方の片田舎で買い取ったのは、小さな村の小さな家。
その地下に密かに命じて作らせました。誰も知らない、私の家族すら知らない。こっそり雇った、口の固い職人達に作らせた地下牢。
牢とは言っても、それは立派な部屋です。家屋も上級の物を用意し、必要な物は全て揃っている。何不自由なく暮らせるものとなってます。
ただ地下ですので窓がありません。
そして部屋の扉の代わりに、鉄格子がはめられてます。鍵は私が持つ1本だけ。中に入った人物が自由に出入りすることは出来ません。
その地下牢……いえ、地下部屋に現在入ってるのは、もちろん愛しのアーサー様です。
アーサー様の侯爵家使用人を買収した私は、彼らに命じてアーサー様を捕らえました。そして薬で気を失わせ、使用人とは違う裏の世界の人間に彼を運ばせました。侯爵家に関係する人間の誰も、彼がどうなったか知る事は出来ません。
そして秘密裏にここへと彼を連れてきました。
「アーサー様、これからあなたはここに住むのです」
「何を馬鹿なことを!私の両親が黙ってると思うか!?」
「あなたはカーラ様と駆け落ちした事になってますから。お探しにはなるでしょうが……まあ大丈夫でしょう」
「そうだカーラ!カーラはどこだ!?」
「さてどこでしょう?」
首を傾げる私の耳に、ガシャンと鉄格子の音が響きます。アーサー様の手が伸びてきたのです。勿論鉄格子に阻まれてますが。
きっとその手は私に害を及ぼそうと伸ばされたのでしょう。届かない手に微笑み、私はそっと手を伸ばします。
伸ばされた手に触れるか触れないかの距離。ああ、このじれったくも絶妙な距離感が、私の心を躍らせる。
「私に触れたいですか?」
「……カーラはどこだ……」
「ふふ」
それでもなおカーラ様を心配するアーサー様。やっぱりあなたはお優しい。
「いつか会えるといいですね」
生きていれば会えますよ。
それは声に出さないで言う。
正直彼女がどうなったかなんて、私にはどうでもいいの。アーサー様がそばにいて、彼がカーラ様を見る事がないのなら、それでいいの。
「あなたが私を愛してくれるなら、きっといつか会えますよ」
そう言えば、アーサー様が鬼の形相で私を睨みつけてきました。ああゾクゾクする。
そうです、そのまま私だけを見ていてください。
以前のように私だけを。
もう優しい言葉をかけてくれるあなたは居ない。私を気にかけてくれるあなたは居ない。
でもいいの。
あなたさえ居ればいいの。
「愛してます、アーサー様」
そう言えば、何とも言えない目を向けられました。
それは怒りか同情か蔑みか。
なんだっていい。あなたが私を見てくれるのなら。
きっとこの状況はいつか破綻する。
けれどそれまでは……その日までは。
あなたと私、二人きり。
なんの邪魔もない、幸せな時間を過ごせます。
「もし……アリスとちゃんとした夫婦になると誓えば、カーラを返してくれるか?」
今後のことに思いを馳せてウットリする私に、低いくぐもった声でアーサー様が問うてきました。
私はゆっくりと、彼へと視線を向けます。
「そんなにもカーラ様が大切ですか?」
「……」
答えるのは不利になるとお思いなのでしょうか。だんまりが返ってきました。けれどそれが答えとなることに、彼は気付いているのかしら。
私は少し悲し気な顔で目を伏せます。
そして言いました。
「そんなにも……カーラ様を愛しておられるのですね。私とアーサー様、うまくやっていけると思っていましたのに。どうして……」
「アリス……すまない……」
初めて出た謝罪の言葉に、私は顔を上げました。
つつ……と頬を流れるのは、一筋の涙。
それはきっと美しい光景なのでしょう。アーサー様がこんな状況であるにも関わらず、息を呑むのが分かります。
私は悲し気に苦し気に切なげに……声を絞り出しました。
「そんなにもカーラ様のことが好きならば……これからもずっと気持ちが変わらないというのなら……あなたに思ってもらえない苦しみに耐えられなくなったなら。その時は……潔く身を引きましょう」
「アリス……?」
「言ったでしょう?あなたの幸せが私の幸せだと」
「アリス……!」
「あなたには幸せになって欲しいから……」
「あ、ああ、アリス……ありが……」
「なんて言うとお思いですか?」
「……!」
同じことを言ったのに、同じような反応が返って来るなんて、あなたはどこまで馬鹿なんでしょう。
私を馬鹿にしすぎではありませんか?
「私はあなたの幸せを望んでました。ですが……あなたは私の幸せを願ってはくださらないのですね」
「アリス、そんなことは……!」
「もう遅い。全て遅い」
「アリス、アリス……!」
「私はあなた達を許しません」
けして。絶対に。
「絶対にあなたのこと、手放してやりませんわ」
かつて、私の幸せをあなたは望んでくれた。
かつて私は、あなたの幸せを望んだ。
今あなたは、私の幸せを望まない。
私はあなたの幸せを、望まない。
私は……
「私は、私の幸せを望みます」
~fin.~
191
お気に入りに追加
348
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(10件)
あなたにおすすめの小説
信じてくれてありがとうと感謝されたが、ただ信じていたわけではない
しがついつか
恋愛
「これからしばらくの間、私はあなたに不誠実な行いをせねばなりません」
茶会で婚約者にそう言われた翌月、とある女性が見目麗しい男性を数名を侍らしているという噂話を耳にした
。
男性達の中には、婚約者もいるのだとか…。
【完結】幼馴染に告白されたと勘違いした婚約者は、婚約破棄を申し込んできました
よどら文鳥
恋愛
お茶会での出来事。
突然、ローズは、どうしようもない婚約者のドドンガから婚約破棄を言い渡される。
「俺の幼馴染であるマラリアに、『一緒にいれたら幸せだね』って、さっき言われたんだ。俺は告白された。小さい頃から好きだった相手に言われたら居ても立ってもいられなくて……」
マラリアはローズの親友でもあるから、ローズにとって信じられないことだった。
好きな人ができたなら仕方ない、お別れしましょう
四季
恋愛
フルエリーゼとハインツは婚約者同士。
親同士は知り合いで、年が近いということもあってそこそこ親しくしていた。最初のうちは良かったのだ。
しかし、ハインツが段々、心ここに在らずのような目をするようになって……。
やめてくれないか?ですって?それは私のセリフです。
あおくん
恋愛
公爵令嬢のエリザベートはとても優秀な女性だった。
そして彼女の婚約者も真面目な性格の王子だった。だけど王子の初めての恋に2人の関係は崩れ去る。
貴族意識高めの主人公による、詰問ストーリーです。
設定に関しては、ゆるゆる設定でふわっと進みます。
嘘だったなんてそんな嘘は信じません
ミカン♬
恋愛
婚約者のキリアン様が大好きなディアナ。ある日偶然キリアン様の本音を聞いてしまう。流れは一気に婚約解消に向かっていくのだけど・・・迷うディアナはどうする?
ありふれた婚約解消の数日間を切り取った可愛い恋のお話です。
小説家になろう様にも投稿しています。
あら、面白い喜劇ですわね
oro
恋愛
「アリア!私は貴様との婚約を破棄する!」
建国を祝うパーティ会場に響き渡る声。
誰もが黙ってその様子を伺う中、場違いな程に明るい声色が群衆の中から上がった。
「あらあら。見てフィンリー、面白そうな喜劇だわ。」
※全5話。毎朝7時に更新致します。
その令嬢は、実家との縁を切ってもらいたい
キョウキョウ
恋愛
シャルダン公爵家の令嬢アメリは、学園の卒業記念パーティーの最中にバルトロメ王子から一方的に婚約破棄を宣告される。
妹のアーレラをイジメたと、覚えのない罪を着せられて。
そして、婚約破棄だけでなく公爵家からも追放されてしまう。
だけどそれは、彼女の求めた展開だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
この作品、好きです!
続きはないのでしょうか…
リオール先生、気が向いたら続きを是非是非お願いしまする(_ _*)
結構前の作品ですのに読んでいただけるのは本当に嬉しいです。
そして嬉しいコメント、ありがとうございます!
しかし続き…それに関してはごめんなさい(;´Д`A ```
でもまたこういったドロドロダークな話は書きたいなと思いますので、
その時は宜しくお願いします。
この作品はポエムかなにかでしょうか?
正直な話、小説とは言いがたいと思います。
これがざまぁ?
虚しいだけだし全然すっきりしない