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婚約破棄された親友のために私は魔女を探す

後編

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 それは魔女と呼ぶに相応しい容姿をしていた。
 長く尖った帽子をかぶり、その下に存在する白髪は汚らしくボサボサ。肌は荒れてゴツゴツとしており、何やら得体の知れぬ傷やシミが見て取れた。一体何をすればあのような肌になるのか。
 スッと魔女がローブから手を出して私達を指さす。その指もまたゴツゴツと荒れており、手入れされていないのか長い爪が存在している。

「お前たちが来るのは分かっていたよ」

 しわがれた声。老婆と言うにはあまりに醜い声に顔をしかめるのは、私とレイチェル。

「用件は分かっている?」
「分かっているとも。知っているのさ、魔女はなんだって知っている」
「なら話は早い。どうすれば王太子は聖女との婚約をやめる?」
「そうさねえ、聖女を元の世界に戻せば問題なかろうて」
「できるの?」
「できない」

 なんだそれはと緊張が切れるかのように、肩から力が抜けた。ヒエッヒエッヒエッと魔女が変な笑い声を上げる。

「聖女の力は魔女の呪いが届く範疇を超える。あれに手出しできる存在は居ないよ」

 ガクッとなった私の横で、つかんでいた手を離して胸元で祈るように手を組むレイチェル。

「あ、あの、魔女様、では聖女に干渉しない魔法はどうでしょうか? お願いです、どうかアラン様と聖女の婚約をやめさせてくださいませ!」
「そんなことでいいのかい? どうせなら王子があんたに惚れ込む魔法のほうが良かろうて」
「……できるのですか?」
「魔女の呪いに不可能はないさ」

 王子をレイチェルに惚れさすことが呪いとは、さすが魔女。それはけして清い魔法ではないことを、呪いという言葉が物語る。というか、なにが不可能はないだ。聖女を元の世界に戻すことは不可能であろうに。
 まあ聖女は異世界の存在だ。魔女が干渉できるのは、あくまでこの世界での話、ということなのだろう。

「では……お願いします」
「替わりに何を差し出す?」
「え?」

 自分に王太子を惚れさせる、その願いを口にするレイチェルに魔女はまた変な笑い声を上げた。

「何を驚いておる。魔女が無償で願いを聞くと思うかい?」
「な、なにをお望みですか?」

 恐怖よりも目の前にぶら下げられた王太子との婚約に、レイチェルも必死のよう。震えながらも魔女と会話する様に、恋する女は強いわねとどこか冷めた目で見る自分がいる。

「そうさねえ、まったく気のない相手に惚れさせるとなれば……あんたの命が相当かね」
「い、命!?」
「そう。あんたの寿命、残り一年を残して全てを私におくれ」

 一年だけの王太子の愛。それは随分と高価な代償に思える。けれどそれくらいしなければ王太子の愛は手に入らないのだろう。
 チラリと横を見れば、真っ青な顔でレイチェルは震えていた。
 さあ、彼女はなんて答えを出すのだろう……。

「わ、分かりました」

 震える声で一度言い、自分に言い聞かせるように大きく頷き彼女は顔を上げた。その顔に迷いはもうない。

「分かりました。私の命、差し上げます」

 恋とはかくも人を変えるのか。あんなにも弱々しかったレイチェルが、今はなんと強く見えることか。

「いいのかい? わずか一年だよ?」
「それでも……このまま、愛されない人生を送るくらいなら死んだ方がましですわ」
「いいだろう。お前の願い、叶えてやるさ」

 それから魔女はなにやらブツブツと口の中で呟く。直後、真っ黒なモヤがレイチェルの体を覆ったかと思えば一瞬で消え去った。

「これでいい」
「……終わったのですか?」
「ああ。お前さんの寿命は私がもらい受けた。帰れば王子はあんただけを愛するだろうよ。一年間、王子の愛に溺れるんだね」
「ああ、ありがとう……本当にありがとうございます!」

 何が変わったというわけでもないが、魔女はことが済んだと告げた。瞬間、レイチェルはポロポロと涙を流して笑う。その美しさに私は目を細め、背後に目をやる。そこにはまた木々が避けて道ができていた。

「帰るがいい。せいぜい幸せにな」
「ありがとうございました、魔女様!」

 来たときとは別人のように明るい笑顔で、レイチェルは魔女に手を振った。
 もう私にしがみつくこともなく、足早に帰路に足を踏み入れる。
 私はそんな彼女の背中を見送ってから、一度魔女を振り返った。

「……」
「……」

 どちらも無言。私も魔女も何も言わない。
 そのまま無言で、私はレイチェルの後を追うのだった。

* * *

 王太子はレイチェルを愛した。
 突然の豹変ぶりに周囲が驚くほどに、彼は溺愛した。聖女は神殿に入ったが、王太子は気にすることもない。

「ああレイチェル、僕の愛するレイチェル……」

 その溺愛ぶりはすさまじく、ついには彼女を誰の目にもふれさせたくないと閉じ込めてしまうほど。
 私がレイチェルと会う許可を得たのは、一年後のことだった。
 魔女との契約で、レイチェルの命が終わるまであと少し、という日。

 コツコツと足音を立て、私は地下を歩いていた。薄汚れ、まるで地下牢のようなそこは、陽の光は欠片も入らず空気も淀み、かび臭く不快でしかない。
 チラリと背後を見れば、一人の番人が私の背を見送っている。ついては来ない様子だ。

 ──おそらく、この先に立ち入ることを許可されていないのだろう。女の私でさえ入る許可を得るのに随分と苦労したのだ。男性が入ることはまず叶わないと思われる。

 コツンと音を立てて、私は歩みを止めた。
 目の前には大きな部屋。牢と呼ぶには豪奢な家具で埋め尽くされたそこは、窓がない以外は普通に貴族の部屋だ。
 ただし、冷たい鉄格子で囲まれていなければ、だけれど。

「ごきげんようアラン様。……そしてレイチェル」
「リーシャ……?」

 私の声に反応して、寝台から顔を上げる人物。その声は確かにレイチェルその人のもの。
 だが鉄格子の向こうに見える彼女の顔は、およそ以前の面影は微塵もない、別人のようなそれ。
 綺麗だった金の髪はくすみ、薄汚れてボサボサで汚らしい。綺麗だった白い肌も、一体どれだけの間、湯浴みしていないのかと思えるほどにくすんでいる。充満する悪臭に、思わず顔をしかめた。

「リーシャ? ああリーシャ、お願い助け……きゃあ!?」

 枯れ木のように細くなった手を伸ばすも、それはけして届くことなく、レイチェルはまた寝台の上に倒れ込んだ。

「駄目だよレイチェル。僕以外を見ては駄目、誰と話しても駄目」
「離してくださいアラン様! リーシャとどうか話を……」
「駄目だと言ってるだろう!?」

 狂気をはらんだアラン様の声に何を思ったか、レイチェルは黙り込んだ。満足げにレイチェルの顔を撫で、彼女に覆いかぶさったままアラン様は私を振り向いた。

「何度もしつこいから入室の許可を与えたけど、あまり長居してくれるな」
「用件が済めばすぐに帰ります」
「用件とは?」
「それは……」

 アラン様から視線を離し、彼が組み敷いているレイチェルへと目を向ける。顔だけを上げて、私を見つめる目は恐怖に彩られている。

(あんなにも愛していたのに、ね)

 己の寿命を魔女に差し出すほどに焦がれた相手だというのに、今レイチェルは恐怖に支配されている。幸せなど欠片もない状況になっている。
 恋とはかくも人を狂わせるのだと、アラン様を見て思う。

 一つため息をついてから、私は視線をアラン様に戻した。

「一週間後、弟君おとうとぎみの戴冠式が執り行われます」
「ああそうか。興味ないし出席はしないよ」
「みな分かっております。ただその事実だけはお伝えしておいたほうが良いかと思いまして……」
「だから興味ないって。王位なんて必要ない、僕はこうやってレイチェルを愛せればそれでいいのだから」
「そうですか」
「でもそうか、ついに弟が王になるのか。ということは……」

 そこで一度言葉を切って、アラン様はゆっくり私を見た。

「キミが王妃か」
「はい」

 私の婚約者は、アラン様の弟……第二王子。本来であれば王になることなく、我が公爵家に婿入りするか王の側近となる予定だった。

 だがアラン様がレイチェルに狂い、全てが変わった。王は第二王子に王位を譲ることを決意。明日正式に第二王子は王となり、私との結婚式も続けて行なわれる。

「え……?」

 それを信じられないという目で見るのは、レイチェルだ。

「嘘、でしょう? まさかリーシャ……まさかあなた……!」

 ゲッソリと痩せこけた彼女の顔は、まるで魔女のようだ。呪いという言葉は正しいなと思う。
 ギョロッと目を私に向け、射抜くように睨む彼女に、私は微笑んだ。

「良かったわねレイチェル。あと少しの人生、アラン様とお幸せに」
「リーシャぁぁぁぁぁっ!!!!」

 必死で伸ばされる手。だが難なくアラン様に抑えられ、組み敷かれる。笑いながらアラン様はレイチェルに愛をささやき、彼女の体を抱いた。悲鳴のようなレイチェルの叫びを背に、私は振り返ることなくその場を後にした。

「良かったわねレイチェル。アラン様の愛を得られて……」

 親友はこうして幸せを手に入れた。
 私は愛のない人と結婚することになるけれど、王妃という最高の地位を手に入れる。

 期待以上の結果に、私はニタリと笑みを浮かべた。
 きっとそれは魔女以上に恐ろしい笑みであろう。


  ~fin.~
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