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婚約破棄された親友のために私は魔女を探す

前編

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 婚約破棄されましたの。
 そう友人のレイチェル嬢が、落ち込んだ様子で話して来た。

「それはまた……」

 なんと声をかけて良いやらと、私は言葉に困る。
 レイチェル公爵令嬢の婚約者といえば、この国の次期王たる王太子アラン様ではないか。レイチェルの公爵家は由緒正しき家柄で、お父上は現国王の右腕な側近。誰も文句のつけようがない婚約だったはず。

「解消ではなく、破棄、ですの?」
「ええ。お父様や王様の許可なく、アラン様が一方的に破棄だと……」
「そんなこと許されるのですか?」

 そのような横暴な行為を王や公爵様がお許しになるとは思えない。
 だが涙を浮かべてレイチェルは頷いた。

「新しいお相手が聖女様である以上、王様も文句は言わないだろうと……」
「聖女……」

 噂には聞いている、聖女。昨年突然この国に現れた聖女は、異世界とやらからやって来たと聞く。その姿はこの世界には存在しない漆黒の髪と瞳をもち、変わった衣装を身にまとった彼女はとても異質な雰囲気を醸し出していると。

「アラン様がその聖女とやらと婚約するということですか?」
「ええ」

 私の確認の問いに、レイチェルはコクリと頷いた。

「そうですか……」

 レイチェルは私にとって数少ない友人。同じ公爵家の人間という、同等の立場であれる存在だ。その彼女が辛い目に遭うのは悲しすぎる。

「ならば魔女に頼んではいかがですか?」
「魔女?」

 さめざめと泣き続ける彼女に、私は持っていた紅茶のカップを置いて提案した。二人きりの茶会は、我が公爵邸の中庭で行われている。誰も聞いている者はいない。私達二人を除いては。

「魔女って、あの……?」
「ええ。邪悪なる森に住まう、あの魔女ですわ」

 この世界には聖女と対をなす存在、魔女が存在する。それはとても邪悪で、人々を不幸に突き落とす魔法だけを使えると聞いた。

「ですが、本当に存在するかどうかなんて……」
「分かりませんが、試す価値はあるでしょう?」

 何もしないまま、諦めるおつもり?

 そう問えば、親友は黙り込んだ。
 私は知っている、彼女がずっとアラン様に恋していることを。親同士が決めた政略とはいえ、彼女は真に王太子を愛しているのだ。だからこそ、婚約破棄は受け入れがたいほどのショックであろう。

「でも恐いわ」
「大丈夫、私も一緒に行ってあげる」

 親友だもの。
 そう言えば、彼女はホッとした顔をした。
 美しい金の髪に青い瞳、幼さが残るも美しく成長した幼馴染はおよそ18歳には見えない。
 対して私は平凡な顔立ち、くすんだ茶髪と茶眼に見惚れる者など一人としていない。婚約者は居るにはいるけれど……。

「私ね、恋をしているあなたを応援したいの。だって私と婚約者様は冷めきった関係だから。だから恋をしているあなたが羨ましい、幸せになってほしいって思ってる」
「リーシャ……」

 私の言葉に親友は涙ぐみ、私の名を呼んで手を握る。私は静かに頷いて、「行きましょう、魔女を探しに」と言った。

* * *

 邪悪の森は国のはずれにあって、そのおどろおどろしい雰囲気に誰も入ろうとしない。隣国が近いにも関わらず、隣国の人間ですらそこは避け、けして侵略しようとはしないと聞く。

 その森に馬を一日走らせて、私達はやって来た。いや、正確には一番近い街まで馬車へ。共の者が寝静まった深夜に、私とレイチェルはあらかじめ用意していた馬に乗って単独でやって来たのである。
 けして誰にも悟られてはいけないから。これから私達がすることを、知られてはいけないと思うから。

「ここが、邪悪の森……」

 ストレートなネーミングは、けれどこの森には相応しい。
 夜ということもあるが、おそらくは昼間でも暗い鬱蒼と生い茂る木々が生える森。それはとても大きく左右を見回しても端が見えない。まるでどこまでも永遠に続いているようだ。

「これ以上は馬では行けないわね」

 何かを感じてか、嫌がって歩こうとしない馬を近くの木に繋ぎとめて私たちは歩き出す。

「ねえリーシャ、本当に行くの?」

 振り返れば青ざめた表情のレイチェル。

「恐いの?」
「恐いわ」
「私がいるわよ」
「でも……」
「大丈夫。ほら、早くいらっしゃい」

 安心させるように手を差し伸べれば、逡巡したのち、レイチェルは私の手を握った。可愛らしい手、傷一つない白くて綺麗な手が私の手を握る。

 掲げたランプは一つ。私の手にあるそれが前方をかすかに照らすのみ。あまりに木々が多くて、先まで光が届かない。

「すぐに迷ってしまいそうね」
「やっぱりやめる?」

 私の言葉に即反応して、中止を訴えるレイチェルは恐怖で震えている。無意識にか、私に体を寄り添うようにくっつけきてきた。

「大丈夫よ。ほら」

 言ってランプを前方に掲げれば、それまで人を一切通すまいと立ちはだかっていたはずの木々が無くなっている。

「え? ど、どういうこと?」
「だからこれが邪悪の森、魔女の森なんでしょう」

 邪悪な魔女が住まう森なんて、何があってもおかしくない。木が知らず移動することだってあるだろう。
 クスリと笑って言えば、「全然笑えないわ」という言葉が返って来る。それに肩をすくめて私は一歩足を踏み出した。レイチェルは私の腕にしがみつくようにして、キョロキョロと落ち着きなく歩く。
 まるで私たちの動きに呼応するかのように、前方に次々に道が広がる。

「この先へと誘導されてるみたい」
「見てリーシャ!」

 急に声を上げるレイチェルに一瞬ビクリと体を震わせてから、「なんなの?」と少し怒り気味に返事をする。だが気にすることなく彼女は背後を指さした。その手を震わせながら。

「道が……」

 見れば確かに通ってきたはずの道が無い。なかったはずの木々で覆われ、既にどこから来たのかも分からない状態。

「先に進むしか無いってことね」

 ならば仕方ないと私はまた前に向かって進む。木々が作り上げる道を通って。「リーシャは強いのね」という言葉にも肩をすくめるだけ。「レイチェルはもっと強くなりなさい。アラン様と結婚したいのでしょう?」と言えば、困った顔をする。
 どんな顔もレイチェルがすれば愛らしい。微笑ましい。
 それでも美人に見慣れてしまったであろう王太子には、魅力的には映らないのだろう。この世界にない、珍しい容姿をした聖女のほうが魅力的だったということか。

(王太子にも困ったものね)

 などと考えながら歩き続ける。途中足場が悪いところもあれど、基本は木々が避けてくれるからか楽に歩けた。
 そうしてどれほど歩き続けたのか、不意に開けた場所へと出た。

「これが、魔女の家……」

 それはなんの変哲もない、普通の木の小屋。魔女が一人で暮らすぶんには充分すぎる大きさと言えよう。こんな森の中になければ、普通の人間が住んで居そうな小屋だった。
 だが扉がギイと開き、中から老婆が出てきたとなれば、ここはやはり魔女の家なのだ。

「ひ……」

 腕にしがみつくレイチェルが、静かな悲鳴を上げた。
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