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中編

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 アーサー様、お話があります。そう言えば、僕もまたアリスに──私に話があると彼。
 それゆえ私は今、アーサー様の家である侯爵邸に来ております。流石は国内有数の高位貴族である侯爵家。位としては中の中にあたる我が伯爵邸とは、規模が違いますね。いつ来ても驚かされます。

 よく手入れされ、季節を問わず色とりどりの花が咲き誇る見事な庭。その中央に据え置かれたテーブルと椅子。
 侯爵家を訪ねた私はそちらへと案内されました。そしてそこに居た人物を目にして足を止めました。

「これは……カーラ様」

 そこには私と同じ伯爵家が令嬢、カーラ嬢がおられたのです。どうして彼女が居るのか分かりませんが、けれど分かる気がします。
 だって彼女は、アーサー様の想い人なのですから……。

「ごきげんようアリス様」

 同じ伯爵家でも交流がなかったので、親しくない私と彼女。お互いによそよそしい空気が流れる。

 促されるまま私は椅子に座った。
 おかしなことに、アーサー様とカーラ様は肌が触れそうなくらい近くに、隣り合って座っている。それに対し私はその二人の正面に座ることとなった。

 ……もう、二人を止める者は居ないという事でしょうか。

「それで話というのはね……」

 本来であれば、先に話があるともちかけた私が先に話すべきです。なのにアーサー様は……かつてはとても気遣ってくださっていた彼はどこにもおらず、私よりもご自分を優先するのです。
 アーサー様がこんな風になってしまったのは、やはり隣に座るカーラ様のせいなのでしょう。
 私はどれだけ彼女を憎めばいいのか。恨めばいいのか……。

「アリス、きみとの婚約なんだけど……本当は解消したいところなんだが、そうもいかなくてね」

 てっきり婚約破棄を言って来るのだと思ってたのですが、予想外なことを言われてキョトンとしてしまいます。
 婚約解消出来ない?

「それはどうしてですか?」
「僕らの婚約は政治が絡んでるからね。貴族に生まれた者の悲しい運命だよ。だからこのまま婚約は継続したいと思う。当然卒業と同時に結婚だろうね」
「そうですか」

 私達は今三年生になったばかり。卒業まであと一年ほどです。
 愛するアーサー様と結婚できる。
 そのことがこれほどまでに私の心を躍らせるとは……私はまだこんなにも、アーサー様の事が好きなのですね。思わず苦笑が漏れます。

「でもね」

 ですが、嫌な予感がします。良い話の後には悪い話があるものです。

「僕はキミを愛せないから、形だけの夫婦となる。僕はこのカーラを愛してるから……彼女を愛人として迎える。そして、彼女が住む事になる別宅で生活する」
「……」
「もちろんキミとの夫婦生活もないから。後継ぎはカーラとの子供になるだろう」

 私は一体何を聞かされてるのでしょうか。
 形だけの夫婦?一緒に住む事もない?後継ぎは愛人との子供?
 では……では、私は何のために存在するのでしょうか。私の存在意義は一体……。

「カーラ様も伯爵令嬢ではありませんか。彼女との結婚に、政治的にどういった問題があるのでしょうか?」
「そんなの知らないよ、父上がそう言ってるだけんなんだから!ほんと嫌になるよ、どうして僕の意思を無視してキミなんかと結婚しなくちゃいけないんだ……」

『キミなんかと』
 その言葉がどれほど私の心を傷つけるか。今のあなたには考えも及ばないのですね。
 出された紅茶を一口飲む。大丈夫、私は冷静です。

「そういえばアリス、キミの話ってなんなの?カーラとの時間が減るのは嫌だから、手短に頼むよ」

 どこまでも自分のことばかり。本当に……あなたは変わってしまったのですね。
 自分勝手なアーサー様に、私はニコリと微笑みました。その笑みで、一瞬アーサー様が私に見惚れます。頬を染めます。

 分かってるのです。私は自分の美貌を自覚しております。
 悲しいかな、男性は美人に弱い方が多いのです。

 それでもアーサー様は私の内面を見て下さってると思っていたのに。
 彼は本当の私を愛してくれてると思っていたのに。

 ……全て幻でしたのね。

 悲しくはない。虚しいだけ。

 嘘くさい笑みを浮かべた私に見とれるアーサー様。カーラ様の顔が一瞬怒りに歪みます。
 ああ、あなたもそういう顔をするのですね。
 婚約者がいる男性を奪いながら、自分勝手に嫉妬するのですね。

 どこか冷めた目で二人を見ながら、私は言いました。

「私はアーサー様を愛しています」
「アリス、だが僕は……」
「愛する方の幸せが私の幸せ」
「……」
「ですので、あなたに好きな人がいるのなら潔く身を引きます。どうぞお幸せに」
「アリス……」

 政治的な理由で婚約解消出来ない。だから私は形だけの妻の役を演じましょう。





「アリス、ありが……」
「……なんて」

 けれど私は俯き、ニヤリと笑います。その笑みを浮かべた顔をそのまま上げて、お二人に見せました。

 その瞬間、青ざめて絶句するアーサー様。
 ああ、私は出来てるでしょうか。
 壮絶な笑みを浮かべた顔が出来てるでしょうか。

 ちゃんと──鬼女の顔が、出来ていますか?

「なんてこと、言うとお思いですか?」
「あ、アリス……?」
「愛する方の浮気を受け入れて、愛する方を奪う女の存在を許して、形だけの夫婦となり、帰らぬあなたを待ち続け、一人寂しく屋敷に住む……そんなこと、受け入れると思いますか?」

 パチンと指を鳴らせば、周囲の人間が動いた。手は既に回してあるのです。

「アリス!?」
「私を馬鹿にした罪、しっかり償っていただきましょう」

 私が贈るのは心からの笑顔。
 しかと受け取ってくださいな。 
 
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